BY HARUMI KONO
華やかなデザインと巧みなファブリック使い、美しい色に彩られたホテル
2024年2月、トライベッカにオープンした「ウォーレン・ストリート・ホテル 」は1985年、ティム&キット・ケンプ(Tim & Kit Kemp)夫妻がイギリスで創業したホテルグループ「ファームデールホテルズ 」の一つ。現在、ファームデールホテルズはロンドンに8つのホテル&レジデンス、ニューヨークに3つのホテルを展開している。
ファームデールホテルズおよびキット・ケンプ・デザインスタジオの創設者兼クリエイティブ・ディレクターであるキット・ケンプは、日本では名窯ウェッジウッドのデザインを手がけたことで有名だが、アート、インテリア、デザイン、ファッション業界の人々はもちろん、流行に敏感な人たちが注目するデザイナーだ。何故なら彼女は大胆で凝った色使い、ミスマッチと思えるような柄やモチーフ——ストライプ、水玉、花柄、チェック、バティックなど——をいく通りものパターンに組み合わせて美しい相乗効果を生み出すデザインに定評があるからだ。
スイートルームを含む全69室のウォーレン・ストリート・ホテルは、ターコイズブルーの窓枠に11階から上の階は黄色という建物外観もカラフルだ。エントランスを開けるとオレンジの壁に囲まれた空間に巨大なアート作品がゲストを迎える。ホテル内にある総計700点以上のアート作品はキット・ケンプがおよそ4年をかけて集めたコレクションで、アーティストたちの国籍も様々であれば、バスケット、大理石、木材、紙製のビーズと素材も様々で、ロビーがまるで多様性をテーマにしたアートギャラリーのようだ。
ポップな壁紙にアート作品が飾られたエレベーターを降りて客室に入ると、目に飛び込んでくるのが美しくて大きなベッドボード。壁紙、照明、カーペット、カーテンがベースとなる色やテーマをもとに多種多様なモチーフが散りばめられている。一見するとバラバラに見えるクッションとソファーのファブリック使いも、よく見ると不思議と統一感がありキット・ケンプのセンスの良さが伝わってくる。各部屋に置かれているトルソー(マネキン型)は、それぞれの部屋のデザインを象徴していると同時にファームデールホテルズのロゴでもある。
様々な色と柄に彩られたウォーレン・ストリート・ホテルは、オープンして半年足らずでミシュランガイドのホテルセレクションで1キーを獲得している。ミシュランキーを手繰り寄せたのは総支配人ニック・ハムディ(Nick Hamdy)氏の存在がある。ハムディ氏は、ニューヨークにある他の2つのファームデールホテルズ、ミッドタウンの「ザ・ウィットビー・ホテル(The Whitby Hotel)」、ソーホーの「クロスビー・ストリート・ホテル(Crosby Street Hotel)」の総支配人、副総支配人を経験しているが、その2つのホテルがミシュランホテルセレクションにて最高位の3キーを獲得している。3キーを獲得したのは全米で11のホテル。そのうちニューヨークは、わずか4つのホテルだけに与えられた栄誉だ。
心暖まるホスピタリティを提供するハムディ氏の仕事の原点は、祖父がホテルの総支配人だったことだという。「子供の頃、夏休みになると祖父のホテルに遊びに行きました。お客様、スタッフ、多くの人がいて、その人々の中で過ごすことがとても心地良かったのです」。14歳になると人の役に立ちたいと自転車で新聞配達の仕事を始め、15歳でレストランのキッチンスチュワードに、16歳でデザートワゴンの担当へと昇格していった。ケンブリッジ大学でフランス語とドイツ語を学び、卒業後にファームデール・ホテルの幹部候補生プログラムにチャレンジ。トレーニングの2年間はレストラン、フロント、宿泊など様々な部署で研修を続け、レストランマネージャーとして本格的にキャリアをスタートする。その後、ロンドンの「シャーロット・ストリート・ホテル」の総支配人を経験してからニューヨークに渡り、前出の2つの姉妹ホテルの要職を経て、ウォーレン・ストリート・ホテルの総支配人となった。海外のホテルにおいて総支配人の多くはホテルスクール出身者が多い中で、ハムディ氏はファームデールホテルズ一筋だ。
ハムディ氏が大切にしていることがゲストとのコミュニケーションだ。「可能な限り朝食の時間にレストランに行きます。朝食の時、ゲストに挨拶をして話をすることで、ゲストの人となりや体調、食事の好みがわかりますから」と答えてくれた。
ホテルがオープンしておよそ6ヶ月、現在の状況について「お陰様で好調なスタートだと思います。すでにジャーナリストやリピーターのお客様からの予約も多く、ホテルの在り方がお客様や地域に受け入れられていることを感じますが、同時にホテルのアイデンティティを一つ一つ積み重ねています。例えば、ニューヨークは秋から冬が本格的なシーズンです。様々なセクションを束ねて、初めて迎えるシーズンに向けて毎日が大切な準備期間と感じています」。
ニューヨーカーたちの前向きな気持ちが集結したトライベッカ
ウォーレン・ストリート・ホテルがあるトライベッカは、ロバート・デ・ニーロ、ビヨンセ、テイラー・スウィフトなど多くのセレブリティが住み、トライベッカ映画祭が開催されるなど文化の中心地としてニューヨークでも注目を集めているエリアであるが、「30年前には倉庫が立ち並ぶ閑散とした地域でした。それが2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件により大きな被害を受け、人々はトライベッカを良い方向に再建したいと思うようになりました。その前向きな思いが少しずつ実を結び、今ではミシュラン星付きのレストランやお洒落なカフェをはじめ、チェルシーから移転してきた名高いギャラリーやセンスあるブティックが増え、多くのセレブリティが移り住んだこともあり人気のエリアとなりました。ファームデールホテルズがトライベッカにホテルを建てたということは、つまり地元の人も近くで働く人も、国内外から訪れる人も、みんなにトライベッカの雰囲気を感じてほしいという思いがあります。そして、人々の多様性を尊重すると共に、様々な面においてintimate(親しみ)という概念を重視しています。ですからレストランをブラッスリーにして誰でも気軽に利用していただけるようにしました」とハムディ氏は語る。
そしてハムディ氏にニューヨークの他の2つのホテル、ザ・ウィットビー・ホテルとクロスビー・ストリート・ホテルとの違いを尋ねると「ミッドタウンにあるザ・ウィットビーは場所柄ビジネスのゲストが多く、ソーホーのクロスビー・ストリート・ホテルはビジネスとライフスタイルのゲストが半々で、滞在日数がウォーレン・ストリート・ホテルに比べてやや少ないことでしょうか。ウォーレン・ストリート・ホテルはスイートルームにテラスやキチネット(小さなキッチン)もあることから滞在日数も長く、ライフスタイルを重視してトライベッカで過ごしたいというゲストが多いことが特徴です。そして何よりキットと二人の娘さん、ミニーとウィローが親子で初めて手がけた記念すべき第一号のホテルであることです。他の2軒よりホテル内がカラフルなのは、娘さんたちのセンスが表れているからです」という答えが返ってきた。
歴史を辿ると19世紀にはテキスタイルの中心地だったというトライベッカ。布使いの名手キット・ケンプがこの地にホテルを建てたのは、見えない糸に導かれていたのではないだろうか。
Warren Street Hotel (ウォーレン・ストリート・ホテル)
86 Warren Street New York
NY 10007, USA
公式サイトはこちら
髙野はるみ(こうの・はるみ)
株式会社クリル・プリヴェ代表
外資系航空会社、オークション会社、現代アートギャラリー勤務を経て現職。国内外のVIPに特化したプライベートコンシェルジュ業務を中心にホスピタリティコンサルティング業務も行う。世界のラグジュアリー・トラベル・コンソーシアム「Virtuoso (ヴァーチュオソ)」に加盟。得意分野はラグジュアリーホテル、現代アート、ワイン。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。
公式サイトはこちら