作家レベッカ・ソルニットは、個性的な執筆活動を続けてきた。彼女は今、反体制派の代弁者として、にわかに注目を集めている

BY ALICE GREGORY, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

画像: ソルニットのほかにも、何人かの作家が過去の作品で新たに脚光を浴びている。そうした本の多くが、なんとも不気味なことに、時代を先取りした世界を描いていた PHOTOGRAPH BY JOSHUA SCOTT

ソルニットのほかにも、何人かの作家が過去の作品で新たに脚光を浴びている。そうした本の多くが、なんとも不気味なことに、時代を先取りした世界を描いていた
PHOTOGRAPH BY JOSHUA SCOTT

 型破りのエッセイストは、突如として進歩主義を象徴する存在、賢い女性の先輩として見なされるようになった。環境、ジェンダー、人権、女性に向けられる暴力についての著作は、数ある題材のほんの一部だし、どれも数十年前のものなのだが、今になって突然、きわめて予見的な内容であったと受け取られている。今やソルニットの著作は新旧どちらもツイッターでさかんに議論され、新聞の論説コラムでもよく引用されている。本自体(彼女が過去10年間に書いた10冊)も、全米各地の書店で、最も重要な場所に置かれている。

彼女は今、『ハーパーズバザー』で連載コラムを持ち、定期的に英国のガーディアン紙と書評誌『ロンドン・レビュー・オブ・ブックス』に寄稿する。「Literary Hub」でもエッセイを書いているが、これは開設されて間もない文芸専門のウェブサイトだ。ソルニットは56歳で、高名な作家である。こういう新しい媒体が存在するなんて、知らなかったとしても当然だ。彼女はインタビューにも応じるし、雑誌記事のような長い文章をフェイスブックに投稿する。10万人を超えるフォロワーがこれらを読み、誰かとシェアするのだが、その拡散の様子は熱を帯びていて、やらせではないかと疑いたくなるほどだ。

 ソルニットは一種のセレブリティではあるが、自身はこの状況をあまり歓迎していない。「現状に甘んじないことがとても大事だと思うし、今の状況が私の価値や仕事を決めてしまうなんて、あってはならない」。彼女は電話の向こうでそう言った。「『暗闇のなかの希望』を書いたのは14年前です。今の私は、当時の私に比べて賢く成長しているでしょうか?」。彼女の答えはもちろん、「NO」だ。妙な言い方になるが、新たに火がついたソルニット人気は、作家自身よりもその読者について多くを語る。

『暗闇のなかの希望』をはじめ、いきなり今の風潮にぴったり合ってしまった作品は何年も前に書かれたものだが、聖なるお告げのように見られるようになった今、むしろ彼女の思想は真実味を増した。ソルニットは、左派のあいだでカッサンドラ(ギリシャ神話に登場する預言者)のような存在になった。多くのアメリカ人が現在もっとも聞きたいことを、不思議なことに彼女はとうの昔に書いていた。それが今、癒やしとして、人々の声を代弁する意見として、読まれているのだ。

 今となってみればその思想が不気味なほど預言的だと感じる作家は、ソルニット以前にも存在する。過去の作品が、あたかも最近書かれたものであるかのように蘇るのは、珍しいことではない。哲学者の故リチャード・ローティが1998年に発表した『Achieving Our Country: Leftist Thought in Twentieth-Century America』(日本語版は『アメリカ未完のプロジェクト――20世紀アメリカにおける左翼思想』(晃洋書房))の一節は、2016年の大統領選の結末を予見していたかのようで、昨秋インターネット上で瞬く間に広まった。
学術書だが、本も飛ぶように売れた。

アイリーン・マイルズの数十年前の詩も、最近になって、ジェンダーフリュイド(男性と女性のあいだを揺れ動く状態)に関心をもつ人たちや敏感な人たちに読まれている。美術評論家で小説家のクリス・クラウスは、女性ブロガーのあいだでは隠れた人気者だったが、今や彼女の小説『I Love Dick』をもとにアマゾンが制作したドラマは大評判になっている。日本では最近、スーザン・ソンタグの著書が死後13年たって翻訳された。米国が抱える不可解な政治的矛盾を説明する本として、想定外の人気を博している。 1991年にソルニットの処女作を出版したサンフランシスコの書店「シティ・ライツ」で仕入れ責任者を務めるポール・ヤマザキは、キャシー・アッカーとジェイン・ボウルズという、ジャンルにあてはめられない奔放な作家の作品も、近年再び注目を集める本のリストに加えた。だが、こうした作家たちに何が共通しているのか、統一的な見解をなかなか見いだせないそうだ。「それがわかればいいんですけどね」と彼は言い、電話の向こうで笑った。「わかっていれば本屋としてもっと成功しています」。それにしても、遅れて脚光を浴びるようになった作家の大半が女性だというのは、特筆に値する。彼女たちが最初に声を上げたときは誰も耳を傾けなかった――。たぶん、そういうことなのだろう。

 現代の事象を読み解く知識人、もしくは憧れの対象を探そうとして、私たちが過去に目を向けるのには、別の理由もある。環境、政治、社会など、あらゆる類いの腐敗を問題視するソルニットは、このトランプ時代において、自分を堕落に導くようなものはいっさい寄せつけない生き方をしているように見えるのだ。商業的な人気について騒がれること、デジタル化によって日々追い立てられること、ワシントンやニューヨークという独特の社会、多くの女性作家が経験するように美のシンボルとして崇められること――。彼女はこういうこととは無縁の作家として映る。

「自然環境に対してさまざまな考え方がどのように影響し合うかを論じるうえで、現状が悲惨で恐ろしく、何もかもがダメなのだと訴える人は大勢いますから、私が参入する必要はありません」。彼女の言葉はさらに続く。「ほかに目を向けると、人間の営みと自然環境のあいだでうまく折り合いをつけようとするプロジェクトはたくさんあります。成功例もありますし、実際に私たちは、過去にそうやって自然と共存してきたのです。変化は往々にして予測不可能で、思わぬ方向からやってきます。未来のことなど、誰にもわかりません。人間はこれまで何度も世界を変えてきました。その歴史を語り継ぐことこそ、前に進む原動力になるのです。でも、そういう歴史が話題になることは滅多にありません」

 ソルニットはもう長いこと、写真家の友人たちとパウエル湖に足を運び続けている。ユタとアリゾナの州境の中心にある巨大な人造湖で、一帯は元来グレンキャニオンという呼び名で知られる、砂岩でできた雄大な渓谷だった。その開発に費やされた、畏怖の念を覚えるほど膨大な労力――コロラド川のダム建設が1950年代に始まり、プロジェクトの完了まで17年を費やした――について、彼女は幾度となく書いてきた。同時に、この地にふりかかった報い――過去20年で水位が著しく低下するなど、彼女いわく「相当な規模で崩壊している」――についても世に問うてきた。

 取材の旅に出ると気が休まると彼女は言う。「現在の政治について書くのは、浅瀬で立ち往生しているような感覚です。歴史を長いスパンでとらえようとせず、文化の潮流を深いレベルで考察していないことを意味します」とソルニットは言う。パウエル湖の水位は確かに下がり続けている。だが、コロラド川の別の流域では、川を守る努力が実り始めた。「100パーセント期待できる、とは言えないけれど、勝敗がはっきりするようなものでもない。私にとっては、そこがおもしろいんです」

 

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