温暖な伊豆の界隈はバリエーション豊かな柑橘類が実る。大人も楽しめる収穫体験農園と、土地の食材を礎に世界を見据えたジェラート店を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が訪れた

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

「収穫体験農園 ふたつぼり」
“完熟”の濃密な甘さと出合う喜び

画像: じっくりと見極めた ニューサマーオレンジを収穫し、自然と足取りも軽やかに

じっくりと見極めた ニューサマーオレンジを収穫し、自然と足取りも軽やかに

 旅の拠点に据えた熱川温泉をさらに南へと下ると、橙色や黄色のジェムストーンをちりばめたように、南向きの山の斜面が輝いている。敷地面積は約7000坪。その圧巻な実りを抱くのが、東伊豆でみかん栽培が始まった約130年前から農園を営む「収穫体験農園 ふたつぼり」(以下、ふたつぼり)だ。段々畑からは伊豆七島はもちろん、房総半島から下田の爪木崎まで一望でき、広角レンズから覗いたごとく水平線が曲線を描く。眩い陽光も後押しして気分は南イタリア。ひとまず取材を棚上げして、収穫体験を楽しむことに。

画像: 斜面を登ると遠く伊豆大島のシルエットもくっきりと浮かび上がる

斜面を登ると遠く伊豆大島のシルエットもくっきりと浮かび上がる

画像: この地で17代続く名家で、農園を営む田村雅彦さん

この地で17代続く名家で、農園を営む田村雅彦さん

 温暖な気候と栄養分に富んだ土壌に恵まれ、東伊豆では多くの品種が栽培されている。ここ「ふたつぼり」は、なんといっても栽培品種が多いことが特徴。早生みかんに始まり、ぽんかん、はるか、清見オレンジ、ニューサマーオレンジなど、約15~16種類。収穫時期の異なる品種を組み合わせ、10月から翌年5月まで収穫できるように構成されている。みかんのほかにも、レモンや金柑、文旦、グレープフルーツなども扱い、特に1月~5月は一度に2~3種類の品種が収穫できるため、食べ比べるのも一興である。

画像: ニューサマーオレンジは、リンゴの皮を薄くむくようにして、内側の白い部分も一緒に味わうことがおいしさの秘訣

ニューサマーオレンジは、リンゴの皮を薄くむくようにして、内側の白い部分も一緒に味わうことがおいしさの秘訣

 自然のプロセスに従い、木の上で完熟するまで待つ「樹上完熟みかん」は、何と言っても果汁の量と濃密な甘さが魅力。撮影に訪れた4月は、この地の特産でもあるニューサマーオレンジが完熟を迎えていた。柚子から発生した突然変異種で、宮崎県の日向夏と同品種だという。一見するといずれもおいしそうに見えるが、表面の光沢を吟味し、鼻を近づけては爽やかな香りがしっかり漂うかを嗅ぎ分け、ヘタが黄色く変わっている完熟のサインを見落とさないように観察。木々の実りに感謝しながら、丁寧にハサミで切り落とす。収穫する木が偏らないようにバランスを見極めながら、木立の合間を抜け、ふと立ち止まっては青空を仰いで深呼吸をする。それだけで、アロマセラピーを受けているよう。

画像: 幾筋もの小径を巡りながら、宝探しをするように完熟の実を見極める。奥の橙色のニューサマーオレンジは、この土地ならではのもの

幾筋もの小径を巡りながら、宝探しをするように完熟の実を見極める。奥の橙色のニューサマーオレンジは、この土地ならではのもの

 収穫後は、パノラマで広がる海を借景に、斜面を見下ろすテラスで「みかん農家の100%生ジュース」を味わう。しっかりと木の上で熟成を迎えた実は、酸味よりも甘みが際立ち、喉を潤すとともに身体の隅々まで沁み渡る。海を眺めながら、何気なく頬杖をつくと手のひらから爽やかな残り香が感じられた。“酸いも甘いも”経験した大人になった今、酸味よりも甘さが際立つジュースに心の奥まで満たされたひとときとなった。

画像: スーパーには並ばない、もぎたての完熟みかんを贅沢に絞った「みかん農家の100%生ジュース」。味が薄まらないよう氷も果汁から作っている

スーパーには並ばない、もぎたての完熟みかんを贅沢に絞った「みかん農家の100%生ジュース」。味が薄まらないよう氷も果汁から作っている

画像: 「ふたつぼり」の自家製のビネガーをはじめ、地元で作られているゆず味噌たれやポン酢ジュレなども手土産としたい

「ふたつぼり」の自家製のビネガーをはじめ、地元で作られているゆず味噌たれやポン酢ジュレなども手土産としたい

収穫体験農園 ふたつぼり
住所:静岡県加茂郡東伊豆町稲取1813-1
電話:0557-95-2747
公式サイトはこちら

「伊豆高原ジェラート工房R65」
テロワールを閉じ込めた“甘い快楽”

画像: 石川農園の苺「きらぴ香」に塩麹を合わせて仕上げた創業以来人気のソルベ

石川農園の苺「きらぴ香」に塩麹を合わせて仕上げた創業以来人気のソルベ

 約20年前、初めてイタリアを訪れた時のこと。ローマの中心街でスーツ姿の男性が、道端でジェラートを食べている姿を見て驚いた記憶がある。その後、ミラノでも、ヴェネツィアでも、レッジョ・エミリアの小さな街でも、地元民とおぼしき老若男女が、日々の習慣のように楽しむ数々の光景を目にしてきた。2025年に誕生した「伊豆高原ジェラート工房R65」でも、同様の空気を感じた。訪れたのは月曜日の午前中、店内は客足が引きも切らない。自分たちのように旅の途上にある“非日常”の列に、近隣の別荘に暮らす “日常”の顔ぶれが混じっている。それだけで、ジェラートの味わいへの期待値が高まった。

画像: 店主の六郷祐太朗さん。ジェラートはコーンとカップが選べるオーセンティックなスタイル

店主の六郷祐太朗さん。ジェラートはコーンとカップが選べるオーセンティックなスタイル

画像: 中が見えない無機質な壺型ショーケース「ポゼッティ」が、イタリアの老舗ジェラテリアのよう。美味しさを最後まで保つための職人のこだわりが感じられる

中が見えない無機質な壺型ショーケース「ポゼッティ」が、イタリアの老舗ジェラテリアのよう。美味しさを最後まで保つための職人のこだわりが感じられる

 店主・六郷祐太朗さんのジェラート職人としての幕開けは、ホテルオークラのベーカーから始まる。将来は自分の店を持ちたいという夢を見据え、分業制ではなくトータルで菓子作りに携わることのできる元住吉の人気パティスリーへ転職。銀座の星付きフレンチレストランを経て、地元である千葉県・船橋市でビストロ店が経営するパティスリーの店長としてキャリアを重ねる。新たな家族を迎え、働き方を見つめ直すなか、移り住んだのが両親がペンションを営む伊豆高原だった。

 人生のターニングポイントが訪れたのは2016年のこと。両親のペンションに滞在していたのが、ジェラート界で国際タイトルを持つ能登の名店「マルガージェラート」の柴野幸介氏だった。後日、両親のもとに送られてきたジェラートを口にして、それまで抱いていたイメージが一変する。「菓子作りが多彩な食材の組み合わせによって複雑な調和を生み出すのに対して、ジェラートは1〜2種類の食材をメインに構成します。それでいて、素材のおいしさを昇華させられることが衝撃的でした」と、六郷さんは10年前の感動を振り返る。そこから、全国のジェラートを取り寄せ、独学でジェラートを研究。昼間は稲取のホテルで働きながら、夜はペンションの一室に設えた工房でジェラートのおいしさを追求し続けた。

画像: 取材で訪れたのは4月初旬。美しい桜並木の借景も、これからの季節は新緑が眩しさを放つ

取材で訪れたのは4月初旬。美しい桜並木の借景も、これからの季節は新緑が眩しさを放つ

画像: 伊豆名産のニューサマーオレンジのジェラート

伊豆名産のニューサマーオレンジのジェラート

 二足の草鞋で独学の日々を重ねたのち、まずは卸業を中心にジェラート職人として歩みはじめ、念願の自分の店を構えたのは2025年のこと。7年間勤めた稲取のホテル時代の生産者との縁を礎に、できるだけ自ら足を運び素材を吟味。たとえば、静岡生まれの苺の品種として知られる「きらぴ香」は、朝霧高原の石川農園まで出向き、水分量から管理体制まで、こだわりをしっかりと熟知する。寒暖差の大きな環境下で伝統と最新技術を融合させながら育てられた苺は、香りが華やかで口に入れる前から甘さを感じるという。酸味は穏やかで上品、果肉も美しく後味のクリアなキレが特徴。六郷さんのジェラートは、そんな佳品の苺に塩麹を合わせることで、苺本来の香りを楽しめるようにアレンジ。さらにメニューボードを眺めると「パルミジャーノ・レッジャーノ×生胡椒」「リコッタチーズ×バルサミコ」「アスパラガス」「天城ゆず×クリームチーズ」──と魅力的なワードが連なる。ショーケース内では壺型のポゼッティに入っているゆえ中が見えないが、それだけに味わいの想像力が膨らむ。

 取材を終えたのち、イタリアはシチリアで開催されている「シェルベスフェスティバル」への出場権利を得たという便りが届いた。世界中のジェラート職人から、わずか59人のみが招かれる狭き門に、日本人で唯一人選出されたという。伊豆高原からワールドチャンピオンが誕生する日も遠からずだと、甘い記憶を手繰りながら確信した。

画像: 店内にはかつて一緒に働いた、女性のパティシエとして初めてフランスのMOFに認定された、アンドレ・ロジェからのメッセージ入りコックコートが飾られている

店内にはかつて一緒に働いた、女性のパティシエとして初めてフランスのMOFに認定された、アンドレ・ロジェからのメッセージ入りコックコートが飾られている

伊豆高原ジェラート工房R65
住所:静岡県伊東市八幡野1298-37 くぬぎテラスD棟
電話:0557-35-9172
公式インスタグラムはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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