BY MASANOBU MATSUMOTO
濃密な色彩、ときに墨の繊細な濃淡をも操り、写実と幻想が融合したようなイメージを生み出した江戸時代の画家、伊藤若冲。いまでこそ大スターの若冲だが、意外なことに、日本において人々がこれほど若冲に熱狂するようになったのはこの20年ほどのことだ。もちろん、若冲が制作に励んだ当時もその異才ぶりは高く評価されていたのだが、いつのまにかその作風は“奇抜なもの”“王道ではないもの”と見なされ、日本の絵画史のメインストリームで語られることは少なかった。
再評価のきっかけになったのは、美術史家・辻 惟雄氏が1970年に出版した『奇想の系譜』。本書で辻氏は、若冲をはじめ、歌川国芳、狩野山雪(さんせつ)、長沢芦雪(ろせつ)、曽我蕭白(そが しょうはく)、岩佐又兵衛といった型破りで意表をつく表現を試みた、江戸時代の画家6名をピックアップ。そのエキセントリック(奇矯的)でファンタジック(幻想的)な作風を“奇想”と定義し、彼らを“主流のなかでの前衛”として丁寧に見直したのである。
実際に若冲ブームに湧いたのは、2000年に京都国立博物館で開催された大規模な回顧展『伊藤若冲展』からであるが、この『奇想の系譜』に多くの若い美術研究者や学芸員たちが興味・関心を示したことから、若冲や江戸時代の画家、ひいては日本美術の研究が進んだことは間違いない。
そして今日、東京都美術館で開催中の『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』は、この『奇想の系譜』に基づいたものであり、さらにその後の研究成果までを含めたアップデート版とも言えるだろう。監修は、辻氏の愛弟子である美術史家の山下裕二氏。本著で紹介された画家に、白隠彗鶴、鈴木其一を加えた8名の江戸のアヴァンギャルド絵師をラインナップした。初披露の絵も多く、また、若冲の《梔子雄鶏図(くちなしうけいず)》や芦雪の《猿猴弄柿図(えんこうろうしず)》など、この展覧会の準備調査によって新たに発見された作品もある。
ここに並ぶ作品たちの魅力は、単に“江戸のアヴァンギャルドの様相を明らかにするもの”だけには終わらない。これらは100年以上も前に描かれたもので、言い方によっては“古美術”である。にも関わらず、そのところどころに不思議と“今っぽさ”が感じられるのが面白い。
たとえば、モチーフのひとつが極端に巨大化&デフォルメされた歌川国芳の浮世絵はマンガのよう。長沢芦雪の《白象黒牛図屏風》の、牛の腹にもたれかかった犬はまるで“ゆるキャラ”だ。岩佐又兵衛の《山中常盤物語絵巻》には、現代のホラー映画ばりに“そこまで描くか!”と言いたくなる残虐なシーンも隠されているし、鈴木其一が描いた風景画はヴァーチャル世界を彷彿させる。
辻氏は『奇想の系譜』の中で、色彩に富んで、アクが強く、キッチュだったりする彼らの作品は、マンガや商業ポスター、現代アートに慣れ親しんだ現代人にとっても十分に興味をそそられる対象であることを示唆している。また一方、『奇想の系譜』に美術家の横尾忠則がいちはやく反応したように、奇想の画家たちの表現は、現存するアーティストにも大きな影響を与えている(横尾忠則は本展のために絵画作品を制作し、2017年に村上隆がボストン美術館で開いた個展には『奇想の系譜』の名が冠された)。
“江戸絵画の前衛”は、江戸時代に完結したムーブメントではなく、いまも現代人の美意識のなかに息づいている。だからこそ、若冲らの作品は100年以上たったいまでも新鮮で、ずっと奇想のまま、われわれを驚かせるのである。
『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』
会期:〜4月7日(日)
会場:東京都美術館 企画展示室
住所:東京都台東区上野公園8-36
開室時間:9:30〜17:30(金曜、3月23日、30日、4月6日は〜20:00)
休室日:月曜(ただし4月1日は開室)
料金:一般 ¥1,600、大学・専門学生 ¥1,300、高校生 ¥800、65歳以上 ¥1,000
電話: 03(5777)8600(ハローダイヤル)
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