豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。そんな“ローカルトレジャー”を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探す本連載。今回の旅先、茨城県と栃木県の県境に位置する結城市は、見世蔵造りの街としても知られる。まずは、古き良き街並みに溶け込みながらも現代的なセンスが漂う宿と古家具店を訪ねた

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

画像: 老舗味噌店から譲り受けた樽の箍(たが)が、洒脱なミラーフレームに。「HOTEL(TEN)」にて

老舗味噌店から譲り受けた樽の箍(たが)が、洒脱なミラーフレームに。「HOTEL(TEN)」にて


《STAY》「HOTEL(TEN)」(ホテル・テン)
軽やかなノスタルジーを奏でる“街やど”

画像: 寝室スペースとなる2階の広間。墨色の床の間に現代作家の掛け軸が今様の表情を添えて

寝室スペースとなる2階の広間。墨色の床の間に現代作家の掛け軸が今様の表情を添えて

  モダンにリノベーションされた一棟貸しの古民家宿は数多あれども、今回訪れた「HOTEL(TEN)」は街との密度がひと際高い。というのは、約15年以上にわたり街づくりを手がけてきた「結いプロジェクト」によって運営されている所以である。その立ち上げ人はUターンでこの地に戻り、商工会議所に勤める野口純一さんと、地元出身の建築士の飯野勝智さん。街中でのマルシェをはじめ、神社仏閣での音楽イベントを重ね、シャッター街と化していた伝統ある見世蔵通りに、無理なく少しずつ新たな息吹を吹き込んできた。2022年、その歩みの延長として結城の“今”を知り尽くしたユニットによる「HOTEL(TEN)」が誕生した。

画像: 見世蔵通りから少し奥まった路地裏にある築90年以上の町家をリノベーション

見世蔵通りから少し奥まった路地裏にある築90年以上の町家をリノベーション

画像: 元の家主が大工を生業としていたとあって、玄関脇の引き戸は障子部分が取り外せる「大阪障子」という凝った造り

元の家主が大工を生業としていたとあって、玄関脇の引き戸は障子部分が取り外せる「大阪障子」という凝った造り

 二足の草鞋を履く二人が運営するだけに、チェックインは宿から徒歩2分の「yuinowa(ゆいのわ)」で行う。見世蔵通りに面した「結いプロジェクト」の拠点であると同時に、カフェやコワーキングスペースが融合した施設のため、フロント機能を果たすと同時に旬の街歩き情報を得ることもできる。“TEN”という名称は、結城の街でひとつずつ種まきをしてきた点と点のアクションが、宿の存在を通して線として繋がる願いを代弁。さらに、「家族や友人同士で古き良き“場”の心地よさを分かち合って欲しい」という想いから最大“10人”まで利用できることも、名称の由来に重ねた。

画像: 1階の庭に面した居間は、チャコールグレーの床張りがクールな印象を醸す。さりげなく置かれたピアノも洒脱なアクセントに

1階の庭に面した居間は、チャコールグレーの床張りがクールな印象を醸す。さりげなく置かれたピアノも洒脱なアクセントに

画像: 天井の梁が躍動的なダイニングスペース。テーブルの横並びにアイランドキッチンがあり、大勢で調理を楽しめるように設計されている

天井の梁が躍動的なダイニングスペース。テーブルの横並びにアイランドキッチンがあり、大勢で調理を楽しめるように設計されている

 結城の歴史の輝きは、鎌倉幕府の成立を支えた結城朝光がこの地に館を築き、初代当主となったことに幕開ける。地理的にも江戸経済の大動脈である鬼怒川の要衝にあったことから、18代約400年にわたる結城家の統治のもと、結城紬や農産物の集散地として隆盛を極めた。今なお、鬼怒川の伏流水で仕込まれる、酒・味噌・醤油の醸造業が受け継がれ、プリミティブな手仕事から生まれる絹織物「結城紬」の工房が息づく。さらに、こうした伝統的な生業に加えて、「結いプロジェクト」に端を発したカフェやレストランが街のスパイスとして穏やかな個性を放つ。

 少しずつ細胞が生まれ変わったからこそ、この街には“すこやかな新陳代謝”が息づくのだろう──縁側に佇むと金木犀の香りが、そんな気づきを運んでくれた。暖かなお茶を飲みながら、旅をスタート。結城の朝がはじまった。

画像: 白砂利を敷き詰めた庭には、柚子や躑躅、金木犀が点在。季節ごとに艶やかな彩りと香を魅せる

白砂利を敷き詰めた庭には、柚子や躑躅、金木犀が点在。季節ごとに艶やかな彩りと香を魅せる

画像: 庭に持ち出した椅子に、香の余韻が舞い散っていた

庭に持ち出した椅子に、香の余韻が舞い散っていた

住所:茨城県結城市結城162-1
公式サイトはこちら

チェックインフロントは、
「Coworking & Café yuinowa」
住所:茨城県結城市結城183
公式サイトはこちら

《BUY》「imiji(いみじ)」
微かな輝きを放つチャーミングな古家具

画像: シャビーな入口は、時空を越える扉のよう

シャビーな入口は、時空を越える扉のよう


 長い歴史を重ねながらも、けして古びた印象はなく、むしろ新品の製品よりも心惹かれるチャームが宿る。“まことによく、巧みに”という様子を表す“いみじくも”という言葉から店名を得た「imiji(いみじ)」は、2023年11月にオープン。ドアを開けると、キャスケット帽がよく似合う夛田秀人さんが家具の修繕作業の手をとめ、迎え入れてくれた。

画像: 家具に限らずガラス製品やランプシェードにも夛田秀人さんのセンスが薫る

家具に限らずガラス製品やランプシェードにも夛田秀人さんのセンスが薫る

画像: 懐かしさの中にも“新鮮”さを感じる小物が揃う

懐かしさの中にも“新鮮”さを感じる小物が揃う

 誰かの“手”を経たものを、夛田さんの“手”で天塩にかけて磨きをかけ、修繕をほどこした家具と道具。一軒家を工房兼ショップとして改装した店内に、所狭しと並べながらも、どこか清潔感を感じる。「古いものだからこそ、“古ぼけて見えない”ことが大切」と夛田さんは語る。

  たとえば昔ながらの家具であれば、重厚な色調に塗装されているものが多いため、今の暮らしに取り入れやすいように一度やすりで削り、素材そのものの色味や木目を引き出す。立て付けから金具の交換、棚の中板の交換や使い勝手に配慮して、入念に“手あて”をする。「家具が過ごしてきた“時間”をリスペクトし、素顔を上手に引き出すことで、新たなキャラクターが浮かび上がる……それが古家具の魅力です」(夛田さん)。

画像: 上品なグレージュに衣替えをした椅子も「imiji」のアイコン

上品なグレージュに衣替えをした椅子も「imiji」のアイコン

画像: 理科の実験道具だった古いロートをランプシェードに見立てるなど、独創的なアイディアも光る

理科の実験道具だった古いロートをランプシェードに見立てるなど、独創的なアイディアも光る

 扱うアイテムは、そのほとんどが日本製。明治初期から昭和中期の時代が中心だ。西洋文化への憧れから擬洋風にデザインされた椅子をはじめ、精緻な彫刻や螺鈿細工を施したチェスト、1点ずつ揺らぎや色のニュアンスが異なるガラス製品から、古民家の建具など。暮らしの道具に密かな美を見出し、豊かな心を育んでいた時代の家具や道具には、“古いからこそ”の確かな価値がある。

 ひとしきりの撮影が終わった頃、黙々と撮影していたフォトグラファーが「この棚を連れて帰ります」と。買い物の先を越された。梱包する前に、再び入念に状態を確認し、乾拭きをする夛田さんの表情が少し沈んで見えた。「嬉しい反面、どこか寂しいですね」。それほど愛情をかけて磨き抜かれた家具は、新たな持ち主の家で“とっておき”の存在になるに違いない。

画像: 古民家から出た鶴と亀の釘隠し

古民家から出た鶴と亀の釘隠し


画像: 街道沿いに立つ「imiji」だが、看板を掲げていないため風景に溶け込んでいる。来年には見世蔵を借りて、店舗を移転する予定という

街道沿いに立つ「imiji」だが、看板を掲げていないため風景に溶け込んでいる。来年には見世蔵を借りて、店舗を移転する予定という

住所:茨城県結城市結城10692-2
公式サイトはこちら

 Vol.2では結城の一大産業である絹織物「結城紬」の“今”をお届け。着物に限らず、柔らかな糸が織りなすストールなど、これからの季節に活躍するアイテムも紹介。

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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