10代で初めて真剣に写真を撮り始めて以来、キャリー・メイ・ウィームスは、黒人女性のアイデンティティをハイアートの世界に持ち込むことで、ビジュアル創作のルールを書き換えてきた

BY MEGAN O’GRADY, STYLED BY SHIONA TURINI, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 オレゴン州ポートランド出身のウィームス。シラキュースにある美術品で溢れかえったミッドセンチュリー・モダン様式の家と、ブルックリンのフォートグリーンにあるセカンドハウスの両方に住んでいる。23年来の夫であるジェフリー・ホーンと同居するために、1996年にシラキュースの家に引っ越してきた。ホーンはアーティストたちに研修の機会を与えるライト・ワークという組織のエグゼクティブ・ディレクターを務めている。だが、彼女の家族のほとんどは、まだ西海岸に住んでいる。

 キャリーという彼女と同じ名前を持つ母や、娘のフェイス、そして多くの伯母や伯父や従姉妹たち。彼らは70年代末のウィームスの初期の作品に登場した。当時まだ彼女はドキュメンタリー作品を主に撮影しており、その作品は1984年にサンディエゴのギャラリーで開催された彼女の初めての展覧会『Family Pictures and Stories』で発表された。彼女は、ゾラ・ニール・ハーストン(註:民俗学者)の論文や、ロイ・デカラヴァとラングストン・ヒューズの共著である写真集『The Sweet Flypaper of Life』に掲載されていた、ハーレムを題材に撮影した写真に影響を受けた。デカラヴァのモノクロ写真は、愛情いっぱいの、時に不機嫌だが、深い絆で結ばれた家族や人々の素顔を写していた。それは1965年に出版された悪名高い『モイニハン・レポート』による「アフリカン・アメリカンのコミュニティに問題が起きているのは、家族の絆が希薄なためだ」という意見に対する見事な反論だった。

 その後間もなく、彼女はレンズを自分自身に向けることで、被写体が本当に意味するものは何なのか、という疑問を提示してみせた。『The Kitchen Table Series』(1989-’90年)の衝撃は、いくら強調してもしすぎることはないだろう。テキストと画像のパネルを組み合わせたこの作品は、静かな自信に満ちたひとりの女性の物語を伝えている。彼女は「魅力的なたたずまいを持ち、多才でよく笑い、さまざまな意見を持っている」とそのテキストには書かれている。このシリーズ作品はウィームスのキャリアをつくり、さらに新しい世代のアーティストたちを刺激した。有色人種の女性が美術館の壁から自信を持ってこちらを見据えるのを、彼らは初めて目にした。彼らにとってウィームスの作品との出会いは、黒人女性が彼女自身の経験や内面を自らのアートに反映させたのを、初めて目撃することを意味したのだ。

画像: ウィームスの最も有名で、おそらく最も影響力のあるシリーズ『The Kitchen Table Series』からの作品。1989年から1990年の間に撮影されたこれらのイメージは、黒人のアイデンティティを親密さと細部にこだわって描いたもの。ウィームスが演じた、それぞれの写真の中心にいる女性がアイデンティティの核になっている 『Untitled(Woman and Daughter With Children)』 CARRIE MAE WEEMS, “UNTITLED (WOMAN AND DAUGHTER WITH CHILDREN),” 1990 © CARRIE MAE WEEMS, COURTESY OF THE ARTIST AND JACK SHAINMAN GALLERY, NEW YORK

ウィームスの最も有名で、おそらく最も影響力のあるシリーズ『The Kitchen Table Series』からの作品。1989年から1990年の間に撮影されたこれらのイメージは、黒人のアイデンティティを親密さと細部にこだわって描いたもの。ウィームスが演じた、それぞれの写真の中心にいる女性がアイデンティティの核になっている

『Untitled(Woman and Daughter With Children)』
CARRIE MAE WEEMS, “UNTITLED (WOMAN AND DAUGHTER WITH CHILDREN),” 1990
© CARRIE MAE WEEMS, COURTESY OF THE ARTIST AND JACK SHAINMAN GALLERY, NEW YORK

 さらにウィームスは、ウィットに富んだ風刺家でもある。『Thoughts on Marriage(結婚についての考察)』(1990年)では花嫁の口にテープが貼られて沈黙させられている様子を表現し、『Afro Chic』(2009年)ではファッションショーを嘲笑したが、彼女のユーモアはおおむね、私たちの自画自賛に満ちた美意識の根底を直撃して混乱させる類いのものだ。1997年のシリーズ作品『Not Manet’s Type(マネのタイプではない)』では、彼女はミューズを演じており、ネグリジェを着てベッドの前に立つ姿が鏡に映っている。見られ、客体化される姿―または、単に誰の目にもとまらない姿。「私がマネのタイプではないのは明らかだった」と、写真に併記されたテキストには書いてある。「ピカソは、女性の扱いに長けていたけれど私を使い捨てにし、デュシャンは私をモデルにすることなど考えもしなかった」。

 2016年の作品『Scenes & Take』では再び同じアイデアを使い、『エンパイア 成功の代償』や『殺人を無罪にする方法』『スキャンダル 託された秘密』などのテレビドラマのセットで撮影を行なった。これらのドラマには、さまざまな面を持つ、真実味のある黒人の役が設定されている。ウィームスの作品以外では、長年、広く公に目にすることがなかったような役どころだ。作品の中で黒の長いガウンをまとうウィームスは、早い時代に生まれてしまったため、無視され、その場にいる機会すら与えてもらえなかった若い純情な黒人娘の幽霊を表現している。

画像: 『Untitled(Man Reading Newspaper)』 CARRIE MAE WEEMS, “UNTITLED (MAN READING NEWSPAPER),” 1990 © CARRIE MAE WEEMS, COURTESY OF THE ARTIST AND JACK SHAINMAN GALLERY, NEW YORK

『Untitled(Man Reading Newspaper)』
CARRIE MAE WEEMS, “UNTITLED (MAN READING NEWSPAPER),” 1990
© CARRIE MAE WEEMS, COURTESY OF THE ARTIST AND JACK SHAINMAN GALLERY, NEW YORK

画像: 『Untitled(Woman and Daughter With Make Up)』 CARRIE MAE WEEMS, “UNTITLED (WOMAN AND DAUGHTER WITH MAKE UP),” 1990 © CARRIE MAE WEEMS, COURTESY OF THE ARTIST AND JACK SHAINMAN GALLERY, NEW YORK

『Untitled(Woman and Daughter With Make Up)』
CARRIE MAE WEEMS, “UNTITLED (WOMAN AND DAUGHTER WITH MAKE UP),” 1990
© CARRIE MAE WEEMS, COURTESY OF THE ARTIST AND JACK SHAINMAN GALLERY, NEW YORK

 美術界でもウィームスは、常に時代より先を進んでいたため、人種と表現をとりまく状況が変化していくさまの、きわめて雄弁な目撃者となった。それは、他人から羨ましがられる立場だったのでは、と思う人もいるかもしれない。だが、実際は決してそんなことはなかった。彼女の作品が、たとえば同時代に活躍したシンディ・シャーマン(註:コンセプチュアル・セルフポートレートで有名な白人の女性写真家)よりもメディアに取り上げられなかった理由は、批評家たちが単に小心すぎ、または凡庸すぎて、彼女の作品と向き合えなかったからではないかと思えてくる。ジョージア・オキーフが、かつてこう言ったことがある。「男性たちは私を最高の女性画家という言葉で貶(おとし)める。私は自分を最高の画家のひとりだと思っている」。シンプルにアーティストと呼ばれるのではなく「黒人アーティスト」や「女性アーティスト」と分類されることでの意図的な過小評価と、ウィームスはキャリアの最初からずっとつきあってきた。実際、彼女の最もパワフルな作品のほとんどは、既存の善悪の価値観に鋭い疑問を投げかけ、人類が共有してきた過去を検証したものだ。

『The Jefferson Suite』(2001年)では、彼女自身がサリー・ヘミングス(註:大統領トーマス・ジェファーソン所有の奴隷だった黒人女性。ジェファーソンの子どもを産んだともいわれている)を演じ、『Constructing History』(2008年)では公民権運動の実際の場面を再現している。彼女は歴史的な画像を自らの作品に利用する技にも非常に長けている。彼女の卓越したフォトエッセイ『From Here I Saw What Happened and I Cried』(1995-’96年)では、ハーバード大学の科学者ルイ・アガシーの依頼で1850年に撮影された、秘蔵の銀板写真を含む過去の画像を使用した。黒人のベビーシッターや奴隷など、彼らの多くが裸体か、ほとんど裸体に近い姿で文化人類学の標本として撮影されていた。ウィームスはそれらの画像に血の色の赤を加えて再構成し、被写体を丸い縁取りで切り取り、レンズを通してまるで彼らが監禁されているように見えるようにした。これらの写真が歴史上どう使われたのか、観客が理解できるように文脈を説明したうえで、当時の権威をひっくり返してみせた。そうすることで、被写体になった人々の脆(もろ)さと人間味を再び取り戻したのだ。このシリーズ作品が受け入れられた道筋を見ても、世の中の進歩の速度の圧倒的な遅さがよくわかる。ハーバード大学は当初、同学のアーカイブの画像を使ったウィームスを裁判で訴えると脅したが、のちに彼女のシリーズ作品の一部を大学のコレクションに加えるために購入している。

 写真は人間を奴隷や犠牲者にすることができる。ウィームスは私たちにそう示すと同時に、写真には過去の偏見や期待から、私たちを自由にしてくれる可能性もあるということを見せてくれた。2006年にローマのアメリカン・アカデミーが彼女の『Roaming』と題する作品に賞を与えたことで「黒人アーティストが国際的な反響を呼ぶことはできない」という考えが覆された。イタリアの首都にある数々の歴史的建造物の外で、黒い衣装を着たウィームスの化身が幽霊のように佇むその作品を見ると、権力構造というものを彼女以上に深く理解できる人物はいないだろうと思えてくる。

『The Museum Series』(2005-’06年)では、幽霊のような人物が、ルーヴルやペルガモン、テート・モダンといった美術館の外に再び現れる。その姿は、これらの美術館の権威に疑問を投げかけ、そんな権威的な組織が、今後どうやったら時代についていけるのかを、ウィームスから彼らに告げてほしいと呼びかける。この幽霊―権威から排除され、それでも権威の一員になりたいと希求し、それを表現する存在―は、白人男性によって作られたアートだけが、西洋世界において、私たちの普遍的な人間性を代弁することができる、という考えに対して意義申し立てをしている。

 さらにきわめて皮肉なことに、白人が支配する美術館は、これまでの歴史を見ても、社会との絆を深めた黒人アーティストたちに、彼ら美術館側の問題を解決するのを助けてほしいと要請してきた。つまりそれは、突きつめれば、犠牲者に救世主になってほしいと頼むということだ。ウィームスはそんな要請に彼女らしい楽観主義で対応した。彼女の回顧展(皮肉を込めて『Past Tense/Future Perfect(過去形/未来完了形)』と題された)を開催中のグッゲンハイム美術館で、もっと最近ではパーク・アベニュー・アーモリーで、彼女は「集い」を催した。その集会で彼女は、単に展覧会の内容を入れ替えるだけで、古いやり方自体を変えないのであれば、根本解決などできないと提言した。彼女のやり方はむしろ、コミュニティを反映したような、柔軟で、対話を中心とした空間を作り出そうとするものだ。そこでは、現実に人々の交流が行われることが期待される。それにはまだたくさんやることがあると彼女は言う。「まるで時計の針と競争しているようだ」と。

 

This article is a sponsored article by
''.