欧米では、「和食」は非常に繊細で美しい半面、厳格なルールにこだわるあまり、柔軟性に欠けると思われている。しかし今、新世代のシェフたちが既成概念にとらわれない新しい和食を創造している。彼らは、歴史が培ってきた和食の神髄とは何か、という命題に問題提起をしている

BY LIGAYA MISHAN, PHOTOGRAPHS BY MARI MAEDA AND YUJI OBOSHI, FOOD STYLING BY REBECCA JURKEVICH, PROP STYLING BY VICTORIA PETRO-CONROY, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 マンハッタンのフラットアイアン地区で、まるで禁酒法時代の隠れ酒場のように、カクテルバーの裏にひっそりと店を構える「Odo」。そこでふるまわれる懐石料理の独特な個性に、純粋な日本料理信者たちは、異議を唱えるかもしれない。この店のあるじ、大堂浩樹は、揚げ物メニューから天ぷらをなくし、そのかわりに、ベシャメルソースをたっぷりかけたフランス風のコロッケを出すことで知られている。ロサンゼルスの朝昼食スポット「Konbi」のだしのとり方にもきっと異論が出るだろう。シェフのアキラ・アクトとニック・モンゴメリーはかつおぶしを長時間水に浸してじっくり煮立て、透明ではない、濃い煮つまった色のだしを尊んでいるからだ。さらにテキサス州のオースティンで、タツ・アイカワが経営する「Domo Alley-Gato」というふざけた名のバーでは、カレーにスイス産のココアパウダーが溶けているのを見て、とんでもなく困惑するかもしれない。

 だが、一見どんなに異端で常識破りであっても、そんなシェフたちの作品の根っこには、確かな日本の技術が息づいている。相馬はハラペーニョ・チェダーチーズ味のベーグルを味噌になる過程の大豆のように扱い、ペースト状になったベーグルは、まるで味噌のように、じっくりと暗い場所で発酵し、塩辛く甘い最高の味になるのだ。彼らシェフたちの季節感や産地へのこだわりには急進的なところは何もなく、和食の神髄からはずれていない。そしてときには、話題のレストランの住所は日本ではなく、パリ11区のこともある。「ル・リグマロール」のアメリカ人シェフのロバート・コンパニョンとジェシカ・ヤンは、日本の焼きとりを、コンパニョンいわく「旬の素材を焼くためのメカニズム」――皮にシワが寄って黒く焼けたプチトマトや、たらこマヨネーズを塗った長ねぎなど――だと定義している。そしてそれらにフランス産の旬の柑橘類から作ったゆず胡椒をまぶすと、普通とちょっと違った味になる。

 ブルックリンで昨年、地産地消主義のレストラン「マーロウ&サンズ」の経営を継いだ日系アメリカ人シェフのパッチ・トロッファーは、わさびのかわりに、ニューヨーク州北部で栽培された西洋わさび(ホースラディッシュ)を使う。「行き場がなくて、故郷を脱出してきた人間のための料理さ」とトロッファーは言う。「もし必要な素材が手に入らなかったらどうする?」。それは彼が彼の日本人の祖母から学んだ教えだ。彼の祖母は朝鮮戦争中に海兵隊員と結婚し、サウスカロライナ州に移り住んだ。彼女は缶詰の貝でだしをとりながら、ニューヨークの日系スーパー「片桐」に手紙を書き、醤油と梅干しを送ってくれるように懇願した。

 九州出身の「Odo」の大堂は、アメリカ産の素材の味と食感に慣れると同時に、はっきりした味を好むアメリカ人の食の傾向を受け入れなければならなかった。伝統的な懐石のストイックなまでのシンプルさは、文化的障壁にもなり得る。アメリカ人の客は「何も食べた気がしないと感じるかもしれない」と彼は言う(アメリカ生まれのスーシェフ、ブライアン・サイトウがそう通訳してくれた)。ペンシルベニア州とニューヨーク州北部から取り寄せた野菜が店に週に一度配達される。4月のある午後、彼らは玉ねぎを素材に加えた。玉ねぎの強い匂いは、大堂が料理人として修業した京都では、茶会で振る舞われる料理には、アクが強すぎると考えられるかもしれない。だが「これはニューヨークの懐石なんだ」と大堂は言い、クセのある味にこだわる。玉ねぎをアラスカ産のキングサーモンと組み合わせ、脂分の多いその魚を、酒ではなくバーボンでマリネする。バーボンを選んだ理由はその香りと産地ゆえだ。バーボンは近くのブルックリンのキングス・カウンティ蒸留所で造られたものを選んだ。

 また、アイカワは10歳のときに、母と一緒に東京からいきなりテキサス州の田舎のコミューンに引っ越してきた。彼にとって食は移民の物語であり、異文化との出会いだ。「バーベキューに行くときは、米を山ほど持っていくんだ」と彼は言う。彼は、居酒屋兼バーベキューの店「Kemuri Tatsu-ya」をシェフのタクヤ・マツモトとともに2017年にオープンした。アイカワは牛ばら肉を「トロ」と呼ぶ。寿司の用語で脂分の多いマグロを指す言葉だ。「ブリスケット(牛ばら肉)を刺身のように扱いたい。重要な一品としてね」と彼は言う。彼のテキサス・バーベキューへの思いはまっすぐで、尊敬に満ちているが、ソースには味噌の隠し味があり、焼きとりの串に刺した鶏肉の皮にガーリックソルトとライムをまぶし、メキシコ出身の住人たちに敬意を表している。

 そんなシェフたちのうちの何人かは、和食とイタリア料理の対比の構造を楽しんでいる。イタリア料理は日本で“イタ飯”と呼ばれて長く愛されてきた。日本のシェフたちは、まるでスカーフのように薄くしなやかな生地のナポリ風ピザを焼き、スパゲティがアルデンテになるよう秒単位で正確に茹でることにこだわっている。

「ル・リグマロール」の焼きとりのコースの中で、コンパニョンとヤンは、特定のレシピを意識したわけではないが、明らかにイタリア風のパスタを出している。シェフのアイデアで、パスタにはそれぞれの形に合った名前がつけられた。「クッショーニ」はまるで人形の枕のような形のラビオリのことだ。「ファンチュッレ」はイタリア語で若い女性を意味し、まるで、恥ずかしがり屋の女性がかぶる帽子のような、折り込まれた形をしたパスタだ。

昨年12月にオープンしたウェストハリウッドの「Blackship」では、ニューヨーク育ちのケイイチ・クロベが、バジルのかわりに、しその葉を自家製の麺とつけ合わせに練り込んで使っている。そこから数マイルほどのパルムス地区にある、シェフのニキ・ナカヤマの「n/naka」では、和食の懐石コースの途中にパスタを出すことで有名だ。それは“洋食”と呼ばれるジャンルの料理で、地元の素材を使い、日本人の舌を満足させるために西洋料理を自由にアレンジしたものだ。彼女のスパゲティは明太子(スケトウダラの卵巣を唐辛子漬けにしたもの)で和えてある。そのままだと日本でよく見かける一品だが、それを薄く花びらのように切ったアワビと黒トリュフで飾っている。

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