卵というありふれた存在が、人間の欲望の完璧なメタファーとなる理由とは?

BY LIGAYA MISHAN, PHOTOGRAPHS BY PATRICIA HEAL, SET DESIGN BY MARTIN BOURNE, TRANSLATED BY YUMIKO UEHARA

 1985年の日本映画『タンポポ』のワンシーンは、食べ物を絶妙に使った表現として、映画史上最高峰といっていい。純白のスーツを着た男が、ホテルの一室で愛人の背後に立ち、ルームサービスについてきた生卵を手に取る。ゆったりとしたしぐさでボウルの縁に卵を打ちつけ、割れた殻を左右に傾けて、卵白だけをどろりと落とす。そして殻に残った黄身を一気に口に含む。女が顔を寄せると、男の唇から黄金の半球が現れ、形を保ったまま生き物のようにふるふるとふるえながら、女の口の中へと滑り落ちる。変態行為なのか、何かの比喩なのか、それとも単なる食べ方の工夫なのか。私たちもぜひやってみるべきだろうか? スクリーンの男女は何度も卵を口移しする。とろみのある黄身が揺れながら口と口を行き来するが、唇は決して触れ合わない。そして必然的な瞬間が訪れ、女は目を閉じる。破裂した太陽が口からあふれ、しずくがあごへ垂れていく。

画像: この記事の静物写真に写るのは、フォトグラファーのパトリシア・ヒールとスタイリストのマーティン・ボーンが住むニューヨーク州北部サリバン郡の農家から仕入れた鶏卵。フェルメール、セザンヌ、モリスの絵画、特にモリスの《Cotyledon and Eggs》(1944年作)に描かれた光や奇妙な遠近感から着想を得た。

この記事の静物写真に写るのは、フォトグラファーのパトリシア・ヒールとスタイリストのマーティン・ボーンが住むニューヨーク州北部サリバン郡の農家から仕入れた鶏卵。フェルメール、セザンヌ、モリスの絵画、特にモリスの《Cotyledon and Eggs》(1944年作)に描かれた光や奇妙な遠近感から着想を得た。

「倒錯」という言葉はたいてい軽蔑の意味で使われる。しかし道徳的非難を別とすれば、それは期待や日常を逸脱して隠れた可能性を明らかにする行為と理解できるのではないか。『タンポポ』のシーンにドキドキするのは、ごく当たり前の存在が奔放な快楽の道具へ変貌するのを目のあたりにするからでもある。現代では、このシーンはいっそう不謹慎に思えるかもしれない。80~90年代の卵の平均小売価格は、大玉12個でだいたい1ドル未満だった。2000年代に値上がりが進み、ついに2ドルを超えた。ピークは2015年、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)でアメリカ国内の養鶏業が壊滅的打撃を受けたときだ。2022年に始まった鳥インフルの流行で、今年上半期にも3600万羽以上の採卵鶏─食用卵を産む雌鶏─が死んだ。3月には12個で6.23ドル(約900円)、1個約52セントという記録的高値になり、買い占めによってスーパーの棚は空になった。ニューヨークの食料品店では1個1ドル─煙草を一本単位で売るように─でバラ売りしていた、と報じられている。 政治家は過去および現在の大統領を批判した。司法省は価格談合疑惑の捜査を始めた(国内最大の鶏卵業者カルメイン・フーズ社は、卵不足だった今年1月~3月に前年同期比で3倍近い利益を得ていた。同社は捜査に関するコメントを拒否した)。死んだ鶏を悼んだり、養鶏業者を心配したり、そもそも卵が安い理由は工業的大量生産のためだったと思い出す人もいなかった(1913年、人口の大半が農村部から都市部へ移動し、自宅の裏庭で鶏を飼う生活をしなくなったとき、卵は12個25セントになった。現在の価値で8ドル以上だ)。モーニングメニューが一日中食べられるレストランチェーン「ワッフルハウス」は、一時的に卵一個あたり50セントを上乗せして、仕入れの高騰を客に転嫁した。一方でファミリーレストランの「クラッカーバレル」は、卵の高級化の話題にのって、卵料理はポイント2倍と宣伝した。エッグベネディクト発祥の店といわれる「デルモニコス」は、1837年にニューヨークのダウンタウンで開業した老舗の高級レストランだが、最近ブランチに52ドルの「ロイヤル」メニューを加えた。アヒルの卵を使ったエッグベネディクトに、タラバガニやロブスターをどっさり載せた一皿だ(追加料金でキャビアも)。

 かつて北大西洋の浅瀬ではロブスターが獲れすぎて貧困層の食事となっていた。中世のロシアでは農民がキャビアを粥に混ぜたり、豚のエサに入れたりしていた。今度は卵が稀少性によってありがたがられ、贅沢品に変わったというわけだ。

画像1: はじまりの物語
卵が人間の欲望の
完璧なメタファーとなる理由

 とはいえ、卵は昔から神聖な贅沢品だったのではないだろうか? 何しろ神の設計としか思えないほど精巧だ。うっとりするような流線形の殻は、爪よりも薄く0.2㎜ほどだというのに、強度は教会のアーチ天井のように強い。マサチューセッツ州の材料試験会社ADMETの調べでは、卵は縦置きなら約24㎏、横置きなら約41㎏の荷重に耐えられる。ハーバード大学の物理学者たちの計算では、理論的には最大1360㎏、自重の約24000倍まで耐えられるという。15世紀初頭、イタリアの建築家フィリッポ・ブルネレスキは、当時において史上最大であった聖堂の設計案を示した際に、彼の案を疑う人々に卵を支えなしで立ててみせよと挑んだという。全員の失敗を見届けたブルネレスキは、あっさり卵のお尻をテーブルに打ちつけて直立させた。かくして彼の設計によって造られたフィレンツェの大聖堂(ドゥオーモ)に、今もそのときの卵のようなシルエットを見ることができる。

 宇宙船を思わせる外観だけでなく、内側もいっそう不思議で神秘的だ。中世の画家ジョットの《荘厳の聖母》やボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》のつややかな輝きも、古代エジプトの棺に描かれて今なおいきいきとした表情を示す死者の顔も、卵黄を混ぜた顔料が塗られていなければ、後世の私たちが目にすることはなかっただろう。卵白も、強度と荘厳さを出す目的で、何世紀にもわたり石造りの要塞や教会を建てる際のモルタルに使用されてきた。しかし、卵の一番なじみのある功績といえば、やはり台所での活躍だ。料理でも菓子作りでも、卵は偉大な結合剤として、乳化してすべてをまとめあげる。卵白をしっかり泡立てれば、まるで時間が停止した波のように立ち上がる。やさしく慎重にバターに混ぜ込めば、まるで重力から解き放たれたようなかろやかなケーキになる。天使の食べ物のようだ。

 卵は日常の奇跡であり、多用途で、しかも安い。こうした普遍性と気取りのなさが、ここ数十年間の執着を生み出してきたのかもしれない。つねに最適化にいそしみ、最高のものを追求せずにいられない社会では、卵もありのままではいられない。どこまで可能性をつきつめ、高められるかが重要なのだ。今や食の知識は文化的ステイタスのしるしでもあるので、家庭料理でも、たとえば卵を絶妙な加減でとろりと仕上げるには何分何秒火にかければいいかにこだわる(6分か? 6分半か?)。ゆで卵を半分にスライスして黄身に味つけをしたデビルドエッグといえば食堂の定番メニューだが、これが高級レストランではウニやキャビアが飾られて登場する。ニューヨークの名店「Le B.」では「アンシュミーズ(包み料理)」という名で、さらに優美に供される─球体のまま、ムースリーヌの詰め物を絞り込み、トリュフをちりばめ、冷たいソースをまとわせる。

 実際、鳥インフルと深刻な品薄という脅威が到来するずっと前から、人は卵に高いお金を喜んで払っていた。パリの名店「アルページュ」は、卵の殻を器にして、温かい半熟卵に冷たいクレーム・フレーシュ(発酵クリーム)とシェリービネガーを注いで提供する。スペインのコスタブラバにあった「エル・ブジ」(2011年閉店)は、触れるものすべてを黄金に変えたギリシャ神話のミダス王のように、ウズラの卵に魔法をかけた。卵黄がまるでぴったりしたボディスーツを身につけたように、金箔を散らした薄いカラメルにくるまれて登場するのだ。2014年に閉業したニューヨークの分子ガストロノミーレストラン「WD~50」のメニューにもエッグベネディクトがあった。まず卵黄を湯煎にかけファッジくらいの固さにし、さらにペースト状にして皿に塗る。それから卵黄とバターで作るオランデーズソースをキューブ状に固め、イングリッシュマフィンを砕いたパン粉をまぶして揚げる。衣をかじれば温かくクリーミーなソースが顔を出す。コペンハーゲンの名店「ノーマ」で野生のアヒルの卵をオーダーすると、鋳鉄製のスキレットが運ばれてくる。干し草で香りづけしたオイル、タイムを練り込んだバター、西洋ネギ、そして時間を計るタイマーも。藁の上に鎮座したスキレットで、客が自分で卵を調理するという趣向だ。

 こんな光景にはしらけた目を向けたくなる。なんでもかんでもヒエラルキーを作らずにはいられないのか、と。レストランがメニューに「農場産の卵」とわざわざ明記するのは、工場生産の卵に対する暗黙の非難だ。だが、志が高尚であろうとなかろうと、より濃厚で栄養ある卵という牧歌的な理想で客を喜ばせるという点で、これもまたブランディングにすぎない。人間はつねにさらなる高みを求める。そして平凡なものを高尚に生まれ変わらせたという理由で、高級卵料理が讃美される。実際には、卵は最初から奇跡のように完璧だったというのに。そんなこと、私たちは最初からわかっていたはずなのに。

 もちろん、卵はシンボルでもある。卵は新しい命の約束だ─店頭に並ぶ卵はその可能性が取り除かれているのだが(東アジアや東南アジアの一部では、主にアヒルの受精卵が珍味として楽しまれる。孵化前のヒナのくちばしや軟骨を嚙み砕く感覚は、たとえ肉食に支障がなく、ほかの料理なら骨をかじるのもやぶさかではない人でも、抵抗があるかもしれない)。卵と鶏のどちらが先かといわれるが、生物学的構造としては卵のほうが、地質時代の単位で先だ。科学者は、10億年以上前の単細胞生物にも胚発生に似た細胞分裂が起きることを確かめている。卵を作る遺伝的な仕組みは、動物の誕生前から備わっていた。

画像2: はじまりの物語
卵が人間の欲望の
完璧なメタファーとなる理由

 鶏卵に関していえば、比較的最近発達した。恐竜の卵は最初は柔らかい皮に包まれていたが、やがて硬い殻に包まれた卵を産むようになった。この革新的進化で子の生存率が高まり、母恐竜の負担が軽減し、体力を必要とする活動(狩りや捕食者との闘いなど)に臨むことができるようになった。この特性が、現存する恐竜、すなわち鳥類に受け継がれた。そしてジャングルに生息する野鶏「セキショクヤケイ」の子孫が、最終的に家禽(かきん)化したという。家禽のルーツは、現在のタイで陸稲栽培が発展した約3500年前にさかのぼる。野鶏が野生を失い、穏やかで扱いやすい鶏になった決定的瞬間があったのだろうか? ひとつの卵が孵(かえ)り、もこもこのヒヨコが殻からまろび出て、ジャングルではなく農場という世界に出合い、人間に奉仕する命として誕生したのが、そんな瞬間だったのだろうか。

 今日のアメリカでは、商業用の採卵鶏が24時間から26時間に1個の卵を産む。2024年における1年間の記録では、1羽あたり平均約300個だ。1世紀前は100個前後だったので、大幅な増加である。卵は生命、繁殖、繁栄、そして命の復活さえ象徴するが、同時にありふれた日用品でもあり、その安さは大量生産のおかげだ。往々にして残酷な環境で生産されている。鳥インフルが流行しても鶏肉不足が起きなかったのは、食用鶏(ブロイラー)が9週間以内に鶏肉に変わるからだ。病原菌にさらされ、感染し、伝染させるほど長い時間を生きない。一方で採卵鶏は、産卵能力が衰えてお役御免となるまで、18カ月から24カ月ほど生かされる。採卵鶏から生まれたオスは小さすぎてブロイラーとして価値がないとみなされるので、業界的には無用の産物だ。ゆえに、誕生と同時に殺処分となる。アメリカでは年間3億羽以上が処分される。

 南西部最大の鶏卵生産業者、アリゾナ州のヒックマンズ・ファミリー・ファームズは、今年5月にHPAIの流行により採卵鶏の95%を失った。事業が傾いて従業員を一部解雇したが、再建には2年かかると見込まれている(病気になった鶏の処分では、窒息性の泡を散布したり、密閉した鶏舎内の温度を上げて熱中症にするなどの手法をとる)。全米鶏卵生産者協同組合は今年はじめに米国農務省に宛てた書簡で、鶏用ワクチンの早急な開発を求めた。しかし現保健福祉省長官ロバート・F・ケネディ・ジュニアは、ウイルスを蔓延させれば免疫のある個体の発見につながるだろうという与太話を放った(現在流行中の変異株H5N1の致死率はほぼ100%)。

 あなたは卵を愛する。半熟卵をつついて広がる黄身の濃厚さを。カスタードのふるえを。ブリオッシュのつやを。シフォンケーキの非の打ちどころのないかろやかさを。丁寧かつ慎重に作られたケーキは、ほんのひと口であなたを夢見心地にする。けれど、あなたは同時に恐ろしく思うだろう。人間の欲望はエスカレートする一方なのだろうか。19世紀半ば、ゴールドラッシュ時代のサンフランシスコでは鶏が稀少で、卵は1個1ドルだった。現代でいうなら約40ドルだ。一攫千金を狙う者がファラロン諸島に渡り、野生のウミガラスの卵を採取した。その後は乱獲に次ぐ乱獲だ。最終的に政府の禁止令が出たが、100年間でウミガラスの個体数は60万羽から6000羽に減少した(多くのヒナが孵化を迎えられなかった)。私たち人間はあらゆるものを根こそぎ奪い取る。豊穣を無限と誤解する。

 この記事を書きながら、私は卵をひとつ食べた。フライパンに卵を落とし、さっと火を通してからライスの上に載せて、箸でつついて黄身を広げた。一面が金色に輝く。私は数字を思い浮かべた。240リットル。鶏一羽に卵一個を生ませるための飼料栽培に使う水の量だ。コピー用紙一枚。それより狭い面積で、採卵鶏は18カ月から24カ月だけ生きることを許される。私はゆっくりと卵を食べた。すっかり食べた。どんな代償を伴うにせよ、卵一個で足りる気はしなかった。

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