ストリート・スナップの写真家として愛されたビル・カニンガム。その昔、彼は魅惑的かつこのうえなくキテレツな帽子を作るデザイナーだった。近日出版予定の彼の回顧録には、 彼の知られざる姿が描かれている

BY THESSALY LA FORCE, PHOTOGRAPHS BY BILL CUNNINGHAM, TRANSLATED BY CHIHARU ITAGAKI

 1954年に駐屯先のフランスから戻り、彼は帽子の制作を再開した。だが、盛大なパーティや最上級の顧客(マリリン・モンローが店を訪れたことも!)にまつわる話は色あせることがなくても、ファッションそのものは移り変わる。ビルの作った帽子の約2ダースはメトロポリタン美術館が所蔵しており、そのいくつかは最近までNY歴史協会で催されたビル・カニンガム展で展示されていた。だが、彼の帽子の大部分は永遠に失われてしまった。理由のひとつは、ビルが1962年に帽子作りを完全にやめてしまったことにある。ファッションは変わり、若い女性は帽子をかぶらなくなった。もうひとつの理由は、ビルが後世に残そうと思って帽子を作っていたわけではないということだ。斬新かつ独創的な帽子は、純粋に彼の強いイマジネーションから生まれたものだった。

画像: ビルがデザインした遊び心にあふれるビーチハットより。カーテンのように長いフリンジが垂れ下がったもの、巨大なハマグリの殻を模したものなど ほかの写真を見る

ビルがデザインした遊び心にあふれるビーチハットより。カーテンのように長いフリンジが垂れ下がったもの、巨大なハマグリの殻を模したものなど
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 今見ても、彼の帽子には内なる情熱が秘められている。ワイルドな荒々しさがあり、のちにわれわれがよく知る、ストイックで美学すら感じさせる彼の暮らしぶりとは相容れないものだ。その帽子は楽しげで、リアリティのないものだ。たとえばタコ型の帽子からは足がだらりと垂れ下がり、魚の形をした帽子にはうろこが輝いている。ハマグリの殻の形をした帽子は隙間から女性の顔がチラリとのぞき、キラキラ輝く真珠もあしらわれている。あるコレクションを作るために、ビルは麦わら帽子をアトリエのバスタブに浸けて、水着を着て、その上に飛び込むということを何度も繰り返したという。そのほかクジャクやダチョウの羽根で飾り立てたものや、クロテンやチンチラのファーで装飾した帽子もあった。野菜やフルーツそっくりの帽子もあったーーりんご、キャベツ、洋梨、オレンジ、にんじん、三角にカットされたスイカまで。

それらの帽子は、女性の頭で芽吹き、花を咲かせた鉢植え植物のように、シュールで奇妙、狂気すら感じさせるものだった。ほかの人と同じような格好がしたい女性のための帽子ではない。ウィリアム・Jの帽子をかぶるということは、ビルが後年、プロのフォトグラファーになったとき、被写体として徹底的に探し求めたような女性(もしくは男性)になるということを意味した。カメラを手にした1967年、彼の役どころは変わったのだ。帽子作りに傾けていた情熱は、姿を消すことになったのである。

 なぜ、ビルはこんなにも愛されたのだろう? 写真が優れているからというわけではない。よい写真ではあるが、素晴らしい作品だというわけではなかった。彼の書く文章がよかったというわけでもない。もちろんチャーミングだし、生き生きとしていた。だがそれも、あのボストン訛りの話し方(あの「マー・ヴ・ラス(素晴らしい)!」)ほど魅力的だったわけではない。彼は特別に個性的な存在だったわけではない。それこそが、彼の愛された理由なのではないか。

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