「志摩観光ホテル」の初の女性総料理長・樋口宏江シェフ。2016年5月の伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当し、各国の首相たちから称賛を浴びた。老舗の格式高いリゾートホテルで、伊勢志摩の食材を取り入れた、新しいフランス料理はどのように生まれたのか

BY YUMIKO TAKAYAMA, PHOTOGRAPHS BY KAN KANBAYASHI

 2008年に、樋口シェフはレストラン「ラ・メール」の料理長に就任した。古くからあるレストラン「ラ・メール クラシック」が先々代の高橋総料理長が築いた、“志摩観光ホテルといえば”を体現するフランス料理の原点なら、「ラ・メール」の料理は未来へとつながる“進化形”といえる。

「『ラ・メール クラシック』では、昔から変わらぬ味わいを定番メニューとして提供するのに対し、『ラ・メール』はこの土地ならではの旬を感じさせる食材を使った、今の時代にあった料理を楽しんでいただきます。新しい食材、新しい調理法にも挑戦する、という点が大きく異なりますね」

画像: 海をイメージしたフレンチレストラン「ラ・メール」。世界的に有名な、アメリカの建築事務所HBA(ハーシュ・ベドナー・アソシエイツ)が内装を手がけた

海をイメージしたフレンチレストラン「ラ・メール」。世界的に有名な、アメリカの建築事務所HBA(ハーシュ・ベドナー・アソシエイツ)が内装を手がけた

 2014年には「志摩観光ホテル」の総料理長に就任するが、2年目にして思いもよらぬ大役を命じられる。2016年5月に開催される伊勢志摩サミットで、ワーキングディナーを担当することになったのだ。各国首脳7名の食事だけでなく、随行者や関係者など300〜500名分の食事の用意も必要だ。サミット中、進行に合わせて料理は分刻みで提供されねばならず、その緊張感とプレッシャーは並々ならぬものがあったに違いない。

 そんな重圧のなか準備が進められたが、当日、彼女の料理を各国の首脳が大絶賛。「ワーキング・ディナー後に会場で首脳の皆さまと握手させていただいたときは、料理をするよりも緊張しました(笑)。本当に貴重な経験をさせていただきましたね。たいへんな任務でも、チームで一丸となってひとつひとつクリアしたことで、大きな仕事を成し遂げられる喜びを実感しました」

 サミットの料理に関して、外務省からは「三重県の食材を使用してほしい」という指示もあった。そのため地元の生産者たちを多く訪ね、交流が始まった。これは樋口シェフにとってうれしい収穫であり、その後の財産ともなるものであった。畑や漁港を訪れ、農家の人たちや漁師たちと話すことで、この地の地勢や文化、食材への理解が深まった。また、そこから新たな料理のインスピレーションを得ることも少なくない。

 たとえば彼女の代表料理のひとつ、「伊勢茶の香りをまとわせた黒毛和牛 カツオのコンソメとともに」。伊勢茶で軽くスモークした松坂牛をのせた、もち麦の焼きリゾットに、カツオ出汁とビーフのコンソメを合わせたものを注いでいただくというものだ。これは、彼女が地元の老舗鰹節店「かつおの天ぱく」を訪れ、鰹節ができる工程を見学したことがきっかけで生まれた一皿だ。香ばしい焼リゾットにカツオの上品なコンソメが注がれる。伊勢茶のふくよかな香りをまとったやわらかな牛肉との相性も抜群で、軽やかなのに奥深く、忘れがたい味わいだ。

画像: 「伊勢茶の香りをまとわせた黒毛和牛 カツオのコンソメとともに」 昔ながらの作り方で鰹節を製造する「かつおの天ぱく」の鰹節を使用。ふわっと広がる出汁の香りが上品で、お茶漬け感覚であっさり食べられる。樋口シェフは伊勢茶の生産地も訪れ、旨味の強い「かぶせ茶」の可能性にも注目している COURTESY OF SHIMA KANKO HOTEL

「伊勢茶の香りをまとわせた黒毛和牛 カツオのコンソメとともに」
昔ながらの作り方で鰹節を製造する「かつおの天ぱく」の鰹節を使用。ふわっと広がる出汁の香りが上品で、お茶漬け感覚であっさり食べられる。樋口シェフは伊勢茶の生産地も訪れ、旨味の強い「かぶせ茶」の可能性にも注目している
COURTESY OF SHIMA KANKO HOTEL

「料理のことだけでなく、生産者のみなさんから学ぶことは本当に多いです」と樋口シェフは言う。伊勢海老漁から戻ってくる漁師に会いに和具漁港を訪れたときは、彼らが乱獲による資源の枯渇を防ぐために地域独自の制度を作っていることに驚いたそうだ。「10月から4月までが漁期なのですが、その前半の期間はプール制という制度を導入しているんです。漁師たちが乗り合いで船に乗り、それぞれの漁家が2枚ずつ網をかけるのですが、誰の網に伊勢海老が何匹かかっていたかは関係なく、その船の収入を皆で均等に配分するんです。」

 また、三重県の漁業調整規則では、70g以下の伊勢海老の捕獲は禁止されているが、和具漁港では、自主規制により120g以下は捕らないことに。「目先の利益に走らず、大切な海の資源を守り育てる。そんな漁師さんの姿勢に尊敬の念を抱かざるを得ないですね」

画像: 絶妙な火入れの「伊勢海老ソテー アメリカンソース うすい豆のクーリー添え」。 100年先を見越して、地元の伊勢海老の漁師たちはサステナブルな漁業を実践している

絶妙な火入れの「伊勢海老ソテー アメリカンソース うすい豆のクーリー添え」。
100年先を見越して、地元の伊勢海老の漁師たちはサステナブルな漁業を実践している

 地元の豊かな食材はもちろん、敬愛する生産者たちのことを知ってほしい。そんな思いで始めたのが、「伊勢志摩ガストロノミーランチ賞味会」だ。「ラ・メール」と和食レストラン「浜木綿」で毎月交互に開催されている。「東紀州〜黒潮の恩恵〜」、「北勢〜山と海の恵み〜」、「南勢〜豊かな海の幸〜」などとテーマを定め、生産者を招き、話を聞く。訪れた客人は伊勢志摩の食材を堪能できるだけでなく、その背景を知る面白さも味わえる。生産者も、自分が携わった食材がどんなふうに食されているのかを見ることができ、貴重な機会になっている。

 樋口シェフに今後の目標は? と聞くと、「創業以来、このホテルをずっと懇意にしてくださっているお客様たちがいらっしゃる。“やっぱり、志摩観光ホテルだね”という期待には誠実にお応えしていきたいというのがベースにあります。それに加えて、伊勢志摩の風土や生産者たちの思いなどを感じてもらえる、ここならではの料理を提供したいと思っています」

 志摩の豊かな自然。その恵みである食材。食材を守り育む生産者たち。関わるもの、こと、人々の思いが、彼女の感性を刺激し、軽やかでありながらエレガントさと深みのある一皿へと結実する。食材の味わいを鮮やかに生かした彼女の料理を食べていると、志摩が日本古来から御食国(みけつくに)として“選ばれた場所”だということを、しみじみと納得してしまう。

志摩観光ホテル(SHIMA KANKO HOTEL)
住所:三重県志摩市阿児町神明731
電話: 0599(43)1211(ホテル代表)
客室数:164室(「ザ クラシック」114室、「ザ ベイスイート」50室)
料金:¥36,800~(1泊1室2名利用時の朝・夕食付1名分の料金。消費税・サービス料込)
宿泊予約センター:
フリーダイヤル:0120-333-001(平日9:00〜22:00、土・日・祝日9:00〜20:00)
公式サイト

 

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