スーツをモードに昇華したトム・ブラウン。アメリカを代表するデザイナーのひとりであり、世界各地に熱狂的なファンを持つ彼は、いかにして「トム・ブラウン」になったのか。コレクション、そしてパフォーマンスが映し出す独創的なビジョンはどこから来るのか。稀代のデザイナーの素顔に肉薄する

BY KURT SOLLER, PHOTOGRAPH BY DANIELLE NEU, STYLED BY MATT HOLMES, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

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「トム ブラウン」のオフィスはマンハッタン・ミッドタウンにあり、何の変哲もない中層ビルの3フロアを占めている。オフィスの入り口に社名はなく、白いブラインドがついたシルバーの金属ドアを開けると、ブティックと同じグレーのテラゾ(人造大理石)の床と、やはりグレーの大理石の壁に囲まれた長い廊下が続いている。同社の従業員数は約500人。ここでは100人前後のスタッフが働いているが、その誰もが全身「トム ブラウン」で固めている(社員には衣服手当が支給されている)。彼らはとてもスタイリッシュだが、アメリカの現代的な会社で、それもコロナ禍に、これだけ大勢の人がスマートに決めているのを見ると、奇妙さのようなものを感じずにはいられなかった。

 ブラウン自身は子どもをもたない選択をしたが、オフィスでは彼の父性が敬われている。彼は社員にとって父親のような存在だ。「スタッフと家族のような関係が築けていて、上司以上の存在として見られているのはうれしいよ」。プロダクトデザイナーのエーロ・サーリネンが1950年代にデザインした白い大理石のテーブルで、彼は笑顔を見せた。その横ではブラウンの下で働いて11年になる広報部門の事業部長、マシュー・フォーリー(34歳)が、グレーのスキニースーツに身を包み、私たちの話を真剣に聞いている。大半のスタッフたちと同様に、普段ばかりか休日までも「トム ブラウン」の服を着るというフォーリーが切り出した。「トムは自分の情熱を周囲に伝えるのがすごく得意な人。アイデアをみんなと共有して形にしていくなかで強い連帯感も生まれるんです」。こうした牽引力をもつブラウンは、カリスマ的アーティストでカルト的リーダーでもあったアンディ・ウォーホルを連想させる。彼らのような異才の流儀やスタイルは、押しつけられなくても誰もが自然と共鳴したくなるものだ。「ほとんどのスタッフは面接のときからすでに、いかにも『トム ブラウン』というスタイルで決めてくるんだ」とブラウン。アメリカに限って言えば、こんなふうに人々が率先して入りたいと思うような会社はそうそうあるものではない。

画像: 2018年春夏メンズ・コレクションより

2018年春夏メンズ・コレクションより

 この日のブラウンは、ボタンを留めて着たウールのベストの上に、ウールのカーディガンを重ねていた。両方ともフリントグレー(註:火打ち石のようなグレー)だが微妙にトーンが違う。中に着ているのは、襟先のボタンをあえてはずした白いオックスフォードのボタンダウンシャツ。グレーのネクタイはシルバーのタイバーを留めて、その先端をパンツインしている。ショートパンツはタイトでウエストの位置が高いうえ、膝も丸見えで、まるでパークレンジャーのためのオフィスウェアといった雰囲気だ。黒のペブルレザー(型押しレザー)のウィングチップには、12月だったこともあり、ミッドカーフ丈の黒いソックスを合わせている(その片方はブランドのアイコンである4本線入りだ)。グレーヘアはかなり短くカットされ、背すじはピンとして、声は低めだ。こんな風采の彼がものを売れば誰でも買いたくなるだろう。『ライフ』誌(あるいは『マッドメン』〔註:60年代の広告業界を描く米ドラマ〕)に出てきそうな、20世紀半ばの広告代理店の幹部といった佇まいだからだ。だが実際の彼はそうした見た目よりずっと心温かで、自然体でユーモアがあり、ひねりの効いたジョークを飛ばしては生真面目な仮面をはずしてみたりもする。「ファッションの世界は楽しくなければ」とブラウンは言いきる。その数週間後、アッパーイーストサイドのイタリアンカフェ「サン・アンブローズ」でカプチーノを飲みながら、彼はまたこんなふうにぼやいた。「業界の人たちはもう少し肩の力を抜けばいいのに。僕がバカげたことをやっても笑いもしない彼らを見て、不思議に思うことがあるよ」

 ブラウンは最初からファッションの道を目指していたわけではなかった。もともとは俳優として成功することを夢見ていて、20代前半にロサンゼルスに引っ越した。本名は「Tom」という綴りだが、映画俳優組合にすでに同姓同名の人が登録していたため「h」を加えて「Thom」にしたという。服作りは、カリフォルニア発の大胆でユニークなファッションレーベル「リバティーン」の創設者ジョンソン・ハーティグと友人になったことがきっかけで始めたそうだ。その後ニューヨークに戻ってからは「アルマーニ」のショールームで働き、続いて「クラブモナコ」(当時このブランドを傘下に収めていた「ラルフ ローレン」から彼が受けた影響は大きい)のメンズ・クリエイティブ・ディレクターを任された。そして今から20年ほど前、自身の名を冠したブランドを立ち上げ、ニューヨークのウエストビレッジにブティックをオープンした。当時は、カスタムメイドで販売していたのと同じボトムとジャケットを身につけていたそうだ。「僕はブティックのドアに鍵をかけてレジの下に隠れたりして、一番不真面目な社員だったんだ」

MODELS: ERNESTO PEЦA-SHAW AT NEXT MANAGEMENT, DANIEL AVSHALUMOV AT WILHELMINA MODELS, AMBAR CRISTAL AT NEXT MANAGEMENT AND JORDY EMMANUEL AT CRAWFORD MODELS. HAIR BY DYLAN CHAVLES USING ORIBE HAIR CARE AT MA + GROUP. MAKEUP BY INGEBORG USING DIOR FOREVER FOUNDATION. CASTING BY GABRIELLE LAWRENCE.

PRODUCTION: LOLLY WOULD. PHOTO ASSISTANTS: XAVIER MUДIZ, PIERRE BONNET. TAILOR: CAROL AI. STYLIST’S ASSISTANTS: GABE GUTIERREZ, SOFIA AMARAL

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