昔から「豊の国」と呼ばれ、豊後水道の「海の幸」と九重連山の「山の幸」に恵まれた多彩な食材に恵まれた大分県。ことに、別府では伝統の地獄釜の蒸気の恩恵にあずかった料理が堪能できる。温泉キュイジーヌから、市民のソウルフードと親しまれている素朴なパンまで。別府の食卓へようこそ

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

前編はこちら>

《EAT》「Otto e Sette Oita(オット エ セッテ オオイタ)」
小粋な仕掛けと大分のテロワールを味わい尽くす

画像: 初めてこの店を訪れてディナーコースを食べた人なら、誰もが歓喜する前菜。引き出しには極上の遊び心が隠されている

初めてこの店を訪れてディナーコースを食べた人なら、誰もが歓喜する前菜。引き出しには極上の遊び心が隠されている

「新しい料理の発見は、新しい星の発見よりも人類を幸福にする」とは、18世紀フランスで美食家として知られたサヴァランの名言。小さな目印を頼りに「湯治柳屋」の敷地の奥へ進むと、明治期の旅館の大広間を改装した「Otto e Sette Oita」へと辿り着く。短いアプローチながら容易く見つけられない演出からして、美食への冒険心がくすぐられる。イタリア語で「8」と「7」を意味する店名は、小藩分立制度により8藩7領に分けられていた大分県の歴史に由来。まずは、温泉キュイジーヌを掲げた気鋭のイタリアンレストランの扉を開いた。

画像: 「湯治柳屋」の脇の細い通路に、目を凝らすと小さな看板が

「湯治柳屋」の脇の細い通路に、目を凝らすと小さな看板が

 この店で“星の発見”に匹敵するのが、ディナーコースの前菜である。料理を盛り付けるのは、特注の木製ボックス。「湯煙を表現したかった」というオーナーシェフの梯(かけはし) 哲哉さんが1年をかけて試作を繰り返して完成したものだ。天板に直列した惑星のような品は、色彩もデザインもドレスアップした大分名産の椎茸ペーストのマカロンやブリのタルタルなど。お待ちかねの引き出しを開けると、スモークが立ち込め燻された魚介類が現れ、コース料理のプロローグから趣向を凝らした舞台装置に驚かされる。

画像: ボックスの仕掛けもさることながら、料理にも意表をつく味の仕掛けを

ボックスの仕掛けもさることながら、料理にも意表をつく味の仕掛けを

画像: コース料理には大分県の「安心院葡萄酒工房」のワインがよく合う

コース料理には大分県の「安心院葡萄酒工房」のワインがよく合う

 この日のメインは、牛肉の赤ワイン蒸し。別府の山奥で牛舎を使わない放牧を追求する「宝牧舎」の黒毛和牛を、二度に分けて地獄蒸しでじっくりと甘みを引き出した。添えられたフレッシュなグリーンは、香り豊かで辛味が少ない水耕栽培のクレソン。里芋のマッシュやロマネスコのペースト、椎茸のローストなど……名脇役の野菜の多くは、最高齢90歳という野菜作りのプロ集団のファームから届けられる。大分のテロワールを礎とした一皿一皿は、生産者と積み重ねた時間が何よりの隠し味となっていた。

画像: お皿のまわりには、味噌と黒オリーブで「土」をイメージした滋味溢れるアクセントを添えて。全6品のディナーコースは¥8,000(税別)

お皿のまわりには、味噌と黒オリーブで「土」をイメージした滋味溢れるアクセントを添えて。全6品のディナーコースは¥8,000(税別)

画像: ワインを選ぶ表情は真剣だが、実はチャーミングな笑顔が代名詞というオーナーシェフの梯 哲哉さん

ワインを選ぶ表情は真剣だが、実はチャーミングな笑顔が代名詞というオーナーシェフの梯 哲哉さん

住所:大分県別府市鉄輪井田2組
電話:0977-66-4411
公式サイトはこちら

《BUY & EAT》「カフェ&ギャラリー アルテノイエ」
湯けむり散歩で出会う“ご機嫌”なシフォンケーキ

画像: 無料で供される地獄蒸しの「ムシフォン」を味わいながら、鉄輪の街をそぞろ歩き

無料で供される地獄蒸しの「ムシフォン」を味わいながら、鉄輪の街をそぞろ歩き

 しっとりとした優しい弾力を手でちぎり、一口含めば“ご機嫌”という言葉が腑に落ちるだろう。得てして捉えどころのないシフォンケーキの印象が一変、素材の存在がぼやけず、かといって主張しすぎず「幾つでも食べらそう」と豪語したくなるほど。ここは、前編で紹介した湯宿「柳屋」のオーナー・橋本栄子さんが営むシフォンケーキ専門店「サリーガーデン」のケーキが味わえるカフェである。

画像: 威風堂々とした暖簾を掲げた「湯治柳屋」とは対照的に、外観はシャビーな建物をそのままに残して

威風堂々とした暖簾を掲げた「湯治柳屋」とは対照的に、外観はシャビーな建物をそのままに残して

 シフォンケーキの種類は、季節限定も含めて約10種類。放し飼いで腕白に育った大分県産の卵の風味を味わうなら、まずはプレーンから。繊細できめ細やかな生地が卵の余韻を残しながら、口の中で溶けてゆく。そのほか、ビターで媚びない甘さのココアから、コク深い完熟バナナ、清雅なアールグレーまで……思わず欲張って買い求めてしまう。

画像: 価格は¥350〜。大分県の無農薬柚子のピール入りや、国産無農薬レモンが香るレモンシフォンケーキなど、季節限定の味わいも人気

価格は¥350〜。大分県の無農薬柚子のピール入りや、国産無農薬レモンが香るレモンシフォンケーキなど、季節限定の味わいも人気

 店内にはカフェスペースもあるが、天気が良ければテイクアウトがおすすめ。「湯治柳屋」と隣り合う広場で、新緑に彩られた柳を愛でながら口福に満たされたい。アイルランド民謡「salley garden」で歌われている「恋はあせらず、柳の木が茂るように…」という一節が、シフォンケーキにひと匙の甘さを添えることだろう。

画像: ノスタルジックな家具を設えたカフェスペース。橋本さんが選んだ器や造形作家・望月通陽氏の作品も販売している

ノスタルジックな家具を設えたカフェスペース。橋本さんが選んだ器や造形作家・望月通陽氏の作品も販売している

住所:大分県別府市鉄輪井田2組
電話:0977-51-4286
公式サイトはこちら

《EAT》「友永パン屋」
1日1,000個以上を焼き上げる100年続く名物パン

画像: 映画のセットのようなレトロな外観。写真は早朝の時間帯、普段は開店30分前から常に行列ができている

映画のセットのようなレトロな外観。写真は早朝の時間帯、普段は開店30分前から常に行列ができている

 タイル張りのショーウィンドウや木枠の引き戸、白とグリーンのサンシェードなど……時が止まったような店構えに対して、店内は異様な活気に満ちている。大正5年創業の「友永パン屋」は、行列の絶えない別府市民のソウルフードとして知られる。長蛇の列にも怯むことはない、まずは整理券をとって注文シートに必要な数を書き入れ、じっと待つ。「どんなに並んでいてもすぐに入れますよ」と語るのは、4代目となる友永悠太郎さんだ。順番が巡ってきて、その仕組みを理解する。全てのパンはショーケースに納められているため、狭いカウンターの中をスタッフが絶妙なフォーメーションで動き回り、手際よく注文をコンプリートする。

画像: パンはショーケースに納められていて、常に焼きたてのごとく艶やか

パンはショーケースに納められていて、常に焼きたてのごとく艶やか

画像: 500番まである整理券。ガラス戸に貼ってある説明入りのメニューを見ながら注文シートを書き込む

500番まである整理券。ガラス戸に貼ってある説明入りのメニューを見ながら注文シートを書き込む

 この店で必ず注文したいのは「あんぱん」だ。それも「つぶ」と「こし」の両方。それぞれ1日に1,000〜2,000個が売れる看板メニューである。「一味違う!」と老若男女が唸る秘密は2つ。1つは、餡が自家製ということ。毎日飛ぶように売れるにも関わらず、仕入れに頼らず自社で小豆から炊き上げる。甘すぎず、優しい風味が口に広がる餡の仕込みは創業当時から受け継がれたレシピという。2つ目は、パン生地にある。菓子パン用の配合と異なり、バターを控えた食事パンに近いバランスが特徴。こうして独自の餡と生地がマリアージュすると、他にはない「あんぱん」が誕生する。

画像: 2本の切り込みが目印の「つぶあんぱん」¥120

2本の切り込みが目印の「つぶあんぱん」¥120

画像: あんぱんは1日に8回転で焼かれるため、手早く均等に餡を詰める作業は職人の腕の見せ所

あんぱんは1日に8回転で焼かれるため、手早く均等に餡を詰める作業は職人の腕の見せ所

 もう一つ、ここでしか味わえないのが3代目当主の考案による「バターフランス」だ。バターを生地で包んで焼き上げるため、溶けたバターが次第に浸み込んだ下部の表面はカリカリの状態に。さらに、オーブンから出したらザラメ糖をトッピング。口に含むと、もっちりとしたバター風味の生地とカリッとした食感、ザラメの甘味が相まってめくるめく感動が訪れる。是非まとめ買いをして、自宅でも旅の余韻を味わっていただきたい。

画像: 左から時計まわりに、切り込み1本が「バターフランス」¥130、切り込みなしが「こしあんぱん」¥110、切り込み2本が「つぶあんぱん」¥120

左から時計まわりに、切り込み1本が「バターフランス」¥130、切り込みなしが「こしあんぱん」¥110、切り込み2本が「つぶあんぱん」¥120

画像: すぐに食べる際には「焼きたて希望」と伝えると、温かいパンを入れてもらえる

すぐに食べる際には「焼きたて希望」と伝えると、温かいパンを入れてもらえる

住所:大分県別府市千代町2-29
電話:0977-23-0969

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

日本のローカルトレジャーを探す旅 記事一覧へ

▼関連記事

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.