世界中のあらゆる音楽をポケットの中に収められるようになった今、彼は“失われたもの”に思いを馳せる

BY JODY ROSEN, PHOTOGRAPHS BY BEN SKLAR, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

画像: 歴代のサックス製オーディオ 2002年作「プレジデンシャル・ヴァンパイア・ブース」はブームボックスがバーに変身

歴代のサックス製オーディオ
2002年作「プレジデンシャル・ヴァンパイア・ブース」はブームボックスがバーに変身

 そもそも彼のブームボックスへの情熱は、コネチカット州ウェストポートで過ごした少年時代に湧き起こった。当時彼は、ベニヤ板の断片と面ファスナーでソニーのウォークマンと小型スピーカー2個をつなぎ、即席のテープデッキを作ったのだ。ある意味、サックスのアート作品はどれも、この子ども時代の発案品を練り上げたようなものといえる。工作マニアの彼にとって、工作はすなわちクラフツマンシップと精神的な探求も兼ねている。サックスはマスプロダクトを模倣した彫刻作品を作ることが多いが、使うのはセロハンテープにベニヤ板、ネジ回しにペンチといった簡素な材料や道具。そのうえ、接着剤の垂れ跡やガムテープ跡、電動ノコギリのゆがんだカットラインをそのままにして、わざと作品をぞんざいに仕上げ、彼の言う「作業の傷跡」を強調する。

 その結果、作品は壮大なものか、ふざけたもの、けばけばしいものになりかねない。そして大抵はこの全部があてはまるものができ上がる。たとえばハローキティのブロンズ像。サックスは発泡コアで制作した原型をもとに、“ジェフ・クーンズの作品の粗末なバージョン”とでも呼べそうな、表面が張りぼてふうの像を作りあげた。もう一例が、異素材を組み合わせて作った、NASAの月面着陸船のレトロなレプリカ。この作品は2012年に、マンハッタンのイベントホール、パークアベニュー・アーモリーで、火星人の上陸を描いた『宇宙計画:火星』という手の込んだショーで使われた。消費主義、真正性、バイオレンス、人種をテーマとした彼の作品は論争を招き、スキャンダルを引き起こして名をとどろかせたこともある(1999年、サックスの“手製ピストル”を展示したギャラリーオーナーのメアリー・ブーンは、武器所持で逮捕された)。だがサックスにとって何より第一の探究テーマは、“オート・ブリコラージュ(一流の日曜大工)”だ。彼がつくったこの言葉は、「月並みな材料を讃え、それを使って斬新な作品を生むこと」を意味する。

 そのひとつがブームボックスというわけだ。オースティン現代美術館では、ベニヤ板製のD.J.ブース「プレジデンシャル・ヴァンパイア・ブース」をサックスが案内してくれた。この作品は大統領章で飾られ、備えつけの棚にはアルコール類が並んでいる。彼の手がけた音響機器はすべて実際に動き、この展示会では各機器に異なるプレイリストが入っているという。さらにこのブースには、ほかのブームボックスを操作するスイッチボックスが備わっていて、指令センターの役目も果たすらしい。スイッチボックスで遊び始めた彼のそばには、2014年作の「モデル・サーティシックス」が並んでいた。粗い軽量コンクリートブロックに超低音用スピーカーとステレオ入力端子がつき、持ち手は金属パイプ製。オリンピックの重量挙げ選手にもってこいの作品だ。

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