フィンランドを代表する「マリメッコ」と「アラビア」に愛された石本藤雄をご存じだろうか。地元の愛媛県美術館で始まった『石本藤雄展―マリメッコの花から陶の実へー』は、石本のものづくりに捧げた冒険的人生に触れるものであり、77歳での晴れ舞台を盛り上げる地方の懐深い取り組みでもある

BY YUKA OKADA, PHOTOGRAPHS BY HIROAKI ZENKE

 さらにもうひとつの展示室では、陶の作品にフォーカス。焼き物の産地に生まれ、古い窯元の作業場を買い取った家に育ちながら「若い頃はほとんど興味がなかった」という陶芸にいつからかふつふつと興味を持つようになった石本。48歳にしてフィンランドの老舗陶器ブランドで知られるアラビアの奨学制度に申請し、マリメッコから1年間の休職を許可され集中して陶芸を学んだことで、年間のうち1カ月はアラビアで制作できる環境を獲得。1990年代からはアラビアが用意したアトリエで陶芸家としても活動してきた。

画像: 幕末から明治にかけて活躍した松山の書家・三輪田米山がいみじくも石本と同じ77歳で書いた「福禄寿」(七福神の一人)には、温泉宿の床の間にあった正月飾りの冬瓜に心を捉えられた石本が近年、数多く生み出してきたシリーズを合わせた。釉薬を使わず、土だけで焼き上げた挑戦作もある

幕末から明治にかけて活躍した松山の書家・三輪田米山がいみじくも石本と同じ77歳で書いた「福禄寿」(七福神の一人)には、温泉宿の床の間にあった正月飾りの冬瓜に心を捉えられた石本が近年、数多く生み出してきたシリーズを合わせた。釉薬を使わず、土だけで焼き上げた挑戦作もある

 65歳でマリメッコを定年退職後、77歳になった今でもアラビアに所属するアーティストとしてヘルシンキで作陶に向き合う石本に、モチーフとするものに共通するものを問うと「出会いです。心が引っ張られて、とにかくそれを作りたいという気持ちにさせられるもの」という端的な答えが返ってきた。今後の活動も「白紙ですよ。個展で出し切っちゃったんで(笑)」と、多くのアーティストのように作品や自身を完璧なコンテクストにして語ろうとはしない。でも、だからこそ訳もなく名もなきものにも、今なおみずみずしいまなざしを向けることができるのだろう。

 なかでも近年は南天や木苺といった素朴な実を好んで陶にしてきた石本が、改めて「実り」をテーマに掲げた今回の展示。特にこだわったのは、美術館所有のコレクションとの取り合わせの妙だ。きっかけは愛媛県美術館のあと、巡回展が行われる京都の細見美術館を訪れたときのこと。「アヒルが歩いている横長の屏風があって、ずうずうしくも『あ、これに僕の冬瓜が合うんじゃないか』と(笑)。そこで愛媛に行ってアイデアを話したら、やらせてくれるという話になって、ヤッター!と思いました」と少年のように歓喜する。

画像: 陶の展示室で迎えてくれるのは2017年春、砥部に力強く群生していた春の野花オオイヌノフグリ。アラビアならではの多彩な釉薬を使い、自身の色彩に昇華させる石本が、単体で制作していたレリーフを集合させた最新作。細やかな色のハーモニーにマリメッコでの鍛錬が生かされているかのよう

陶の展示室で迎えてくれるのは2017年春、砥部に力強く群生していた春の野花オオイヌノフグリ。アラビアならではの多彩な釉薬を使い、自身の色彩に昇華させる石本が、単体で制作していたレリーフを集合させた最新作。細やかな色のハーモニーにマリメッコでの鍛錬が生かされているかのよう

 例えば松山出身の正岡子規が遺した梅の絵には、自身の梅のレリーフを。一方で「見る者が入っていける余白があって、きっと色彩のファンでもあるんだと思います」と話すセザンヌの描いた水辺の木々には、陶も実も関係なく、あえてマリメッコ時代にフィンランドの水辺を表現したテキスタイルを合わせるなど、その人生の選択さながらの自由で大胆な発想が、展示にどこかチャーミングな奥行きを与えている。

画像: 松山市内から車を走らせること30分強、第2会場となる砥部町文化会館のエントランスホールのささやかな展示より。幼い頃に故郷で見た記憶の中の花々をモチーフにすることも少なくない石本。ここではみかんの花を描いた器も

松山市内から車を走らせること30分強、第2会場となる砥部町文化会館のエントランスホールのささやかな展示より。幼い頃に故郷で見た記憶の中の花々をモチーフにすることも少なくない石本。ここではみかんの花を描いた器も

画像: 会期中、県内では各所でコラボレーション展示も実現。石本の存在を知った地元のオーナーからプロデュースを依頼され、2017年にオープンした松山市内のギャラリー&茶房「MUSTAKIVI(ムスタキビ)」では、「故郷」をテーマにした新旧作品を紹介中

会期中、県内では各所でコラボレーション展示も実現。石本の存在を知った地元のオーナーからプロデュースを依頼され、2017年にオープンした松山市内のギャラリー&茶房「MUSTAKIVI(ムスタキビ)」では、「故郷」をテーマにした新旧作品を紹介中

 ちなみに故郷松山での大規模な個展は、2013年に続き二度め。その後2014年、道後温泉本館の改築120周年を機にスタートしたアートフェスティバル「道後オンセナート」。道後温泉の旅館「茶玻瑠(ちゃはる)」の一室のインテリアを見立ててほしいと招聘され、マリメッコのテキスタイルと陶のレリーフを持ち込んだプロジェクトにも参加している。

「マリメッコが日本企業とライセンス契約をした1980年代以降、わりと頻繁に帰国してはいましたが、砥部には甥が住むだけで実家はもうないですし、愛媛でもこうして自分の仕事を見ていただける場所ができて、地に足を付けることができたのはそれこそ道後オンセナートの後、本当に最近なんですよ」(石本)

 今年の春、「茶玻瑠」には石本プロデュースのエグゼクティブフロアーが新たにオープンし、5つのスイートルームが加わった。石本の代表作であるマリメッコのテキスタイルの名前をそれぞれに冠した、日当たりのいい部屋。

 その砥部方面に大きく開かれた窓の遥か遠く、故郷の障子山だけが今も変わることなく、石本の尽きない人生の冒険を見守り続ける。

画像: 9Fにオープンした「茶玻瑠」エグゼクティブフロアーの一室。テキスタイルのほかにも壁には陶の作品が掲げられ、花器には花も活けられている。家具は愛媛県美術館の会場デザインも手がけた地元のNINO inc.と協業しオリジナルで制作。13:00〜14:30のあいだであれば宿泊者以外も見学可(要事前予約)

9Fにオープンした「茶玻瑠」エグゼクティブフロアーの一室。テキスタイルのほかにも壁には陶の作品が掲げられ、花器には花も活けられている。家具は愛媛県美術館の会場デザインも手がけた地元のNINO inc.と協業しオリジナルで制作。13:00〜14:30のあいだであれば宿泊者以外も見学可(要事前予約)

『石本藤雄展 -マリメッコの花から陶の実へ-』
会期:2018年10月26日(土)〜12月26日(日)

会場1:愛媛美術館
住所:愛媛県松山市堀之内
開場時間:9:40〜18:00(入場は17:30まで)
休館日:月曜 ※ただし12/3(月)は開館し、翌日火曜休館
入場料:一般¥1,200、高校生¥700、小中生¥300
電話: 089(932)0010

会場2:砥部町文化会館
住所:愛媛県伊予郡留町宮内1410
開場時間:9:00〜18:00
休館日:11月30日(金)
入場無料
電話: 089(962)7000

巡回展:細見美術館(京都展)/2019年春、スパイラル(東京展)/2019年夏
公式サイト

 

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