ファッションブランド「3.1 フィリップ リム」のデザイナーで、NYのモダンラグジュアリー・シーンの最前線を走り続けるフィリップ・リム。来日した彼が語ったのは、新たなチャレンジといま思うデザインのありかたについて

BY MASANOBU MATSUMOTO

 このプロジェクトは、写真家ヴィヴィアン・サッセンとのコラボレーション・ワークでもある。本のなかには、リムのレシピから連想した風景をサッセンが撮影し、さらにペインティングを施したアートワークが印象的に載せられている。

 リムはサッセンを「親友であり、僕のアイドルだ」と紹介する。サッセンは、2015年春夏シーズンから幾度も、3.1 フィリップ リムの広告キャンペーンビジュアルの制作を手がけてきた。

 リムの料理の原点に“望郷”の思いがあったのと同じように、サッセンとの広告ワークも、“ホーム”が着想源になっているのは興味深い。2015-16年秋冬シーズンのキャンペーンビジュアルの撮影の際は、ブータンへ。子どもたちが家に帰る日常的な風景に、コレクションアイテムをうまく混ぜ込んだイメージを作り上げた。その次のシーズンでは、トップモデル、リア・ケベアを起用。彼女の故郷であるエチオピアに一緒に帰り、ゲリラ的にドキュメント風のビジュアルを作った。

「こうしたプロジェクトを経て、また仕事以外でもコラボレーションができないかとふたりで話していたんだ。そして、一年半前くらいに彼女がNYに来たとき、僕の家にディナーに招待した。彼女は、僕が料理することに驚いていて、そしてお腹いっぱい食事を楽しんだとき、ヴィヴィアンが、この料理本のアイデアを提案してくれたんだよ」

画像1: 写真家ヴィヴィアン・サッセンによるアートワーク COURTESY OF 3.1 PHILLIP LIM

写真家ヴィヴィアン・サッセンによるアートワーク
COURTESY OF 3.1 PHILLIP LIM

画像2: 写真家ヴィヴィアン・サッセンによるアートワーク COURTESY OF 3.1 PHILLIP LIM

写真家ヴィヴィアン・サッセンによるアートワーク
COURTESY OF 3.1 PHILLIP LIM

 ところで、本のレシピのうち、異質なものがひとつある。“お腹がすいた、忙しい大人1人分のオムレツ”という極めて具体的な人のための料理だ。この“お腹がすいた忙しい大人”とは、リム自身のことだろうか?ーーそう問うと、彼は笑いながらうなずき、こう続けた。「ただこのオムレツは、簡単にお腹を満たすためだけものではなく、いま、僕にとって日曜の朝の定番メニューでもあるんだ。本のレシピではトマトやタマネギ、ニラを具材にしているけど、僕の場合、冷蔵庫にあるあまった食材も入れてしまう。食材を無駄なく使える素晴らしいメニューなんだ」

 こうした素材へのリスペクトの念は、彼のコレクションにかたちとして現れた。3.1フィリップ リムでは、2019年秋冬シーズンから、“ファーフリー”を宣言。また、エキゾチックレザーの使用もやめた。「使うのは、ミートトレードの副産物(家畜の食べられない部分)としてのレザーやシェアリング(羊のスエード)のみ。食べ物としては使われない余った素材を、捨てるのではなく、きちんとファッションとして美しく活かしていくというのは、自然なことだと思うから」。その一方、自然に再生可能で、生分解性の素材メリノウールを使用したアイテムづくりにも注力している。洗練されたシルエットが特徴のこのウールアイテム群は、今後、3.1 フィリップ リムの新しいシグネチャーのひとつになることを予感させる。

画像: ランチを終えて、神保町の古本屋を巡るリム PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

ランチを終えて、神保町の古本屋を巡るリム
PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

 リムにとって、理想のデザイン、ものづくりとはどんなものか。ランチ後の散歩として、古本屋を巡っているなかに、そのヒントがあった。彼はジョージ・ナカシマの『The Soul of Tree』(邦題『木のこころ 木匠回想記』)を手にとって、興味深く眺めていた。「たとえば、100年モノの木材を素材にするとき、ジョージ・ナカシマは、その木が生きた100年という時間よりも、さらに長く使われるようにデザインをする。ファッション・デザインもそうあるべきだと思うんだ」

 NYに戻ったら、リムはまずキッチンに立ち、おそらくトムヤンクンを作る。これもレシピ本のなかに紹介されている料理のひとつで「時差ボケの解消に効果テキメンなんだ!」。そして、時差ボケを治し、また、お腹を満たした彼は、いま、“お腹いっぱい以上のもの”を我々に届けるべく、しっかり愛を注ぎこみながら、新しいコレクションの制作を楽しんでいるはずだ。

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