BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
*記事内で紹介している内容や価格は、記事公開時点のものです。

学舎の面影を感じる踊り場。手すりから階段まで、当時の素材を残して活用している
《STAY》
学舎の記憶を宿したヘリテージホテル
【2025年7月公開記事】

階層の異なる3棟をコの字型に配した構造が重厚感を放つ
今夏、思わぬご褒美が舞い込んだ。京都の清水寺のお膝元に立つ、スモールラグジュアリーホテル「ザ・ホテル青龍 京都清水」を、この連載で訪ねるという好機である。これまで取材はもちろんプライベートな旅も含めると、心動かされる宿が数多あった。そんな経験もふまえ “大人にとってのラグジュアリーなホテルとは何か”――という物差しについて改めて思いを巡らせた。上質な空間美やディテールに至るまで洗練されたインテリア、隅々まで行き届いたサービスも大切。だが、さまざまな経験を重ねた大人にとっては、ほかのどこにもない価値ある物語こそが忘れ得ぬ記憶として刻まれるのではないだろうか。ここ、「ザ・ホテル青龍 京都清水」には、まさに唯一無二のヘリテージがある。今回は微に入り細に入り、その魅力をお届けしたい。

日暮れとともに90年以上の歴史を重ねた建造物が幻想的に浮かび上がる

別棟で新築されたフレンチレストラン「ブノワ 京都」。屋根の高さが絶妙に計算され、市街の景色を遮ることで山と空に包まれた光景が広がる
COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU
同ホテルが誇るヘリテージとは、その前身が明治2年(1869)に日本ではじめて開講した小学校だったこと。現在の建物は昭和8年(1933)に建造され、当時画期的だった鉄筋コンクリート造り。寺社仏閣に見られる木製の腕木とスパニッシュ瓦葺きの屋根、瀟洒な外壁タイルで彩られた建物の最上部にはアーチ状の窓が連なる。室内においても装飾的な柱やアールデコ調の照明など、和洋が絶妙に調和する擬洋風建築の真骨頂が凝縮している。戦前に幕開けた、とびきり瀟洒な学舎は街の誇りだった。そのため少子化の波にも抗いながら、なんと2011年まで清水小学校として時を重ね、その後は地域のコミュニティーの場として愛用されてきた。

時代を先駆けた、講堂や階段の踊り場。今、見てもディテールにモダンさが感じられる
COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

左は現在のホテル、右はかつての廊下。廊下のカーペットは“青龍”に因んで龍の鱗を意匠化
(写真右)COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU
この地で老若男女の時間を育んできた歴史的建造物を、“ホテル”という形で残す、新たな運命の扉が開いたのは2015年のこと。単にコンバージョンを施すのではなく、贅を尽くした素材をそのまま残す手段を模索する。たどり着いた答えは、外壁のタイル一枚、階段の枕木や手すりに至っても、解体後に洗いをかけ、再び利用するという膨大な時間を要する道。施工を任された大林組においても、ホテル事業推進部署ではなく“文化財保存”チームが参画。
骨子となる部分は手間暇を惜しまずに残しながら、小学校という“日常”をホテルという“非日常”へと仕上げるために、余白の部分に格調高いなデザインを散りばめ、ラグジュアリーホテルへと昇華させた。ようやくお披露目となったのは2020年3月。学舎としての歴史と今様クラシックな要素が絶妙に響き合う、「ザ・ホテル青龍 京都清水」が誕生した。

コンバージョン前の学舎としての佇まい
COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

かつての講堂は、本棚が空間にアクセントを添えるライブラリーを兼ねたダイニングの空間へと生まれ変わった

柱から梁へと続く装飾には、歴史のエスプリが残る

階段の踊り場には重厚なモダンファニチャーを配して
《STAY》「ザ・ホテル青龍 京都清水」に滞在する醍醐味。
建物の片鱗に溶け込むアートを巡る
普段の取材旅なら、日中はあちこちを駆け回り宿に滞在する時間は限られているが、今回は「ザ・ホテル青龍 京都清水」を隅々まで巡る1泊2日。パブリックスペースを幾度も往復する時に、飽きることなく目を楽しませてくれたのが、さりげなく飾られたアート作品であった。廊下に佇む大島奈王による優しい眼差しが注がれた小さなオブジェの数々。染織家・川人綾や吉岡更紗がつむぐ色彩美、彫刻家 樂雅臣のダイナミックな作品が、建物の記憶の片鱗に溶け込みながら、静かにその存在感を漂わせている。

幼き頃の記憶を呼び起こすようなオブジェが、廊下に点在

ダイニングの本棚を飾るのは、吉岡更紗による染織のブックアート

ダストシュートや軒樋、腕木など、建物の歴史を物語るチップスがそこここに

レセプションから繋がる廊下の先には、小学校時代の写真との邂逅をかなえるアーカイブスペースを設置
COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU
客室は全48室。かつて小学校時代の教室だったコンパクトなタイプから、増築によってゆったりとした空間が心地よい部屋までバリエーションに富む。インテリアも部屋によって微妙に異なるため、何度でも足を運びたくなる仕掛けに満ちている。増築部分の上階に設えた、広さ137㎡の「パノラミックスイート」は三方に窓が広がり、専用のテラスも設えた。
撮影を終え、部屋を移動する直前、キッチンスペースにかけられた写真家ノーマン・カーヴァンの作品に心が引き寄せられた。1959-60年代の京都の暮らしを切り取ったモノクロームの情景が、戦前から続く建物の歴史と令和を迎えた“今”この瞬間を繋いでいるようにも見えた。ふと、地球の重力の約束を離れた異次元の世界に佇むような心地よさが訪れた。この極上の浮遊感こそが、大人の旅に欠かせない“ラグジュアリー”の要素なのかもしれない。

キッチンやダイニングも設えた「パノラミックスイート」のリビング

優雅な寝室やバスルームからは清水の塔も眺められる

かつて講堂だったスペースの1/3を活かした天井の高い「プライベートバス」(全3室)
ザ・ホテル青龍 京都清水
住所:京都市東山区清水二丁目204-2
TEL:075-532-1111
公式サイトはこちら
《EAT》
小粋なもてなしに満ちたモダンな日本の味
【2025年8月公開記事】

雅な彩りが食欲をそそる手まり寿司
実を明かすと、旅先のホテルで朝食以外の食事をとることは稀である。元来が食いしん坊、訪れた土地の名物をできる限り食べ尽くしたいと、街を放浪する習性が身についている。今回は「ザ・ホテル青龍 京都清水」でのお籠もり取材とあって、ホテルの中で美食の街・京都を感じたいと気構えた。到着早々に館内のあちこちを行き来するうちに、夕方にはすっかりお腹の虫からお呼びがかかった。ディナーの予約は19時。それまで手持ち無沙汰となった私とフォトグラファーが向かったのは、ゲスト専用のラウンジだ。

緑に囲まれた空間では7:30〜22:00まで自由に出入りし、軽食やドリンクが自在に味わえる
COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

8月31日までは、祇園辻利とのコラボレーションメニューが登場

通常の軽食に加え、祇園辻利の「がとーぶぶ」コレクションも並ぶ
取材に訪れた今夏は、ホテル初の試みとなる「祇園辻利」とのコラボレーションラウンジを展開(〜8月31日まで)。ドリンクをオーダーできるカウンターには、「祇園辻利」の水出し冷煎茶をはじめ、2023年に誕生したもみ茶専門店「ぶぶる」の日替わりのハーブティーも味わえる。さらに、プチフードが並ぶセンターテーブルも、苔庭からインスピレーションを得たデコレーションが施され、通常メニューに加えて「祇園辻利」のオリジナルスイーツが豊富に揃う。午後15時以降からはアルコールも提供されるため、ディナー前のアペリティフをしっかりと堪能した。

6種類の先付けを肴に、オリジナルカクテルを味わう
アペリティフを済ませた後、「SUSHI-BAR@library」へと向かう。予約したのは、実は京都が発祥という“手まり寿司”のコース。ホテル内のダイニングは、もともとゲスト専用であったが、近辺に飲食店が少ないことから今年から「宿泊者以外にもSUSHI-BAR@library」を開放。かつて講堂だったダイナミックなダイニング空間で、寿司のコースを味わうことが叶う。
席につくと、まず運ばれてきたのは6種類の先付け。ホテルの “大階段”を模した段上のトレイを、彩りあふれる四季の一品が雅やかに飾られている。乾杯のドリンクは、“青龍”の名に因んだシャンパンベースのオリジナルカクテル「ブルードラゴン」。飲む直前に琥珀糖を加え、躍動的な泡立ちを演出して楽しむ。待ちかねていた手まり寿司は全9貫。舞妓さんがひと口で上品に食べられるサイズ感とあって、たくさんの種類をちょっとずつ食べられるバリエーションが魅力だ。
ほどよく満腹になったものの、スイーツは別腹。先ほどのゲストラウンジに戻り、隅々までお腹を満たし眠りにつく。朝は開門と同時に清水寺を詣で、東山を散策。朝食の予約までの僅かな時間の隙間も無駄にせず、またもやゲストラウンジでお茶をいただく。朝食は「京の朝鍋」をオーダー。春は鯛、夏から秋は鱧、冬は鰤と、旬の食材を香り豊かな出し汁とともに堪能できる。どこへ出かけずともホテル内で存分にグルメ三昧に浸った私とフォトグラファー。タクシー待ちの間に、再びゲストラウンジを訪れたことは言うまでもない。

静寂に包まれる産寧坂(三年坂)

この日いただいた朝鍋の出汁には、玉ねぎが風味豊かなコクを添えていた
《EAT》フレンチレストラン「ブノワ 京都」
古都で食すモダンフレンチ

法観寺・八坂の塔を借景とした開放的なホール
ホテルと向かい合うように、のびやかな平家に設計された建物がフレンチレストラン「ブノワ 京都」だ。1912年からのパリで歴史を育んできた、言わずと知れたフレンチの名店である。2005年からはデュカス・パリが伝統のビストロを受け継ぎ、クラシックなひと皿にモダンな新風が吹き込んだ。東京やニューヨークに続いて、京都にブノワが登場したのはホテルの幕開けに伴った2020年のこと。古都京都において、旬の味わいを取り入れたモダンなフレンチを味わっていただきたい。

ディナーのメイン料理を飾る『市場から届いた鮮魚 ブロッコリーとアグリューム ソースシャンパーニュ』。柑橘をコンフィにしたアグリュームが爽やかさを添えて
ブノワ 京都
住所:京都府京都市東山区清水二丁目204-2 ザ・ホテル青龍 京都清水内
TEL:075-541-0208
公式サイトはこちら
《BAR》「K36 The Bar & Rooftop」
街を一望する圧巻の景色と美酒に酔う

ルーフトップのトワイライトタイムが京都の“今”を映す
COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

ディナー前のアペリティフに是非訪れたいルーフトップ
COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU
「ザ・ホテル青龍 京都清水」の4階に位置する「K36 The Bar & Rooftop」は、2つのゾーンにわかれている。ディナーの前のトワイライトタイムに訪れたいのは、屋外の「K36 Rooftop」。八坂の塔や東山の絶景を眺めながら、開放感あふれるルーフトップ限定のカクテルもいただける。夕暮れ時のパノラマビューは圧巻で、訪れる人々を魅了する。
一方、ディナーの後にゆっくりと訪れたいのが、バーエリア「K36 The Bar」。重厚感あるインテリアと静謐さが漂うオーセンティックなスタイルで、京都を代表するバーテンダー・西田稔氏(「BAR K6」オーナー)がドリンクを監修。希少なウイスキーやワイン、丁寧に作られるクラシックカクテルなどが揃い、ゆったりと過ごすことができる。

ルーフトップ限定の2種類のカクテルCOURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU
K36 The Bar & Rooftop
住所:京都市東山区清水二丁目204-2 ザ・ホテル青龍 京都清水 4F
TEL:075-541-3636
公式サイトはこちら
観光客に溢れるエリアという先入観があり、長らく足を向ける機会がなかった清水寺近辺だが、今回の「ザ・ホテル青龍 京都清水」は思いがけず悠々閑適な滞在を体験。是非、京都旅行の宿の候補に連ねてほしい。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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