BY KOTARO KASHIWABARA

軽井沢町内でも人気を集める信濃追分に立つ「レストラン クー」
10年ほど前の軽井沢は、リゾート観光地としての存立に危機感があふれていた。
当時も年間800万人を超える観光客が押し寄せていたが、その半数がアウトレットの客で、買い物をしたらすぐに帰ってしまい、町で消費してくれないからだ。
だがこの10年で、軽井沢は着実に変わった。デスティネーションレストランがいくつもでき、ガストロノミーツーリズムの地域として息を吹き返した。なにより、以前中心だった旧軽井沢、新軽井沢から離れた地域に魅力的なレストランがいくつもできてきた。軽井沢町内でいえば南軽井沢、通称千メートル道路付近や信濃追分だし、町外でいえば御代田町、佐久市、東御市、小諸市といったエリアである。

店内から外を眺めると気持ちの良い緑が
今回ご紹介する薪焼きフレンチ「Restaurant Koo(クー)」も、信濃追分に2021年にできたレストランだ。新幹線の停車駅である軽井沢駅からは車で30分ほどだが、軽井沢駅でしなの鉄道に乗り換えるなら、信濃追分駅から車で10分ほど。信濃追分は旧中山道の宿場町で、かつての脇本陣や古民家を利用した店が並ぶ。クーはそこからは少し歩くが、やはり旧中山道に面し、表にはベーカリーがあり、奥にレストランが設えられている。
オーナーシェフの松島朋宣シェフは、1976年大阪生まれ。フランスの3つ星「ミッシェル・ゲラール」、1つ星「ミッシェル・リュボー」、西宮・苦楽園のレストラン「瀬田亭」などを経て2002年、26歳の若さで神戸に「Cuisine Franco-Japonaise Matsushima」をオープンさせ、人気店に仕立てた。

建物手前に位置するベーカリー
軽井沢に2号店をつくるまではいくつか紆余曲折があった。
「妻が松本出身で、神戸でも長野の地物野菜を使っていたことや、軽井沢に別荘をお持ちのお客様のところにうかがったことで親近感を持ち、いつか長野との二拠点生活をやっていたみたいと思っていた時に、この土地が出てきたので購入したのです」
すぐにどうこうとは思っていなかったが、コロナになってレストラン運勢の環境が変わったことで、こちらにも店を出すことにした。現在、シェフは神戸と軽井沢を2週間ずつ往復。いない間は神戸店を支えてくれている女性シェフがこちらに来るという体制。通常は月曜定休だが、12月から3月の冬季は休業し、神戸店に集中する。
「ちょっとだけ贅沢をしたいと思ったときに使っていただけるような店にしたい」と話すが、軽井沢の立地を考えると値段設定はリーズナブルだ。ランチは6,600円、ディナーは13,200円(いずれもサービス料別)となっている。
「無理して食材のすべてを長野県産にするとつまらないので、生産者を回り、神戸で使っていて美味しいと思った肉や魚は日本中から取り寄せています。でも野菜は地場の朝採れ。これだけはこだわっています」

この日のアミューズ
私は偶然、親の代からの小さな家が近くにある。若いシェフの攻めた料理もいまの時代を知るにはいいが、松島シェフのベテランらしい肩の力の抜き加減が心地よく、軽井沢に来ると家族でよく利用する。この日も初夏らしい食材を使った料理が並んだ。
アミューズは12時間コンフィした鮎をホタテのムースでくるみ、パイ包みに。軽いバターのソースが食欲を刺激する。

シェフのスペシャリテ、ももの冷たいポタージュ
季節の一品は7、8月の松島シェフのスペシャリテ(提供期間は9月まで延長する可能性もあり)。和歌山・森瑞さんの桃の冷たいのポタージュに宇治・小山園の抹茶とセロリのソルベを添える。白桃の甘さがやさしく伝わるポタージュにソルベをあわせると、抹茶とセロリで味がまるで変わることに驚く。

この日の魚料理はスズキのポワレ
淡路島のスズキのポワレには駿河湾の桜海老と近くの畑で朝採ったばかりのズッキーニを合わせる。にんにくの効いたソースで、南仏のレストランで食べるような錯覚を味わわせてくれた。

メインは「Kooの薪焼き肉料理」として牛や羊、豚などから選べる
メインは、北海道足寄町の石田めん羊牧場のサウスダウン種仔羊のロースト。サウスダウン種は飼育・繁殖が難しいためほとんど育てられていない希少種。柔らかな肉質で、ほんのりとした甘みと旨み、香りが感じられる。付け合わせはスティックセニョール、カリフロール、黄色間引き人参、いんげん。肉も野菜も、店の中央にしつらえられた薪ストーブでじっくりと火を入れることで旨味をコントロールする。仔羊の旨さはさることながら、野菜の強さはそれに負けていない。松島シェフが野菜にこだわるという意味がよくわかった。

デザートはみずみずしさにあふれた季節のフルーツを中心に

料理に合わせた自家製パン
デザートは、高知の完熟マンゴーと桃、千曲の杏にピスタチオとホワイトチョコレートのクリームを使ったピーチメルバ仕立て。果物も季節のものが美味しい。
これらの料理に合わせて、隣のベーカリーで焼かれたジャガイモパン、くるみパン、柑橘を混ぜ込んだ食パン、長野県産小麦だけを使ったバゲットがバスケットに入って供される。こちらも素朴な味で、いかにもクーらしい。食べきれないときはお土産にできる。

食べきれなかったパンはお土産にもできる。お店のロゴも愛らしい

店内の薪窯
最近、地方のレストランは熱源に薪を使う店が増えている。「どうしてでしょうかね」と松島シェフに尋ねたところ、
「いまはフードテックの進歩で技術がなくても細かい温度調節が可能になっていますよね。薪き火はその逆で、スキルの結晶で勝負する熱源なので、私みたいな年代だからこそ使ってみたいと思ったのです」
と返してくれた。こんなシェフの考え方に、私は親近感を覚える。
近年の軽井沢の日中は避暑地といえども暑いが、木陰に入ると風が通って気持ちいい。
腹ごなしもかねて木々に囲まれた近隣の別荘地をそぞろ歩くと、かつてのリゾートの面影はいまや、軽井沢周辺にこそあるように感じられる。

シェフの松島朋宣さん
ベーカリー&レストラン クー
長野県北佐久郡軽井沢町追分84-2
TEL. 0267-31-5423
公式サイトはこちら
柏原光太郎
ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』『東京いい店はやる店』。
▼あわせて読みたいおすすめ記事







