ドビュッシーの《月の光》が2つあるのをご存知ですか? クラシック音楽と美酒、ふたつの時間芸術の交錯がもたらす喜びを、指揮者・野津如弘が自在に綴る連載の第14回のテーマは、月。古今東西、月は人の心の琴線をふるわせるもの。シェーンベルク、ドビュッシー、フォーレ、それぞれの月の調べに身を浸し、「シャトー・シャントリュヌ」を満たしたグラスを傾けるーー。秋の夜長をゆっくりお楽しみください

TEXT BY YUKIHIRO NOTSU, ILLUSTRAION BY YOKO MATSUMOTO

シェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》

画像: シェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》

 先日、国内では3年ぶりとなる皆既月食が観察された。赤銅色に輝く月は、普段とは違った妖しく変化した姿を見せ、西洋で「狂気」の語源が「月」にあるのも、なるほどと納得させられる。

 ラテン語で「月」を意味するlunaが語源である英語のlunacyは「狂気」のことで、月の満ち欠けが人の精神に影響を及ぼすと考えられたことに由来する。今回ご紹介する作品のひとつ目はそのタイトルも《月に憑かれたピエロ》(1912、原題はPierro lunaire)。アルベール・ジローの詩をハルトレーベンが独訳したものに基づいてアルノルト・シェーンベルク(1874-1951)が作曲したメロドラマで、シュプレヒシュティンメという歌とも朗読ともつかない語りと5人の演奏者で紡がれる幻想的な作品である。

 詩の内容はというと、月が注ぐワインに酔いしれた詩人が、時に月をコロンビーナ(イタリアの仮面劇コメディア・デッラルテに登場する女中で、道化師アルレッキーノの恋人)に見立てたり、聖母に見立てたり、果ては死の病に冒されてしまう月を歌った第1部。ピエロが王墓で赤いルビーを盗んだり、赤ミサ(赤ミサというものは存在せず、詩人の空想によるもの)で司祭に扮したり、はたまた三日月が彼の首を刎ねようとする刀に見えたりする第2部。
 ピエロは故郷のベルガモを懐かしみ、月の光が舟の舵となって帰還する第3部。

 ここでピエロの故郷とされるベルガモは、北イタリアの都市でコメディア・デッラルテ発祥の地でもある。道化やピエロの起源ともされているアルレッキーノやプルチネッラ、ペドロリーノらが登場するこの即興喜劇は、後の数々の芸術作品にもインスピレーションを与えた。

ドビュッシーとフォーレ、それぞれの「月の光」

画像: ドビュッシーとフォーレ、それぞれの「月の光」

 ドビュッシーの《ベルガマスク組曲》(1890-1905)もそのひとつ。とりわけ第3曲の「月の光」はよく知られている。タイトルはヴェルレーヌの詩集『艶なる宴』の「月の光」の一節から採られており、ベルガモ風を意味するベルガマスクの名の元に4曲がまとめられている。

 ところで、この「月の光」には先行する作品が二つあるのだが、あまり知られていないと思うのでご紹介しておこう。一つはドビュッシー自身が作曲したもの。1882年に第1稿が書かれ、1891年の歌曲集《艶なる宴》に第2稿が収められている「月の光」である。そしてもう一つは、フォーレによって作曲された『月の光』(1887)だ。どちらもヴェルレーヌの詩に基づく歌曲である。

 フランスの詩人ヴェルレーヌの詩「月の光」は『艶なる宴』の冒頭を飾る詩で、ロココの画家ヴァトーの絵画に着想を得て書かれた。彼の絵は「雅びな宴」といわれる優雅なもの。美しく着飾って音楽を奏で、歌を歌う人物たちが描かれているが、ヴェルレーヌはそこに隠された悲しみを見出し、月の光がそれを照らし出す。詩に「短調の調べにのせて歌う」という一節があるのだが、ドビュッシーとフォーレがこの部分をどう音楽で表現しているのが聴きものだ。

 秋の夜長、月の光の下で、両者の違いを味わいつつ、これらの名曲に酔いしれたい。

月見の美酒におすすめなのが、こちらの「シャトー・シャントリュヌ」。ボルドー格付3級のカントナック・ブラウンの醸造責任者であるジョゼ・サンファンのプライベート・シャトー。“月(リュヌ)に歌う(シャント)”という名は、月が空に残る夜明け前にブドウを収穫することに由来。カシスの華やかなアロマがたちのぼり、芳醇な味わい、そして美しい余韻が長く続く。一日の仕事が済んだあと、匠が自らの手で心ゆくまで丁寧に仕込む特別なキュヴェ。月の光に照らされた、その愉悦のときをグラスに満たして。シャトー・シャントリュヌ¥7,920

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<参考文献>
浅井佑太『シェーンベルク』(2023、音楽之友社)

画像: 野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。 公式サイトはこちら

野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。
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画像: マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。 公式インスタグラムはこちら

マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。
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