BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
地産地消、農福連携。
農地は資源として地域に還元する「白石農園」
東京にはもともと野菜産地としての歴史があると教えてくれたのは、東京産野菜を扱う豊洲の仲卸「政義青果」の近藤義春。「肥沃な土壌の関東平野は古来、農業に適した土地です。幕府が開かれ、江戸は人口100万、当時世界最大規模の都市でした。江戸の人々への食料供給は近在の畑が担っていたのです」。近在農家として、当時から江戸の食卓を支えてきた農家の一つが、練馬に350年続く「白石農園」だ。
大泉の住宅街にある畑で、約100種類の野菜とブルーベリーを育てている。農園のホームページを開くと、次の文が目に飛び込んできた。「東京うまれ 東京そだち ご近所のみなさん こんにちは」。このコピーには、東京で農業をする決意が込められている。園主の白石好孝は、「東京の住宅街での農業は、地域社会に貢献してこそ、持続可能な生業になる」と語る。バブル期、周囲の畑が次々と宅地になっていった。白石は「宅地や駐車場に転換された土地は資産にはなる。でも、農地はものを生み出す資源なのだと気づいたんです。資源として大切に後世へ引き継がねば」と、農地を守り抜いた。当時、東京に農地は不要と逆風を受けたが、今、白石の農地は、お金に換算できないさまざまな価値を生み出している。
畑に隣接している直売所と近所のスーパーで、採れたてピカピカの野菜を中間マージンなしのお手頃価格で販売。毎日、ほぼ完売だ。給食の食材として、区内の小中学校へも届けている。その学校の生徒たちに、農業体験の機会も提供する。生徒たちがほうれん草の種を蒔き、収穫まで行う。収穫当日の給食には、そのほうれん草が登場するのだとか。生徒たちの笑顔は白石にとって宝物だ。
また、近隣の人々に区画を貸すだけでなく、種や苗、道具を用意し、野菜の育て方を教える体験農園「大泉 風のがっこう」も開いた。リピーターが多く、20年間通う人も。アスパラガスだけはネット販売するため、選別と梱包、発送作業を近所の「かたくり福祉作業所」に発注している。こうして農園を軸に、“ご近所のみなさん”と手を携えて地域社会に根を張り、顔の見えるつながりが築かれている。
白石農園
東京都練馬区大泉町1-44-14
公式サイト
地元を巻き込んだワイン造りで
練馬の野菜に合う練馬のワイン「東京ワイナリー」
同じ練馬区の大泉学園に、東京初のワイナリーがある。オーナーの越後屋美和がこの「東京ワイナリー」を立ち上げたきっかけは、練馬産の野菜との出合いだ。大学の農学部を卒業後、大田市場に勤めた。「私は横浜育ちで、東京で野菜が生産されていることさえ知りませんでした。初めて食べた練馬産キャベツのおいしさたるや。住宅街の狭い土地で育てるため、生産量が少ないぶん、手をかけて丁寧に育てられているから、味の濃さが格別でした」。東京の野菜のおいしさをもっと伝えたいと願い、思いついたのがワイン造り。果実酒醸造免許をとり、2014年にワイナリーを立ち上げた。ワインは料理との組み合わせでさらに味の世界が広がる。だから、コンセプトは“野菜に合うワイン造り”。ワインとともに、練馬の野菜の魅力も伝えられると考えたのだ。
国産ぶどうを使い、現在年間1万本を製造する。「私のワイン造りは、ぶどうの味を引き出してあげるだけ」と笑う。ここのワインはすべて辛口の「にごりワイン」だ。濾過せず仕上げるので、ぶどうの風味が丸ごと残る。うま味はもちろん、苦味なども残すので、複雑な味わいが野菜の土くささに合う。「練馬産ぶどうのワインを増やすのが夢」と言う。現在、区内に7カ所、計2,000平米の畑で、彼女のワイナリーのためのぶどうが育っている。ぶどうの世話とワイン造りは地元のサポーターが手伝ってくれる。近所の子どもたちが参加することも。「いろいろな人が入って楽しくつくるほうがこのワイナリーらしくていいかな」
周囲とつながることで活動に理解も協力も得られる。「小さな試みではありますが、自分にできることを少しずつ積み重ねて、微力ながら、地域に貢献していきたい」
東京ワイナリー
東京都練馬区大泉学園町2-8-7
TEL.03(3867)5525
公式サイト
白石農園の白石好孝は「農業は自然を慈しみ、人々の生きる糧を生み出す仕事」と言う。東京で地に足を着け農を営む5人の姿勢に、今、時代の岐路に立つ私たちの進むべき道しるべが見える気がする。