世界中のあらゆる音楽をポケットの中に収められるようになった今、彼は“失われたもの”に思いを馳せる

BY JODY ROSEN, PHOTOGRAPHS BY BEN SKLAR, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 ブームボックスは、抗議と抵抗と若さの象徴だった。1980年代の初めからカルチャーのメインストリームに台頭した、アグレッシブで威圧的なラップのシンボルでもあった。人種にまつわる政治的な議論の火種にもなり、ブームボックスを無法や都市の荒廃と結びつけた批評家はラジカセに“ゲットー・ブラスター(スラム街の爆音)”という蔑称をつけた。だが、ブームボックスは単に抵抗の印にとどまらず、コミュニティやコミュニケーションの象徴でもあった。ブラックとラテンのヒップホップ・アーティストを結びつけたお守りであり、この斬新な音楽とその力強い文化に魅せられた、サックスのような部外者を導く道しるべでもあったのだ。

画像: 前代未聞のブームボックス 2002年作の「トーヤンズ」。ジャマイカのストリートパーティで使われていたステレオシステムが着想の元だ

前代未聞のブームボックス
2002年作の「トーヤンズ」。ジャマイカのストリートパーティで使われていたステレオシステムが着想の元だ

画像: 前代未聞のブームボックス バリケードと小型テレビで作った新型ハイブリッド・マシン「ユーロノール」。2012年

前代未聞のブームボックス
バリケードと小型テレビで作った新型ハイブリッド・マシン「ユーロノール」。2012年

 サックスのブームボックスを見た人は、文化的、歴史的な疑問を山ほど抱えるだろう。でも同時に、これらのブームボックスは、サックス自身が使うiPhone6への単なる非難、“大きければ大きいほどいい”的な考えに基づいて巨大な機器を称えるものとも見てとれる。たとえば2002年作の「トーヤンズ」。スピーカーを寄せ集めたこの作品のサイズは、縦2.4m × 横3.7m。ジャマイカのストリートパーティの盛り上げ役を担うサウンド・システムをもとに作られており、サックスの展示会に何度も登場したうえ、世界三大陸のダンスパーティでも使われた。これが、とにかくけたたましい音を出す。「スタジアム用の拡声装置がついているからね」と、サックスがそのわけを教えてくれた。

 しかし実際のところ、サックスにとって音のクオリティは大した問題でない。彼はオーディオマニアではないのだ。「確かに僕にも、ちょっと音質オタクだった時期はあった」とサックスは言う。「でも、オーディオにものすごく夢中になる人って、システム自体に入れ込みすぎるんじゃないかって時折思うんだ。僕は、自分のブームボックスをすごく気に入っているけれど、システムはサポート役にすぎないという大事なことは忘れないようにしている。主役は音楽なんだ」

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