“色彩の恍惚”を呼び起こす
ある画家のアトリエにて

In the Studio With an Artist Who Paints in a ‘Color Trance’
ときに鮮やかな、ときに繊細な色彩を自在に操り、親しい知人の肖像画を描くアーティスト、ホープ・ギャングロフ。自らの創作を“色彩の恍惚”と呼ぶ、彼女のアトリエを訪問した

BY ANNA FURMAN, PHOTOGRAPHS BY DON STAHL, TRANSLATED BY AKANE MOCHIZUKI(RENDEZVOUS)

 クイーンズのアストリアにある、隙間風が入ってくるような倉庫の2階で、ギャングロフはひとりで作業をしている。彼女の夫である画家、ベンジャミン・ディゲンのスタジオから8ブロックのほどの距離だ。彼女の仕事場には、ラス&ドーターズのバブカ・ローフ(チョコレートが練りこまれたパン)の絵、『No トランプ、No KKK、No ファシスト・USA』と書かれたデモ用のポスター、色鮮やかな紙のランタンや掲示板になぐり書きされた謎めいたメッセージ(たとえば『あなたは被害妄想的になる必要のないものに対して、被害妄想的になっている』)などが無造作に集められ、天井の高いアトリエのあちこちに置かれている。そしてこうした物が、彼女の描いた多くの肖像画の周囲を埋め尽くしている。

画像: 彼女は、政治に関する主張的なポスターのデザインも行っており、それをオンラインで発信したりデモ抗議で配布したりしている。上の写真に写されているポスターには『心配しなくても大丈夫。あなたが投票しなくても、政府は運営されるでしょう。実際のところ政府は、それをあてにしているのだから』と書かれている

彼女は、政治に関する主張的なポスターのデザインも行っており、それをオンラインで発信したりデモ抗議で配布したりしている。上の写真に写されているポスターには『心配しなくても大丈夫。あなたが投票しなくても、政府は運営されるでしょう。実際のところ政府は、それをあてにしているのだから』と書かれている

 筆者が彼女のスタジオを訪ねた日、44歳になるギャングロフは、スパンコールのようにペンキで彩られたネイビーブルーのつなぎ、編み込みのレザー・チョーカー、編み上げのワークブーツといった姿で現れた。外から覗かれる心配なく、自由に踊れるように窓を紙で覆っていると彼女は言う。筆者は、2つあるイーゼルのうちの片方の裏側に、あるメッセージが書かれているのを見つけた。『どうか、是非とも、必要以上のことは話さないように』。ジャーナリストのインタビューに答える際の、未来の自分へ向けた注意書きのようだ。

 ギャングロフは、強烈な政治的ポスターを作ることで、自身の絵画活動を補っている。豪華な防空壕に隠れているトランプ大統領の作品や、リバタリアン(完全自由主義者)を支持する団体のディレクターが、地球を口に入れて喉を詰まらせている作品や、極悪なロビイストがアメリカ合衆国議会の議事堂の中に、やましいお金を流し込んでいる作品など。彼女は、これらを自身のウェブサイトで公開。自由にダウンロードして抗議デモに持参したり、自分の家に飾ることを推奨している。彼女のスタジオにも、トランプにすぐさま弾劾を求めるポスターやワシントンの権力者たちの腐敗を非難するポスターがあり、また準備段階のモデルのスケッチ、陽気なファウンド・フォト、そしてカラフルなTo Doリストなどが散乱している。

 ギャングロフは、デイヴィット・ホックニーやアリス・ニールのような画家の伝統を受け継いでおり、注文画を描くことはない。そして、自身ととても親密な人物の絵しか描かないと決めている。「私にとって絵画を描くことは、友だちと連絡をとるための方法なの」と説明する。「ひとつの作品を描くのに5時間はかかるから、その間、今まで観た映画のことやニュースの話をするの。あまり凶悪な内容でないものを選んでね」。筆者がスタジオを訪れた時には、ギャングロフは2つの絵画を描いていた。ひとつは2人のマジシャンの肖像画で、もうひとつは紫色に染まった抽象的な海の絵である。ニールに類似したスタイルだが、ギャングロフの場合は、物理的なものの大きさに対して、遊び心溢れるアプローチを取っている。しばしば、被写体の頭の大きさが、本来の身体に対して不釣り合いなサイズ感で描かれることもある。

画像: ギャングロフは、2016年の大統領選挙の夜に、マジシャンのマシュー・ホルツクロウとプラカシュ・プルの絵を描き始めた。それから1年以上たった後、彼女は手と顔の詳細を描くために、2人を再度スタジオに呼び寄せた

ギャングロフは、2016年の大統領選挙の夜に、マジシャンのマシュー・ホルツクロウとプラカシュ・プルの絵を描き始めた。それから1年以上たった後、彼女は手と顔の詳細を描くために、2人を再度スタジオに呼び寄せた

画像: 「私は、海の風景を描いている女性から油絵を学んだの」と彼女は語る。「当時、私はニューヨーク州のアミティヴィルに住んでいて、その女性の家は、同じ通りの少し先のところにあったの。彼女の色彩をコントロールする力は、絶対的だったわ。“最も珍しい色の組み合わせは、思いがけない効果をもたらす”ことを教えてくれたのも彼女だった」

「私は、海の風景を描いている女性から油絵を学んだの」と彼女は語る。「当時、私はニューヨーク州のアミティヴィルに住んでいて、その女性の家は、同じ通りの少し先のところにあったの。彼女の色彩をコントロールする力は、絶対的だったわ。“最も珍しい色の組み合わせは、思いがけない効果をもたらす”ことを教えてくれたのも彼女だった」

 夫であるディゲンの作品の被写体になることはあるものの、自分で自画像を描くのは、不快のあまり身もだえする、とのこと。「他の人間のご機嫌をとったり、称賛したりする役目のほうが、私には心地がいいの」と彼女は語ってくれた。「そもそも脚光を浴びたいと思わない。私にとって落ち着かないことだから」。彼女は、自分の顔が少しでもわかってしまうような写真を撮られることを拒んだ。「私は写真を撮られるのが嫌い。だから撮られる時、私は、恐怖で怯えたような目をしてしまうの。そんな不気味な表情が、私のイメージとして定着されたくないし、なにより、私は画家。作品でなく、私自身の見ためや性別には誰も関心がないと思うの」

 

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