半世紀以上にわたり東京を撮りつづける写真家・森山大道。彼の写真には日常に隠れている都市の欲望が写し出される

BY JUN ISHIDA, PORTRAIT BY YOSHIYUKI OKUYAMA

 新宿は森山が最も好んで撮る街である。大阪出身の森山が、写真家としての飛躍を求めて東京に移ったのは1961年。それ以来、新宿はずっと森山の被写体であり続けている。
「僕は新宿体質なんだよ。勝手な思い込みだけれど、体質が歌舞伎町に似てるんだ。人間みな欲望を抱えていて、僕もいやんなるほどに抱えている。東京はいわば“欲望のスタジアム”で、そのなかでも新宿は絶望的に欲望が絡み合っている。僕は都市が、とりわけ東京が好きだね。もともとは大阪だけど、はるかに東京が長いし。まあ新宿があるからだろうな。東京に出て最初に路頭に迷ったのが新宿で、その後、細江(英公)先生のところで働いたときも何かにつけて新宿だったからね。新宿が東京から引っ越したらそっちに行くよ(笑)」

 森山の作品集に、その名も『新宿』というものがある。写っているのは、街を行き交う人々から誰もいない日中の歓楽街、街中の看板に店のディスプレイ、廃墟のような建物に墓標のごとくそびえ立つ西口の高層ビルとさまざまだ。それらは日頃目にしている新宿の景色なのだが、森山の写真に写る新宿は見知らぬものにも見え、街が幾重もの層からできていることに気づかされる。

画像: 写真集『新宿』(2002年)より © DAIDO MORIYAMA PHOTO FOUNDATION

写真集『新宿』(2002年)より
© DAIDO MORIYAMA PHOTO FOUNDATION

画像: 写真集『新宿』(2002年)より。 「SELF」の展覧会でも展示された「東京の夜」を撮影した森山の作品 © DAIDO MORIYAMA PHOTO FOUNDATION

写真集『新宿』(2002年)より。
「SELF」の展覧会でも展示された「東京の夜」を撮影した森山の作品
© DAIDO MORIYAMA PHOTO FOUNDATION

「日常にはスリットがいっぱい入っていて、その向こうに見えるものは面白い。日常はしたたかでね。どうってことのないおじさんも角度を変えると違って見えるんだ。一枚裏は、という感覚でいつも歩いている。決定的な瞬間を求めて歩いてはいないですよ。もちろんあればうれしいけれど、そんなの滅多にないからね」

 街を見つめる視点は常に路上からだ。これもまた60年近くにわたって森山が貫き続けるスタイルである。「撮る位置は、基本的には自分の目線だね。(ウィリアム・)クラインは(背が)高いからああいう写真になるけど、僕は低いから(笑)。都市を俯瞰するというコンセプトがあって撮る場合は別だけど、街の俯瞰は基本的に好きではない。日々の視線と同じ目線で撮りたいんだ。時に野良犬の目だったり、野良猫の目だったり。最近は虫にまでなった」

画像: 森山の私家版写真集『記録 38号』(2018年)に収められた一枚。メッシュもまた森山が好むモチーフだ © DAIDO MORIYAMA PHOTO FOUNDATION

森山の私家版写真集『記録 38号』(2018年)に収められた一枚。メッシュもまた森山が好むモチーフだ
© DAIDO MORIYAMA PHOTO FOUNDATION

 東京を撮り続けていて、飽きることはないのかと問いかけると、「みんなに言われる」と苦笑する森山。「飽きないよ。理屈でいうとつまんなくなるけれど、毎日違うじゃない。肉体も精神状態も。はっきりこう違うではなくて体感で違うんだ」。

画像: 無人のエスカレーターでさえエロティックに映る © DAIDO MORIYAMA PHOTO FOUNDATION

無人のエスカレーターでさえエロティックに映る
© DAIDO MORIYAMA PHOTO FOUNDATION

森山のポートレートを撮影しに渋谷を歩いているときも、ふと見ればカメラでパッと街を撮っている。「カメラを持っていないときはぼーっとしていて、一緒にいた人に『今の見た?』と言われることもある。見逃してしまって、『あなたカメラマンでしょ』と言われたり(笑)。でもカメラを持つと違うんだ。カメラが自分のセンサーになる。出会い頭に一瞬で撮る。これだけのストロークの中に、いろいろなものが入っていて、僕自身もよくわからない何かが出てくる。一枚のシャッターには、いくつものさまざまな要素が入っているのではと思って撮っています」。今日も森山はカメラを手に街をさまよう。

森山大道(DAIDO MORIYAMA)
1938年大阪府生まれ。グラフィックデザイナーを経て、写真の道に。岩宮武二、細江英公のアシスタントとなり、1964年に独立。『にっぽん劇場写真帖』(室町書房)、『写真よさようなら』(写真評論社)など写真集は多数。海外での評価も高く2004年ドイツ写真家協会賞、2012年ニューヨークの国際写真センター主催のインフィニティ賞生涯功績部門受賞

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