世界中のあらゆる音楽をポケットの中に収められるようになった今、彼は“失われたもの”に思いを馳せる

BY JODY ROSEN, PHOTOGRAPHS BY BEN SKLAR, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 多くのブームボックスは、粗削りされたままの縁、シリコンやエポキシ樹脂のベタッとした塊など、サックスお決まりの“傷”を見せつけている。どれもがウィットに富み、なかには見る者を大笑いさせるものもある。たとえば、テキサス州オースティン現代美術学校のアトリエで2014年に制作された、セラミック製のブームボックス。取りつけられた一対の長い牛の角は、カウボーイハットや、ひいてはテキサスをストレートに連想させる。1999年作の「グルズ・ヤードスタイル」は、スピーカー、レコードプレイヤー、シーケンサー、古いCDウォークマンといったオーディオ機器を縦に積み重ねたものだが、その上には、ルネ・マグリットの絵をほのめかし、嵐からDJを守る傘までついている。

画像: 歴代のサックス製オーディオ 2002年作、同シリーズのレコードプレイヤー

歴代のサックス製オーディオ
2002年作、同シリーズのレコードプレイヤー

画像: 前代未聞のブームボックス ユーモアあふれるミックスメディア型ブームボックス

前代未聞のブームボックス
ユーモアあふれるミックスメディア型ブームボックス

 だが同時にサックスは、テクノロジーと音楽について熟考し、日常生活の中でどう位置づけるべきかを真剣に探り続けている。デジタル時代を迎えて、音楽はコンパクトになり、形すら失った。LPレコードはまずCDに変わり、今や蒸気と化してMP3の中に姿を消してしまった。サックスはポケットに手を突っ込み、iPhone6を取り出すとこう言った。「今じゃ、僕のブームボックスはこのiPhoneさ。これってなんて言うか、不名誉なことに思えるんだよね。スポティファイ(音楽配信サービス)を使えばiPhoneで無限の音楽が手に入れられるし。生活の中にこれだけ多くの音楽が取り込めるって、確かに喜ぶべき部分もあるんだけれど、それでも僕は何かを失った気がしてならないんだ」

 確かに、サックス世代の音楽ファンにとって、この喪失感は顕著だ。多くの人は、ノトーリアス・B.I.G.の、若い頃に使ったラジカセについて歌ったラップ――“I let my tape rock till my tape popped(ラジカセから飛び出すまでカセットテープを聴きまくった)”を耳にすると切なさで胸がいっぱいになる。といって、サックスの作品がどれもアナログのカセットデッキというわけではない。むしろ、造形作品の大半は精巧なデジタル・プレイヤーで、スピーカーやiPodプラグもついている。本当のところ、サックスが言う喪失とは、“アナログからデジタルへの変化”に伴うものではなく、“共有から個人所有への変化”によるものだ。

 その昔、広い世界に向けて鳴り響き、世界と分かち合えた音楽が、今やイヤホンで体験するものに変わったことに、彼は喪失感を抱いているのだ。

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