BY KAORU SAITO, PHOTOGRAPHS BY SATOSHI YAMAGUCHI, EDITED BY EMI ARITA
今、地球が揺らいでいる。自然破壊ばかりか、暮らしや文化までも壊されている。コロナ禍は何かの序奏に過ぎないのではないかと思うほど。明らかに時代が岐路に立たされ、何かもう従来のエコ意識では何も守れない気がするのだ。もちろん今あらゆる企業がSDGsの実現を急いでいるが、それ以前に本当の意味で“利他の心”があるのか否か、もっと本質的なものを問われる流れとなっている。とりわけ化粧品は、エコと対極にある半面、利他を形にしやすい業種。容器を地球にやさしいものに替えるのとは次元の違う、もっと独創的で心あるサステナブルを推進すべき立場にあるのではないか。
たとえば、コスメ界最後の大物デビューとしてコロナ禍でも成功を遂げたエルメスの化粧品。口紅やチークまでがモダンな容器とともに完璧なレフィル対応、これはきわめて重要な提案になった。使い捨てが当たり前の口紅にさえ、愛惜の念をもつことの尊さと喜びを思い出させたのだから。エルメスの神通力あってこその啓蒙である。一方シャネルの“No1 ドゥ シャネル”はクレンザーからメイク、フレグランスまで一気通貫のラインナップで業界を驚かせたが、ここに新しいサステナブル提案が随所にちりばめられた。容器でも用途のマルチ化でもミニマリズムを徹底、ところが反対に満足度は増していく逆転設計は、まさにあっぱれだ。
利他の心が本物かどうか、そこに注視すると見えてくるものがある。ディオールは早くからサステナブルに熱心で、すでに世界に7つ、広大なディオールガーデンを持つのもその表れ。オーガニックを超え、環境再生型農業にも現地の支援にも力を注ぐ。500人規模の研究者が皮膚研究と同様に、環境対策の研究に取り組む本気には改めて驚かされた。また、資生堂が“美しくなる権利は全員にある”との主張を躊躇(ちゅうちょ)なく形にしてきた歴史は敬服に値する。がん患者やさまざまな疾患、アザに悩む人の化粧品開発とメイク提案など、社会貢献を超えた多彩な慈善的活動には、最大手の社会的責任と正義感がひしひしと伝わってくるのだ。ユニークなのは、アットコスメとロレアルグループが中心となり、シングルマザーに化粧品の余剰在庫を無償提供する活動。これぞ人道支援とロス軽減を組み合わせたコスメSDGsの理想型といえるだろう。
うがった見方をするなら、そうした活動も声高に主張せず、黙々と続ける企業にこそ真の利他がのぞくものだが、いち早く動物実験反対を唱えたザボディショップは昔から、支援の必要なコミュニティのサポートや人権を守る幅広い活動を地道に続けてきた。こうした支援は黙々と行ってきた同ブランドだが、一部の店舗で引退した東海道新幹線の車両アルミを再生使用することは積極的にアピール。アルミを新製する場合に比べCO2排出量97%削減となるという。
かくしてさまざまなサステナブルの形があるが、ロート製薬がサンゴ礁の保護のためのUVケアを研究開発したように、おざなりではない研究ベースから地球保護に取り組むブランドも見逃せない。単純に“天然成分配合”を地球保護と混同する傾向があるが、ナチュラル系でも地球を汚さない研究を独自に行うブランドかどうかをきちんと見極めるべきなのだ。日本発のラ・カスタは研究熱心なブランドとして知られるが、家庭から排出される汚水の一部が高度処理されずに河川に流れ込むことを踏まえ、環境負荷の低い成分でシャンプーを開発。半永久的に使える容器を開発して話題を呼んだシャンプー“余[yo]”は詰め替え容器にさえ、環境に最も安全な素材をヘアケアで初めて導入した。今や常識となった容器などへの配慮も、いつからどのように取り組んできたかには大きな差があり、意識にもかなりの温度差があることを、今こそきちんと見つめ直したいのだ。
最後に、人への思いやりを形にした化粧品を語りたい。あらゆる意味でサステナブルを体現するワフィトの創設者は植物療法士の森田敦子さん。実はこの人こそ日本にオーガニックの重要性やフェムテックの大切さを訴え、定着させた人。コスメ界随一の利他の人といえるだろう。また日本で唯一、保湿能改善効果を国が認めた成分ライスパワー®No.11を、長年の研究により米発酵から開発した老舗の造り酒屋、勇心酒造が、洗わなくても汚れが取れる入浴液を開発。介護施設に提供し介護士の負担を和らげた。またSUQQUはあらゆる肌の色において美しく発色する粉体技術を開発。言葉だけではない多様性に対応する未来の利他コスメといえるのだろう。
そして今、“利他”的アプローチでにわかに注目を浴びるのが、製薬系やドクター系のベンチャー。それらの成り立ちはよく似ていて、たとえばアトピーやニキビなど依然として未解決のトラブルに対して先進の研究はどんどん進んでいるのに、日本は薬事的なハードルが高く、心底悩んでいる人のもとに届けられない現実がある。医薬品にするのに膨大な時間と費用がかかったり、化粧品会社に成分提供するときわめて高価になったり。その辺の諸問題を解決するべく独自に化粧品を作り静かに販売しているのがそうしたベンチャーなのだ。フィボナッチは、アトピーに効く成分が、思いがけなくシワにもシミにも効いてしまう事実を発見、美白として化粧品化したが、もともとの目的を鑑(かんが)みアトピー患者には優先的に提供するような試みを試験的に始めているとか。マーベセラーは皮膚科スキンケア研究会を母体とし、本当に効くものを安価で提供したいドクターの有志が集まり投資する形で研究開発を進め、肌刺激が少なく、熱・光・UVにも安定性を保つ驚くべきビタミンC誘導体の開発に成功した。VC28%の史上最高濃度が実現。35%は皮膚科だけで使われているが、従来のドクターコスメとは一線を画す存在だ。コスメ業界にも今「夢を売る」以前に、噓も誇張もない製品をダイレクトに届けたいという情熱が生まれているのは確か。まさに心を問われる時代なのだろう。
“世のため人のため”“人を幸せにするため”をモチベーションとするものにこそ人を美しくする力が宿るのだと信じたい。今そこに作り手と使い手の見えない絆が生まれているのである。