世の中には普遍的な伝統というものがある。たとえば「カゴ」という工芸品は、この21世紀にどう適応し、再考され、作り変えられているのだろうか

BY DEBORAH NEEDLEMAN, TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA(RENDEZVOUS)

 もちろん、産業とは効率性を求めるものだ。しかし、カゴ産業の衰退とともに、カゴ編み職人が体現していた膨大な知識の豊かさも同時に失われてしまった。19世紀当時の徒弟制度で修行をした職人(彼らは全員男性だった)で、今も生きているのは80歳のコリン・マンソープと、79歳のテリー・ベンスリーのふたりだけだ。彼らは、エイドリアン・チャールトンやヒラリー・バーンズといった現在トップクラスのカゴ職人の何人かによって探し出され、教えを請われた。デヴォンを拠点とするバーンズは、マンソープがニシンの測量用カゴを編む現場を見せてもらった時のことを振り返り、「まるで踊りを見ているようだった。無駄な動きが何ひとつないんだ」と語った。だが、こうした技術だけでなく、もっと根源的な何かが、はるか以前に失われてしまった。すなわち、作り手と土地とのつながり、そしてそれに伴うライフスタイルとのつながりである。

画像: オサリバンによる3点のカゴ PHOTOGRAPH BY SOPHIA SPRING

オサリバンによる3点のカゴ
PHOTOGRAPH BY SOPHIA SPRING

 1月と2月、柳の葉が落ちる頃になると、オサリバンと夫のマックウォルターは、毎年この機会を心待ちにしている何人かの友人と連れだって、寒くて湿った畑に出向き、剪定ばさみで柳の枝を収穫する。枝を切り、積み重ね、重い木の束を運ぶのは肉体的にはきつい作業だ。しかし、オサリバンは言う。「ノスタルジックというと簡単に聞こえるけれど、土地との穏やかなつながりや、仲間同士のつながりが感じられるんです。退屈な重労働だけど、合間に青空や鳥を見上げたり、お茶を一杯飲んだり。作業中にすれ違うと、15分間だけおしゃべりに熱中したり。そして、離れていくと背の高い柳の中でまったく互いの姿が見えなくなってしまう。そして最後にはまた、みんなのいる場所に戻ってくるの」

 3月から5月までのあいだは、品種と大きさによって仕分けされた柳を干して乾燥する。オサリバンの自宅のキッチンのドアからアトリエにつながる小道の途中には屋根だけの納屋があり、黄色やライムグリーン、コーヒー色や黒に染まった柳の枝が丁寧に束ねられて置かれている。葦(ヨシ)を1日か2日ほど水に浸してから、オサリバンは床で作業にとりかかる。まず膝や足で枝の位置を固定して土台を作る。そのまわりに長い枝をさし込み、1本1本にナイフで切れ目を入れながら、上に折り曲げて形を作り上げていく。こうして彼女はひと枝ひと枝、カゴを編む。

 オサリバンは、自ら選んでこうした生活を営むことを決めた。往時の田舎のカゴ職人であれば、そんな選択の余裕もなかっただろう。彼女の作品は伝統にしっかりと根付いているが、その一方で、独自のデザインセンス(オサリバンはカゴの形から独自に創作する)や、ますます危険にさらされている自然環境の中、土地にできるだけ負担をかけずに生きたいという願いが、彼女を今の暮らしへと突き動かした。傷みやすいという特性すらも、カゴの魅力のひとつだ。カゴは何世代かにわたって使われ、やがて大地へと還っていく。「その時まで、私のカゴが人々の暮らしの一部であってほしい。人々の手で使い古され、磨かれてくれたらと願っています」とオサリバンは言う。「カゴの底に、パンくずや木くずをためながらね」

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.