世界中のあらゆる音楽をポケットの中に収められるようになった今、彼は“失われたもの”に思いを馳せる

BY JODY ROSEN, PHOTOGRAPHS BY BEN SKLAR, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 ひと昔前のテクノロジーに郷愁を抱くこと。これは21世紀の初めに特有の、あるいは少なくとも現代にひときわ目立つ現象だ。この現象を示す新語はないものだろうか。できれば12音節位あるドイツ語あたりで。カタカタと音を立てるボールヘッド式電動タイプライター、ピカピカの手動式エスプレッソマシン、コンパクトカーほど大きなミッドセンチュリーのテレビセットーーかつて廃棄され、見放され、道端に捨てられ、衰退の途をたどった機器たちが、今、立場を変え、マニア向けのオブジェやオークションサイト「eBay」における入札合戦の的となって再び姿を現している。
これは、デジタル時代への明らかな反動だ。あらゆるものがビットとバイトに分解される今、過ぎ去った日々を彷彿させるだけでなく、文字どおり “実体と重み”をもったアナログ時代の機器を、センチメンタルな人々が愛し熱望するのは当然のことだろう。

画像: 永遠の工作マニア少年時代から即席で カセットデッキを制作していたトム・サックス。彼が作り出したサウンド・システムを集めた回顧展は、オースティン現代美術館で4月に開催された

永遠の工作マニア少年時代から即席で カセットデッキを制作していたトム・サックス。彼が作り出したサウンド・システムを集めた回顧展は、オースティン現代美術館で4月に開催された

 そんな中、アナログ時代のものへの情熱にうなされ、同時にその情熱を大いに満喫する人物がいる。その名はトム・サックス。48歳の彫刻家、画家、インスタレーション・アーティストだ。サックスはニューヨーク在住だが、つい先頃のとある午後、テキサス州オースティンの“家電量販店をサイケ風にしたような場所”で彼に会うことができた。何を隠そう、その場所とは、オースティン現代美術館2階の広大なギャラリー。サックスを囲むように並んでいたのは、彼がデザインし、制作した種々雑多なオーディオ機器の寄せ集めだった。

画像: 歴代のサックス製オーディオ台車にスピーカーを積み重ねた「グルズ・ヤードスタイル」は1999年の作品。サックスの “オート・ブリコラージュ”の一例だ COURTESY OF TOM SACHS

歴代のサックス製オーディオ台車にスピーカーを積み重ねた「グルズ・ヤードスタイル」は1999年の作品。サックスの “オート・ブリコラージュ”の一例だ
COURTESY OF TOM SACHS

 そこで彼はチームメンバーと、『トム・サックス:ブームボックス回顧展1999-2015』用のインスタレーションを大急ぎで仕上げていた。会場には、サックスが想像力を駆使し、ざっくりと作りあげたオーディオ機器が20台ほど集結。展示会のテーマは歴史的な発掘ーー70年代半ばから80年代後半、つまりディスコミュージックからヒップホップに至る黄金期にマスカルチャーの主役であったポータブル・ミュージック・プレイヤーへのオマージュだ。と同時に、かつて世界に爆音をとどろかせ、今では時代遅れになったこの機器と音楽への、数十年にわたるサックスの執着を物語る記録でもある。「ブームボックス(大型のラジカセ)には底知れないノスタルジーを感じている。まあ、見捨てたわけではないから正確にはノスタルジーとは言えないんだけれど。今も少しずつブームボックスを作り続けているし、いつも身近に置いているからね」とサックスは言う。

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