効率よりも品質重視。目の届くなかで手塩にかけてよいものを――。東京の地で、周囲と手を携え、日々の糧を生み出す5人の農業生産者へのインタビューを前・後編でお届けする

BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

都心の住宅地で、無農薬無肥料で
バラや果実を育て、蜂蜜を作る「宍戸園」

 世田谷の成城近くにある「宍戸園」の宍戸健晃は、12代目の園主だ。機械工学を専攻し、産業ロボットの設計エンジニアだったが激務がたたり体を壊し、農家を継いだのは20年ほど前。古くは米や野菜の農家で、家畜も飼っていたが、近隣からの苦情もあり方向転換を余儀なくされた。宍戸は自然農法を勉強してブルーベリー栽培を手がけ、受粉率を上げるために蜜蜂を飼い始めた。ダマスクローズ栽培も始め、今や農園の主要農産物に成長した。

画像: 高貴な香りのダマスクローズ

高貴な香りのダマスクローズ

 5月になると、農園は甘やかな香りに包まれる。可憐なピンク色の花の合間を蜂が飛び、蝶が舞い、さながら桃源郷のよう。朝摘みのバラを求めて、全国から問い合わせがくるという。「みなさん、ジャムやポプリにして楽しんでいらっしゃいます」

画像: 実に洗練された味わいの自家製ジャム (左から時計回りに)ブルーベリージャム、バラのジャム、自家製の非加熱の蜂蜜、バラ入り蜂蜜各¥1,512~

実に洗練された味わいの自家製ジャム
(左から時計回りに)ブルーベリージャム、バラのジャム、自家製の非加熱の蜂蜜、バラ入り蜂蜜各¥1,512~

画像: ナチュラルな素材で作る焼き菓子¥350~、コーヒー¥390~

ナチュラルな素材で作る焼き菓子¥350~、コーヒー¥390~

 昨年は農園の向かいにトレーラーを据え、カフェをオープン。バリスタ修業を終えた息子が淹れるコーヒーや、妻が焼くスコーン、マフィンが好評だ。四季折々の花が咲き乱れ、その香りに包まれてゆったり過ごせるカフェは近隣の人々の憩いの場になっている。宍戸は都市型農業を持続させるには「健康志向」「心豊かな暮らし」「持続可能性」そして「素敵であること」が必要と言う。「エンジニア時代と比べて収入面は不安定ですが、自然とともに生きる悦びや幸せには代えられません。生産量は少ないですが、うちならではの付加価値を加え、喜んでもらえるものを作りたい」

画像: ブルーベリーの世話をする宍戸健晃

ブルーベリーの世話をする宍戸健晃

宍戸園
東京都世田谷区上祖師谷4-7-1
TEL. 03(3307)5154
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都内唯一のブランド牛として、
小規模で日本最高品質を目指す「竹内牧場」

 東京・新宿「パークハイアット東京」の「ニューヨークグリル&バー」のメニューに「秋川牛」が2年ほど前から登場している。東京唯一の黒毛和種ブランド牛だ。同店のポール・ガヤフスキー料理長は「五感を刺激される食材です。驚くほどしっとりした舌ざわり、洗練されて雑味がなく、後を引く深いうま味があります」と絶賛。都下で、こんな優れた風味の牛をどのように育てているのだろう。牧場のある、あきる野市を訪れた。

画像: 竹内牧場

竹内牧場

 花の咲き乱れる里山の合間に「竹内牧場」はあった。黒毛和種の雌牛だけが220頭、育てられている。牧場主の竹内孝英は、代々続く米と野菜の農家から肥育農家になって二代目だ。父の孝司が乳牛1頭を手始めに肉牛を手がけるようになり、今の規模まで拡大した。岩手の家畜市場で、生後8〜9
カ月の黒毛和種の子牛を孝司が買い付け、孝英が22カ月間肥育する。300㎏ほどだった子牛が約900㎏になるまで丁寧に育て、月に10頭ほど出荷している。

「牛の肥育で一番心がけているのは、清潔で気持ちよく過ごせる環境作りです」。牛舎がいつも清潔ならば、牛はよく眠り、よく食べる。牛が健やかであれば、肉質はよくなる。良質な混合飼料をベースに、青草やオーツ麦、さとうきびの搾りかす、乳酸菌、稲わらなど、年齢や体の状態に合わせてこまやかに調整している。奥多摩の山々の地下水脈から湧き出る井戸水も、牛の体作りに一役かっている。

画像: 「東京都産秋川牛リブアイ」¥18,150(サービス料金別) パークハイアット東京「ニューヨークグリル&バー」 東京都新宿区西新宿3-7-1-2 TEL.03(5323)3458 公式サイト COURTESY OF PARK HYATT TOKYO

「東京都産秋川牛リブアイ」¥18,150(サービス料金別)
パークハイアット東京「ニューヨークグリル&バー」
東京都新宿区西新宿3-7-1-2 
TEL.03(5323)3458
公式サイト
COURTESY OF PARK HYATT TOKYO

 竹内牧場にはもう一つ、重要な生産物がある。健康な牛の糞をおがくずや藁とともに二次発酵までさせ、3カ月かけて天然の有機肥料に。この堆肥は世田谷などの農地に運ばれ、循環型農業の支えになっている。

 柔らかな風が通る牛舎で過ごす牛たちは、人を怖がる様子もなく、穏やかに毎日を過ごしているようだ。「私は親父が切り拓いてくれた道を進化させているだけです。親父は牛肉の輸入自由化のときは苦労しましたが、いつも生き生きと仕事をしていましたね」。その様子を見て跡を継ぎたいと思ったという。「土地が狭いので牛舎はこれ以上増やせない。事業を拡大せず、品質を上げることに注力し、日本最高品質を目指します」

画像: 全員(牛)の顔がわかると話す竹内孝英

全員(牛)の顔がわかると話す竹内孝英

竹内牧場
東京都あきる野市菅生1460 
TEL. 042(558)7454

毎日コツコツと手塩にかけるトマト。
効率より品質重視を目指す「馬場トマト農場」

 大きさは普通のトマトの2倍ほど。真っ赤な皮がパンパンに張って、果肉があふれ出てきそう。「馬場トマト農場」のトマトは甘みと酸味のバランスがよく、ずしりと重い。皮ごとかぶりつくとジュワッと濃厚なうま味が広がる。このトマトを育てているのは馬場裕真。代々、日野市で続く農家を継ぎ、今は父親と二人で毎日、畑に出る。

画像: 品種は「桃太郎ファイト」。すっきりした甘さで、うま味とのバランスがよく、青くささがない。農作業をしてきたたくましい手

品種は「桃太郎ファイト」。すっきりした甘さで、うま味とのバランスがよく、青くささがない。農作業をしてきたたくましい手

 トマト作りに終わりはない。収穫は4〜7月。収穫後すぐ、次の年のための土作りを始める。連作障害を防ぐために夏の強い日差しで土を消毒したり、近くの牧場から分けてもらった牛糞の堆肥をすきこんだり。苗が育てば、脇芽を取ったり、つるを紐で結んで固定したり。すべて手作業だ。農薬を極力使わないため、カビ防止に、納豆菌を送風機の前に置いてハウス内にその菌を撒くというアナログな対策まで。「トマトって同じ品種を育てていても、育てる人それぞれの味になるんです。農家の腕の見せどころですね。小さい頃から父が楽しそうに仕事をしているのを見てきました。この道
に進むのは自然なことでした」と微笑む。だから、朝5時からの作業もいとわない。

画像: 「馬場トマト農場」の直売所の販売は、1kg¥700~。写真の箱入りは1箱4kg¥2,800。その場で地方への発送も可

「馬場トマト農場」の直売所の販売は、1kg¥700~。写真の箱入りは1箱4kg¥2,800。その場で地方への発送も可

 トマトはほとんどが地元で消費される。畑に直売所を開き、当日分を売り切る。春になると「トマトはまだ?」と、畑で作業中の馬場にご近所さんが声をかけてくる。

 昨年、日野市の若手農業者の団体「HINOBLUE FARMERS CLUB」が発足。その代表も務める。駅前での販売、加工品の製造などを企画しつつ、さまざまな情報交換も行う。「日野のトマトのおいしさは、まだまだ知られていない。多方面へ伝えていこうと思っています」。トマトや加工品を売り、日野のトマトを紹介する「トマト祭り」を企画したが、コロナ禍で延期になったのが残念だ。

画像: トマトの世話をする馬場裕真

トマトの世話をする馬場裕真


馬場トマト農場
住所:東京都日野市西平山1-30-1
TEL.042(591)4795
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