森美術館で開催されている『地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング』展。参加作家のひとり、エレン・アルトフェストは、ときに1年以上の時間をかけてモチーフと向き合い、1枚の絵を仕上げる。彼女の創作から読む、見ること、つながりを感じることの豊かさ

BY MASANOBU MATSUMOTO

『地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング』|森美術館

 エレン・アルトフェストは、目の前にある対象を自分の目で見るという行為を持続的に繰り返し、細密画のような作品を生む。モチーフに照明を当てたり、写真を参照することはなく、太陽光の下で実物を詳細に観察し、絵にする。作品《木》は13ヶ月、《木々》は24ヶ月の時間が費やされたそうだ。いずれも決して大きなサイズの作品ではないが、《木々》は木の幹が本当にひび割れ、朽ち果て、またそこに苔が本当に生しているように見える。徹底的に見るという行為、自身の目、感覚器を信頼して紡ぎ出された小さい絵画。そこには枯れていくものとそれを土台にして繁茂していくものが同時に描かれており、形式や方法は違えど、曼荼羅のようにスケールの大きな世界が閉じ込められているように思える。とても小さなミクロの世界を見ていたのに、とても大きな世界を連想してしまうような。

 絵画の表面にある絵筆を重ねていった凹凸も、ある種のリアリティを生み出している。ただ、それに対して、アルトフェストは「絵画なので、何度も何度も塗っていく。もし締め切りがなければ、私自身が“これでいい”としっくりくるまで、永遠に絵の具を重ねて作り上げていきます。特に意図的に凹凸を出そうとしているのではなく、時間の蓄積の結果、そういった表情が生まれているだけです」と言う。

画像: エレン・アルトフェスト《木々》 2022年 油彩、キャンバス 26 x 30.2 cm 撮影:トーマス・ミュラー COURTESY OF WHITE CUBE

エレン・アルトフェスト《木々》 2022年
油彩、キャンバス 26 x 30.2 cm
撮影:トーマス・ミュラー
COURTESY OF WHITE CUBE

 森美術館で開かれている『地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング』では、その《木》、《木々》、また京都の厭離庵(えんりあん)で制作した《杉苔》を含め、彼女が身の回りにある自然を描いた12点の絵画を見せる。

 この展覧会では、自然から採取した花粉やミツロウなどを素材に抽象的な図像やオブジェを空間内に配置するヴォルフガング・ライプのインスタレーション、オノ・ヨーコのインストラクションアート(※1)、北極点に自ら立ち、地球の自転と逆回転するというギド・ファン・デア・ウェルヴェのパフォーマンス映像など16名の作家、約140点の作品が会場に並ぶ。パンデミック以降のウェルビーイング(=心身、社会的に健康である状態)のかたちを探るうえで、こうしたアーティストの想像力をヒントにしようという試みだ。

※1 コンセプチュアルアートの形式のひとつで、作家からのインストラクション(指示)そのもの、あるいはその記述自体を作品としたもの。本展のタイトルはそのオノ・ヨーコの作品「グレープフルーツ」の一節にある「Listen to the Sound of the Earth Turning」から採られている。

「私にとって、ウェルビーイングな状態であるためには、頭のなかが明瞭でクリアであることが非常に重要だと思います。頭のなかというものは、ある種、鏡のよう。それが濁ってしまったら実際に私たちの目の前にあるもの、起こっていることを映し出せません」とアルトフェスト。以下は、彼女へのインタビューを抜粋・編集したものだ。

――作品《木》(2013年)は制作に13ヶ月、《木々》(2022年)は24ヶ月の時間がかかっていると聞きました。なぜ、そのような膨大な時間をかけるのでしょうか?

アルトフェスト まず、描く対象物を長く時間をかけて見ることで、そのものに対するコネクション、つながりというものを強く感じることができます。長ければ長いほど、多くのものを見ることができますから。ただ、絵を描いていると、そういった自分が見ているものすべてを描きたくなってくるものです。それに対してどこまで描くか、何を描くか、あるいは何を描かないか、私にとって有意義な意味をもらたすものは何かということを常に考えながら描いているので、時間がかかっているというのが正直な答えです。実際に13ヶ月かかる作品もありますが、私自身が完璧に集中していて、環境が理想的であれば、より短い期間で描き上げることもできると思います。京都の厭離庵(えんりあん)で制作した《杉苔》は、私自身のコンディションが完璧だったので、2ヶ月ほどで描くことができました。

画像: エレン・アルトフェスト(ELLEN ALTFEST) 1970年ニューヨーク生まれ、1997年イェール大学大学院絵画専攻修了。2013年、第55回ヴェネチア・ビエンナーレに参加。ベルウェザー・ギャラリー(ニューヨーク、2002年)、ホワイトキューブ(ロンドン、2011年)、ニューミュージアム(ニューヨーク、2012年)、MKギャラリー(英国、ミルトンキーンズ、2015年)などでも個展を開催している。現在、ニューヨークおよびコネチカット州ケント在住 PHOTOGRAPH BY TATSUYUKI TAYAMA, PHOTO COURTESY OF MORI ART MUSEUM

エレン・アルトフェスト(ELLEN ALTFEST)
1970年ニューヨーク生まれ、1997年イェール大学大学院絵画専攻修了。2013年、第55回ヴェネチア・ビエンナーレに参加。ベルウェザー・ギャラリー(ニューヨーク、2002年)、ホワイトキューブ(ロンドン、2011年)、ニューミュージアム(ニューヨーク、2012年)、MKギャラリー(英国、ミルトンキーンズ、2015年)などでも個展を開催している。現在、ニューヨークおよびコネチカット州ケント在住
PHOTOGRAPH BY TATSUYUKI TAYAMA, PHOTO COURTESY OF MORI ART MUSEUM

――理想的な環境とは?

アルトフェスト 私自身の内なる環境のことです。いま自分がこれをやらなければいけないというのを、しっかり受け止められている状態。そして、感情的に“これは今は描くことができない”と抵抗するような気持ちがないことーーそういう内なる環境が整ったとき、対象物とのつながりをクリアに感じられます。

――あなたにとって、絵を描くということはメディテーション的な行為でもある?

アルトフェスト それは、このところ私自身も考えていることです。確かに、絵を描くことと瞑想は、並行的な関係であるかもしれません。絵を描くとき、頭の中も明瞭でクリアな状態、オープンで解放された状態でなくてはいけない。一方、メディテーションは、現実から脱してより高い認識に達してつながりを求めるところがあると思います。クリアな状態でつながりを見つける、頭の中の明確さを求めるというのは似ているような気もしますが、しかし、まったく同じではないと思います。その違いは何かーーまだ私自身、はっきりと答えを見つけられていません。

画像: 展示風景。左から《大きな岩》(2013年)、《丸太》(2001年) PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

展示風景。左から《大きな岩》(2013年)、《丸太》(2001年)
PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

――報道機関向けの資料で「パンデミック後、以前より自然に永遠性を感じるようになり、人の命にかぎりあることについてよく考えるようになった」と記されています。この自然の永遠性について、もう少し具体的に教えてください。

アルトフェスト やはりパンデミックによって、人間性、特に人間の脆弱性について考えるようになりました。コロナ禍というのは非常に暗い期間でしたが、そのなか、私は多くの時間を、自分が住んでいるコチカネットの森の中ですごしました。自然の木々、太陽の動きなどを見ていると自然界の強さを感じることができたということです。一貫する揺るぎない強さ、それが自然の根本的にあるな、と。

――京都・思文閣のアーティスト・イン・レジデンスに参加し、厭離庵で制作された《杉苔》も、今回、発表されています。厭離庵での印象的なエピソードがあれば教えてください。

アルトフェスト 禅寺の庭で絵を描くことは、エネルギーに溢れる素晴らしい体験でした。この苔庭は一般には公開されていないので、私はほとんどひとりでその場にいたわけです。だからこそ、苔の深い緑、生命力のようなものを非常に強く感じることができました。住職の大澤玄果さんによれば、この庭は、自然のままの状態をあえて残し、人によって完璧に整えられた空間ではないそうです。だから自然が生き生きとしていて、私自身新しい発見も多くありました。

画像: 展示風景。《杉苔》(2022年) PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO COURTESY OF SHIBUNKAKU, KYOTO; AND WHITE CUBE

展示風景。《杉苔》(2022年)
PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO
COURTESY OF SHIBUNKAKU, KYOTO; AND WHITE CUBE

 ひとつ驚いたのは、制作中、この場所でコンサートが開かれたときのこと。私はそのなかで黙々と絵を描いていたのですが、ミュージシャンの方が来て、私が描いている作品の前に手のひらをかざしていったことがありました。コンサートが終わった後も、また別の方がいらっしゃって同じように。聞けば、“ハンドパワー”と言って、私の作品からエネルギーを感じ取っているんだ、と。私自身、絵を通じて、厭離庵のコケがもつ平穏なエネルギーが伝わればいいと思っていたのですが、ある意味、その作品に手をかざして応答しようとしている人がいたのは、面白い体験でした。

 2ヶ月ほど、私はこの庭にいたわけですが、しばらくすると苔の色が暗くなってきたことに気づきました。制作の最後のほうはさらに苔が黒く、茶色くなりーー。実際の作品《杉苔》も、一部の苔を茶色で描いています。ただ、なぜ、突然苔が茶色く死んでいってしまったのか。玄果さんが言うには、これは仏教でいう輪廻転生ではないけれども、生命の移り変わりというか、おそらくこれだけ凝視して描いているので、生命が絵に宿っていったのではないかと言うのです。それも私にとって印象的な体験でした。

――今回の展覧会のタイトルに「ウェルビーイング」という言葉があります。あなたは「ウェルビーイング」をどう定義しますか。またどういったとき、自身が「ウェルビーイング」な状態であると実感しますか?

アルトフェスト 大きな質問なので悩むところはありますが、「ウェルビーイング」な状態であるためには、頭のなかが明瞭で、クリアであることが非常に重要だと思っています。そして、そういうクリアな状態、明瞭さを保つためには、何をすべきか、避けるべきかを自分で理解して、行動していくことが大切なのだと思います。外部の環境にとらわれず、自分自身の中心、バランスの取れる均衡点を探していく。目指すのはそういうことだと思います。

『地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング』
会期:~11月6日(日)
会場:森美術館
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53F
開館時間:10:00~22:00(火曜は17:00まで)
※入場は閉館時間の30分前まで
休館日:会期中無休
料金:
[平日]一般 ¥1,800(¥1,600)、大学・高校生 ¥1,200(¥1,100)、中学生〜4歳 ¥600(¥500)、65歳以上 ¥1,500(¥1,300)
[土・日曜、休日]一般 ¥2,000(¥1,800)、大学・高校生 ¥1,300(¥1,200)、中学生〜4歳 ¥700(¥600)、65歳以上 ¥1,700( ¥1,500)
※専用オンラインサイトでチケット購入の場合は()の金額を適用。
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電話:050(5541)8600(ハローダイヤル)
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※新型コロナウイルス感染予防に関する来館時の注意、最新情報は各施設の公式サイトを確認ください

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