BY MASANOBU MATSUMOTO
われわれT JAPANの編集チームが、ファッションブランド「3.1 フィリップ リム」のデザイナー、フィリップ・リムと再会したのは東京・神保町にあるカレーショップでのことだ。来日の目的であるファッションカンファレンスを終えたリムは、東京でのオフの合間を縫って、T JAPAN編集部を訪れることになっていた。「ならばランチでも」「では、東京の人が行くようなローカルなレストランで」と話が進み、昼になれば30分待ちの行列ができるカレーショップ「欧風カレー ボンディ」で待ち合わせたのである。
こうしたファッションの現場から距離のある“仕事的ではない”ミーティングは、リムの素顔、また、いま彼を突き動かしているモノやコトを知る、絶好の機会となった。彼は映画やアートにも精通していて、特にオスカー発表の直後だったこの日の話題は『グリーンブック』や『ROMA/ローマ』など、最近観た作品のこと。またラブ・コメディ映画『クレイジー・リッチ!』に注目していると話す。
「映画そのものというよりは、出演しているアジア人俳優たちに注目しているんだ。特に女優ジェンマ・チャンは、公の場で積極的にアジア系デザイナーの洋服を着てサポートしている。ここ数年はダイバーシティが広く謳われているけど、ファッションのシーンにおいて、アジア人はまだきちんと日の目を見ていないと思うんだ。そこで彼女のように世の中にインパクトをもつ人が、同じルーツやカルチャーをもつクリエイターを応援することの意義は大きい」
リムらしい考えだ。そう思ったのは、彼自身、アジア系デザイナーとして世界的に注目される一方、アジアをルーツにもつ表現者たちをずっと後押してきた人物であるから。日本人モデルでいまや女優として活躍するTAO、そして中国人スーパーモデルのシャオ・ウェン・ジュらがブレイクしたのは、3.1 フィリップ リムのランウェイに起用されたことがきっかけだ。
そうやって10年以上、ファッションシーンにおいて特別な存在感を放ってきたリムだが、最近は、自分たちの“新しいステージ”について考えを巡らせているという。「ひとつは、これまでのように、才能あるクリエイターと世界をつなぐプラットフォームとして次世代をサポートしていくこと。そして、単に新しいものを作るのではなく、意味のあるものづくりを実践したい。しかも、それを僕ら自身がきちんと“楽しみ”ながらね」
しばらくして、オーダーした中辛のチキンカレーがテーブルに並ぶと、リムはライスの上に福神漬けやらっきょうを綺麗に並べ、独自にアレンジしながら食べはじめた。素材の味、食感、香りについての感想を楽しそうに話す。「素材って面白い。僕自身も料理をするようになってつくづく感じていることなんだ」。素材の奥深さーーこれも、いまリムのクリエーションを突き動かしているものだ。
かつてT JAPANの誌面でオリジナルレシピを公開してくれたこともあったが、リムは、この数年、料理にハマっている。気がつくと深夜までキッチンに立っている日もあるという。「3年前くらいかな。急にホーム・シックになってね。そこで、昔、母がよく作ってくれたスープを思い出して、自分でも作ってみたんだ。それまでの僕の食事の選択肢といえば、レストランに行くか、デリでテイクアウトするか、あるいはケータリング。料理なんてほとんどしたことがなくて……この話をするとよくみんなに驚かれるのだけど、カップラーメンも失敗してしまうほどだったんだ」
現在の彼の腕前は、彼のインスタグラムのストーリーズハイライトを見ればわかるだろう。オックステールのスープやエビの炒め物、チキンのグリルなど、リム自身によるさまざま料理動画がアップされている。そして、今年、リムはとうとうレシピ本『More Than Our Bellies』を出版するに至った。「僕はシェフではないから、いわゆる王道的な料理本とは少し趣が異なるものだけど」とリム。そこには、リム自慢の12のレシピが紹介されており、材料や手順とともに、彼らしいウィットが効いたスタイルで、料理にまつわる母や家族、友人とのパーソナルな思い出やエピソードも綴られている。
この本に、“お腹がいっぱいになること以上に重要なこと”という意味の、エモーショナルなタイトルをつけたのも、シェフではない、デザイナーとしてのリムの明確な意図がある。「誰かのために料理をするとき、相手はどういうテイストが好きで、どういうものをサーブすれば幸せを感じてもらえるかを考えるよね? 単に食べ物を作るのではなく、大切なのは、相手との思い出を頭の中で蘇らせたりしながら、“愛”のようなものを注ぎ込む。それは、ものづくりの根本であり、クリエイターにとって最も大事なことでもあると改めて思ったんだ」。また、料理とは、香りや味、見た目、手触り、歯ざわりなど、五感をフルに刺激するものだ、とも。「そのインスピレーションの源を多くの人と共有したい。それもこの本を作った理由のひとつだね」