ミラノのうら寂しい一角、ひとりの建築家が、打ち捨てられた工場に住居とスタジオを構えた。彼が求めたのは形を変えることではなく、ここで暮らすことで自身が変わることだった

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY MIKAEL OLSSON, TRANSLATED BY JUNKO KANDA

 トニョンが居を構える約3,700㎡の地所は、彼が初めて見た当時はゴミ捨て場であった。価値がないのでオーナーは無償で譲ってくれた。現状よりはましになるだろうと承知していたからだ。通りに面した弧を描く大きな壁のすぐ後ろには、戦後に建てられたずんぐりとした四角い事務管理棟があり、無秩序なアスファルト舗装の中庭を挟んで、風が吹き抜けるがらんどうのガレージ区画があった。これらの建造物は1940~50年代につくられたのちに70年代まで雑然と拡張され、今から20年前に使われなくなった。最近まで、ある建築会社がゴミ捨て場として使用していたために、さまざまな残骸が散らばっていた。ガレージの壁からは錆びたメタルパイプがとび出し、エッジがぼろぼろになった未加工薄板の名残や、アポカリプス後の世界にふさわしいセメントの瓦礫が転がっていた。

画像: 大理石、メタルなど、トニョンが試している素材を積み重ねたオブジェが、ユニットシェルフの上で絵画的な均衡を保っている。窓に面しているのは、青々とした葉が茂る中庭

大理石、メタルなど、トニョンが試している素材を積み重ねたオブジェが、ユニットシェルフの上で絵画的な均衡を保っている。窓に面しているのは、青々とした葉が茂る中庭

 トニョンは残骸を取り除いたが、壁だけを残してすべてを撤去しようという気持ちには打ち勝った。そうではなく、ガレージ区画の見苦しい構造物の多くを残した。中庭は最初に見たときの姿のまま、すなわち、舗装があちこち割れて雑草が根を張っている状態に手を加えなかった。トニョン以外の建築家であったらオフィス区画の壁を取り去ってロフト風に改造したであろうが、彼はそうはしなかった。この場所にほぼ手をつけることなく、そのまま住むことにしたのだ。四角い建物の小さなキッチンで直火式エスプレッソメーカーを使い、デザインの仕事に励み、中庭に椅子を置いて座り、自分に語りかける声に耳を澄ませる生活だった。

トニョンは以前、自分にとっての完璧な空間は「フランク・ロイド・ライトとミース・ファン・デル・ローエを足して2で割り、ル・コルビュジエのタッチとルイス・カーンのフィーリングを少々加えたもの」であろうと考えていたが、彼が聞いたメッセージはそれとは違うことを語っていた。「何をすべきかを場所自体が語りかけてくるのに任せるべきです。それには、時としてとてつもない時間がかかります。多くの人はじれて気が変になってしまうと思います」と彼は語る。

 どのように取り組むべきかを知るために、トニョンは子どもの頃から用いていた一風変わった手法――美的で、かつセラピー効果のある儀式めいた手法――を採用した。“積み重ねること”である。コントラストとバランスに配慮しながらさまざまなものを積み重ねることは、彼が考えを整理するのにこれまでも役立ってきた。トニョンはまず、建築会社が放置した15×15㎝のセメントサンプルの山(法律により建築会社は、使われたセメントが建築に適したグレードであると証明するために、請け負った仕事ごとにサンプルをひとつ保存しておかねばならない)から20個を取り、中庭のタールの上に間隔をあけて並べた。そして、それぞれのセメントの上に、何年も前から集めていたなめらかな石を塔のように積み上げた。

画像: オープンエアのリビングルームとして使われているガレージ区画には、トニョンがさまざまなプロジェクト用にテストしている資材でつくられたテーブルがある

オープンエアのリビングルームとして使われているガレージ区画には、トニョンがさまざまなプロジェクト用にテストしている資材でつくられたテーブルがある

すると、日本庭園に無造作に置かれたカール・アンドレの作品のような趣になった。しばらくしてトニョンは、多肉植物と、ジャコメッティの彫刻作品を彷彿させる針金のようなサボテンを、自分がデザインしたコンクリートのポットに植えた。腐食しつつある工業用のナットとボルトをイメージしたポットである。あれから7年、葉の生い茂る約7.5mの楡(にれ)の木が一本、アスファルトの真ん中にある割れ目から堂々と伸び上がっている。トニョンが越してきた頃にはまだ若木であった。「僕はただ、コーヒーを淹れたあとの豆かすを少々、かけてやっただけなのです。そうしたら、こんなになった。この木は僕に、生き残るべきものは生き残る、と告げています」と彼は言う。

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