BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

「タイチ寿司」のカウンターにて、大将の手際のよさに目を奪われる
《EAT》「タイチ寿司」
長崎のソウルフード“白鉄火巻き”

路地裏に構えた暖簾は、もうすぐ60年目を迎える
海の幸に潤う長崎。ならば、美味しい寿司を食したいとリサーチを重ねるなか、多くのレコメンドがあがったのが「タイチ寿司」だった。独特の文化を育む長崎らしく、一風変わった鉄火巻きが食べられると聞く。17時の開店まで身を持て余したため、初めて訪れる眼鏡橋の姿をカメラに収め十分にお腹を空かせ、店へと向かう。商店街の路地裏に構えられた店は、1967年の創業。引き戸をあけると、長崎弁で大将の木本太市さんが笑顔で出迎えてくれた。

1634年に中島川に架けられた、流麗なアーチを描く唐風の石橋
オーダーしたのは“白鉄火巻き”である。鍛冶場で真っ赤に熱した鉄に喩えられたことに由来する、赤身のまぐろを材料にした鉄火巻き。長崎市には、その名に矛盾する白鉄火巻きが存在する。その理由を大将に尋ねると、「ねっとりとした食感のマグロよりも、コリコリとした白身に新鮮な美味しさを求めてのこと」だとか。しかも、魚種を特定せずに、その時々の水揚げに応じて最も旨味のある魚をセレクト。脂の乗ったブリやハマチ、カンパチ、ときには長崎弁でヒラスと呼ばれているヒラマサを使う。
今宵の“白身”は、ヒラス。一口目は、醤油をつけずに味わう。確かに身が締まった食感はプリプリ、シコシコ。独特の淡白で上品な甘みも、噛むほどに味わえる。二口目は、九州特有の甘口の醤油とともに。あっさりとした白身魚が仄かに艶めくような味わいへと変わる。

白鉄火巻きは2本で¥1,500(税抜)
手際よく寿司を巻いている間も、大将の会話のおもてなしも止まるところを知らない。実は軍艦島で生まれ育ち、父親は約5000人の島民を口福で満たしてきた飲食店「厚生食堂」を営んでいたという。店には、厚生食堂時代の器なども残されており、軍艦島ファンにとっては、在りし日の島の暮らしを語ってもらえる貴重な場所といえる。
白鉄火を食べ終わった頃、大将に勧められるままに、珍しい生のカラスミの握りや、2日間に及び昆布で締めたという貝割れ大根の握りを味わう。身の回りにある食材に工夫を凝らし“ありそうで、ほかにはない”寿司を生み出す。そこに余計な能書は必要ない。目の前に出された一貫に嬉々として向き合いながら、視線はショーケースで次のネタを追っていた。

気取りのない軽やかなカウンター越のトークもご馳走のひとつ
住所:長崎県長崎市銅座町5-16
電話:095-826-2744
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《BUY》「小野原本店」
飴色の上質なからすみを探しに

お得な片腹の製品に出合えるのは本店ならでは
「からすみは長崎でつくるものを最良となす」──そう日記に記したのは、文豪・永井荷風。それほどまでに、長崎産を評価していた。秋冬になると成熟した卵巣をもつボラの魚群が来遊した長崎では、江戸時代にその製法が考案され、からすみ発祥の地とされている。艶やかな琥珀色で雑味がなく、魚卵そのものから醸し出される濃厚な旨味と香りは、天下三珍として珍重され、150年もの間、将軍家に献上。歴史を重ねながら、製造技術に磨きをかけ今に受け継がれている。
時の将軍と並ぶにはおこがましいが、この機会に自分へのご褒美に特別なからすみを求めたいと訪れたのが1859年創業の「小野原本店」だ。

店頭で商品を扱うのは7代目となる小野原善一郎さん
長崎からすみのこだわりは、ボラの卵と塩のみで作ること。卵巣から取り出し、血抜きをして丁寧に身をほぐし3〜6日かけて塩漬けをする。その塩は、先代から採用しているというオーストラリア産の、ミネラルの甘みと旨味が凝縮した天然塩。塩ひとつとっても、“変わらない”ことを伝統と呼ぶのではなく、時代ごとに最適な素材を追求しながら変化を重ね、ブラッシュアップしている。
ねっとりとした独特の食感の秘訣は、天日干しが決め手となる。表も裏もしっかりと水分を飛ばし、飴色に仕上げるのが小野原本店のこだわりという。

パスタやリゾットのアクセントに、香りと食感が楽しめる「からすみそぼろ(粗挽き)」
ひとしきりの取材を終え、待ちかねた買い物タイム。ガラスのショーケースの中には、贈答用の姿の整った両腹のカラスミがすまし顔で並ぶ。ふと目を上げると、レジの付近に籠盛りになったからすみを発見。手作業の段階で腹が分かれてしまった“片腹”タイプだという。味は上等、姿が異なるのみ。当然ながら、少しお買い得になった代物を物色し買い求めた。
旅から戻り、件のからすみを肴にキリリと冷えた白ワインで晩酌を楽しんだ。その喜びを、冒頭の文豪に真似て日記にしたためたことは言うまでもない。

店の歴史を語る建物は、有形文化財にも登録されている
住所:長崎県長崎市築町3-23
電話:0120-480-261
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《BUY&BAR》「でじま芳扇堂(ほうせんどう)」
不易流行のクリーンな “どぶろく”

店名を冠したオリジナルのどぶろく。店内では女将さんが見立てた器とともに楽しめる
米と麹を原料に、発酵と醸造が織りなす酒。その全ての素材を濾過せずに味わう“どぶろく”は日本最古の国酒とされている。精製された日本酒に対して、いささか雑味があるイメージを抱いていたというのが正直な心情。多彩な文化が交差する拠点として繁栄した出島にて、2023年にどぶろくの専門店が誕生したと聞いて、俄然、気持ちが向かう。
訪れたのは、「でじま芳扇堂」(以下、芳扇堂)。街道沿いのビルの1階、入り口にはきっぱりとした藍の染め抜きの暖簾が掛けられ、その隣には、あえてガラス越しに中の様子が眺められるように麹室(むろ)を設計。ビールを手がけるアーバンブリュワリーなどはタンクしか見えないが、こちらでは麹を仕込む手仕事が見える。「モノ作りの気配を街の景色の中で可視化したかった」と、店主で醸造家の日向勇人さん。

店名は、扇形をしている出島の形にちなんだ

醸造家の日向勇人さんと女将の咲保さん
佐賀の歴史ある酒蔵で蔵人をしながら、酒造りにおける源流を追い求め続けた日向さん。人生を米作りに捧げた専業農家との出会いを機に、「農産物のすべてをお酒に変えたい」という思いから、辿り着いたのが米も麹も余すことなく味わい尽くす“どぶろく”だったという。日向さん曰く「素材の個性をドラマチックに表現するお酒」だそう。
店の名前を冠したどぶろく「芳扇」は、単一生産者・単一圃場・単一品種によるシングルオリジンの原料米にこだわる。日本酒蔵で培った技術の粋を結集して、全ての工程を醸造家ただ一人で手仕事による本物の吟醸造り。造れる数量は一仕込みあたりわずか300本ほど。米の粒感を残し甘酸苦味が調和した「友」、さらりとしたテクスチャーでキレを重視した「波」、すり潰した米粒が滑らかなコクを感じさせる「雲」。スタンダードな「雲」に加え、大吟醸規格の限定どぶろく「吟雲」など、多数のバリエーションがある。

ニュースタイルのどぶろくとして手土産にも喜ばれる「たすき」
さらに、規格外で流通にのらない農産物を活かすために「たすき」という商品も月替わりで提案。季節の柑橘類や山葡萄やキウイ、バナナなどを発酵させた、一期一会のニュースタイルのどぶろくだ。
魅力溢れる商品に迷ったら、店舗の奥に設えたバーでまずは体験していただきたい。オランダ貿易を通して出島から発信された歴史をもつチーズやバター、長崎の伝統野菜をアレンジした小料理など、どぶろくと引き立て合う肴とともに堪能できる。稀なる酒と小粋な器、センスの光る食の三位一体を堪能し、心も胃袋も喜びに満たされた。

この日は「吟雲」を燗酒でオーダー。上品でクリアな甘さに、透き通った酸味が心地よい余韻となった

九州近県をはじめ、店主と女将の審美眼で集められた酒器も販売
住所:長崎県長崎市出島町5-24
電話:080-7124-4509
公式サイトはこちら

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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