BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY MASANORI AKAO
神楽坂を歩くと時折、白衣に丸刈りの若者たちが懸命に走る姿を見かける。この街の人たちは「ああ、石川さんのお弟子さんだ」と、すぐわかる。彼らは修業中の若き料理人、師匠は日本料理店「神楽坂 石かわ」店主・石川秀樹だ。石川は「虎白(こはく)」「蓮三四七(れんみしな)」「波濤(はとう)」など全7店のほか、飲食業の監修やコンサルタントも手がける「石かわグループ」の代表でもある。「神楽坂石かわ」は2009年から、「虎白」は2016年からミシュランの三ツ星を獲り続け、「蓮三四七」「波濤」も一ツ星を獲得。筆者はそれらの店を訪れるたび、若い弟子たちが挨拶も爽やかに、きびきびと立ち働く姿に心が洗われる。ピシッと締まってはいるが、張りつめた緊張感はない。伸びやかな明るさの中、石川はみなに「おやっさん」と呼ばれ、慕われている。
今秋、帝国ホテルに新しい日本料理の店「帝国ホテル 寅黒」が誕生し、話題を呼んでいる。料理長を務めるのは、石かわグループの鷹見将志だ。現在30歳の鷹見は専門学校を卒業後、「やるなら一番のところで学びたい」と石かわグループに入社。「石かわ」に続き、「虎白」の小泉瑚佑慈のもとで11年研鑚を重ねた。和食の王道を究める石川と、常に新しい味の世界を切り拓く小泉。鷹見はこのふたりの料理のエッセンスを取り入れ、自らの味を新たに構築する。写真上左の料理は、海老となすに白味噌を合わせるという王道の組み合わせながら、海老は炭火で香ばしく仕上げ、なすはあくまでも柔らかく。力強さと勢いがあり、食材を豪快に扱いながら、繊細な変化を加える。帝国ホテルから“日本料理店を石かわグループとタッグを組んで作りたい”と話があったとき、石川は鷹見を抜擢する。
「料理長になる要点をクリアできていれば、歳は関係ないんです。“調理場”というチームを指揮できること、後輩を育てられること。どんな料理を出せばお客さまに喜ばれるかなど、自分で考え、仮説を立てられること」。そう石川は言う。「仕事も人生もすべて仮説の連続。失敗したら新たな仮説を立てればいい。スピーディにエンドレスに仮説を立て続けられる人間はリーダーの素質があります」
コロナ禍の厳しい状況下、石かわグループでは出店ラッシュが続いている。2020年8月開店の「NK」は、グループ内唯一のフュージョン料理店だ。和食をベースに、フレンチや、アジアンテイストのエッセンスも取り入れたボーダーレスな料理が楽しめる。料理長は、角谷健人。石川に「天才肌」と言わしめる逸材だ。角谷は、専門学校の講演会で「君たちはこの時代をどう生きていくのか? 料理は人を幸せにできる仕事だし、料理人ももっと幸せになれる。それを一緒に盛り上げていこう!」という石川の熱いメッセージを聞いて心動かされ、「石かわ」の門をたたいた。やがて頭角を現してきた角谷に、石川は「今までにない、面白い料理を作りなさい」と、“一日一品試作”を命じる。「おやっさんに言われ、和でも洋でもなく、ありそうだけどなかった料理を目指して挑戦しました」
実は、角谷はグループを一度辞めている。「入門して6年目の頃、疲れてしまって。今になって思えば“甘え”なんですが。おやっさんに相談したら『まあ、外を見てくるのもいいから』と出してくれたんです」。辞めてしばらく神楽坂のバーで働いた。「そこで、いろいろ褒められたんです。掃除をきっちりするとか、僕にしたら普通のことなんですけど。『石かわ』で学んだことって、こういうことなんだなって、そのときわかりました」。一年ほどたち、もう一度料理をやりたいという思いが湧いてきたが、「石かわ」に戻れるとは思っていなかった。「でも、おやっさんから『戻ってくるでしょ?』と」。辞めてからも、石川とは時折、連絡をとっていたのだという。
「おやっさん、たまにLINEとかポンと送ってきてくれてたんですよ、『どう?』って。『この本、面白かったから読みなよ』とか」。その後、フレンチの店2軒で修業させてもらった経験も武器に、角谷は今、料理長という重責を楽しんでいる。
石かわグループの店はどれも個性が際立っている。石川は弟子たちのそれぞれの持ち味を見極め、自在に伸ばせるほうへ背中を押す。一方で「修業は想像と違っていた」と弟子たちは口を揃える。まな板と包丁はまっすぐ置く、ふきんは常に清潔にして端を揃えて畳む、行動は素早く正確に、など仕事への姿勢は徹底的に厳しく仕込まれるが、あとは「自分で考えなさい」と言われるだけなのだ。
「日本料理の親方は、弟子たちに料理をこまやかに教えないものですが、石川もしかり。でも、言われたとおりにやるより、自分で学ぼうという姿勢のときのほうが、大きく成長するんです」。そう話すのは「虎白」の料理長、小泉瑚佑慈だ。小泉は日本料理を土台に、西洋の素材や、和食以外の技法をも使い、革新的な味を生み出す。組み合わせの妙も、彼の持ち味。食べ手の記憶にない世界まで振り切ったところに生まれる感動は、食通たちを唸らせる。小泉は新人のときから石川のもとで修業し、「神楽坂石かわ」の立ち上げにもついていった。
「おやっさんの仕事ぶりを見て、何でそうしてるのかと、いつも考えていました。どうしたらお客さまが喜んでくれるか、ともに働く仲間といい仕事ができるか、常に考え続ける。そのためには“今”を全力で生きるのが大事だということを、おやっさんの背中から学びました」