現在生きている最も偉大な舞台作詞家――60年以上のキャリアを通して、ソンドハイムは仲間たちの力も借りながら、アメリカのミュージカルをつねに革新してきた。そして今ふたたび、彼は私たちを驚かそうとしている

BY LIN-MANUEL MIRANDA, PHOTOGRAPHS BY COLIN DODGSON, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

画像: 18世紀末に使われていた、オーラリーと呼ばれるねじ巻き式の太陽系儀

18世紀末に使われていた、オーラリーと呼ばれるねじ巻き式の太陽系儀

 もう一度、今に話を戻そう。私はソンドハイムがアメリカのミュージカルの領域を広げてきた功労者だと思っているのだが、彼はその功績は自分ではなく師匠のオスカー・ハマースタインに寄与すると言う。

ミランダ:あなたの業績の真髄は、ミュージカル演劇とは何かという領域を拡大してきたことだと思うんですよ。「これはミュージカルであり、あれはミュージカルではない」という考え方はじつにくだらない。作品を作り上げる人間の情熱だけが、その答えを出せるはずです。

ソンドハイム:まあね。でも、オスカーはそれを『オクラホマ!』で初めてやってのけたんだ。彼は西海岸を舞台にした同性愛についての劇を、陽気で明るいミュージカルに仕立て上げた。原作者のリン・リッグス(※12)が書いた以上のものを、あの作品の中に見出していたからだよ。土地を開拓していくことや、アメリカという国が開拓者に約束するものを。彼はあの脚本を読んだほかの誰もが見出せなかったことを、はっきり見ていたんだ。

ミランダ:わかります。でも、それは「もし作品の中に自分を見出せたら、それを見た人も彼ら自身を見出すことができる」という概念に戻りますよね。つまり、特異性を表現するのを恐れない、ということですが。

 ソンドハイムの顔がぱっと明るくなった。

ソンドハイム:もちろんだよ! 彼が私に教えたのもまさにそれなんだ。私が駆け出しだった頃、ハマースタイン(※13)を真似て書いた私のポエムっぽい歌詞を批判して、彼はこう言った。「それはおまえが感じていることじゃないだろう。私がどう感じているかなんて書くな。自分が感じていることを書くんだ」。ああ! 自分が感じていることを書いていいなんて、考えたこともなかった。そしてオスカーは私だけでなく、誰に対してもそうしろと教えたんだ。

 自分が感じたことを書け。または、ジョージのミューズであるドットなら、『サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ』の中で彼にこう言うだろう。「あなたがすることすべてにおいて/あなたの心が望むことを/そうすれば、それはまったく新しいものになる」

 ここで、半世紀にわたってスティーブン・ソンドハイムが表現してきた感情の深さと強さ、そしてその奥行きの広さをしばし感じてみよう。『ウェストサイド・ストーリー』のあのトニーとマリアが初めて恋に落ちたのは、ソンドハイムが25歳の時、ブラックウィング製の鉛筆を尖らせて、彼らの引き裂かれそうな恋を表現する言葉を探していた時だった。『スウィニー・トッド』のミセス・ロベットが、あの悪魔的な計画を思いついたのも、ソンドハイムがこの執筆用ソファで自らと対話していた時だ。ソンドハイム自身の中のどこかに、ジョルジュ・スーラとフォスカの両方が、またプセウドラスとママ・ローズが、ジョン・ウィルクス・ブースとマダム・アームフェルトが、チャーリー・クリンガスと赤ずきんが同居しているのだ。
彼は『カンパニー』のジョアンヌにウオッカ・ストリンガーのカクテルを注ぎ、『太平洋序曲』の将軍には菊花茶をふるまった。劇場での60年間にわたる象徴的な瞬間の数々は、スティーブン・ソンドハイムが独自の感受性で物事を感じてきた結果として存在した。歌詞のひとつひとつ、音のひとつひとつ、そして驚きのひとつひとつが、その結実なのだ。

(※訳注:ジョルジュ・スーラは『サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ』の主人公で、点描で知られる印象派の画家。フォスカは『パッション』で主人公に恋する病弱な女性。プセウドラスは『ローマで起こった奇妙な出来事』の嘘つきな奴隷。ママ・ローズは『ジプシー』のステージママ。ジョン・ウィルクス・ブースは『アサシンズ』で描かれるシェークスピア役者。マダム・アームフェルトは『リトル・ナイト・ミュージック』の旅芸人一座の看板女優の母親。チャーリー・クリンガスは『メリリー・ウィー・ロール・アロング』の人気の劇作家。赤ずきんは童話のハッピーエンドのその後を描いた『イントゥ・ザ・ウッズ』に登場する)

 もしあなたがソンドハイムだとしたら、少し身体の具合が悪くて、仕事に邪魔ばかり入る今日みたいな日もあるだろう。だが、『フィニシング・ザ・ハット』を書いたような夜もある。そんな時は友人に電話をかけて「この歌を今書いたんだ」と伝えずにはいられないほど、自分を誇らしく思うはずだ。
 大切なことは、ソンドハイムはまだここにいて、締めきりに追われているということだ。彼はまた帽子を作り始めている。時間の概念が消え去るような瞬間が来るのを感じながら。

ソンドハイム:安全だと感じてはダメだ。「これを書けるかどうかわからない」と感じなくちゃ。それが、私が言った危険だという言葉の意味だ。危険を感じるのはいいことだよ。安全は犠牲にしなくちゃ。
 多様性、多様性、多様性だ、ミスター・ソンドハイム。最高のもの以下で妥協することなく、私たちを驚かせてほしい。

※12 リン・リッグス
オクラホマ州クレメンス生まれの劇作家。彼が1930年に書いた脚本『グリーン・グロウ・ザ・ライラックス』はロジャース&ハマースタインのミュージカル『オクラホマ!』の原作となった。

※13 ハマースタイン
ハマースタインは、若かりし頃のソンドハイムを鍛えるために、4つの違うミュージカルを彼に書かせて批評した。4作品はどれも実際に上演されることはなかった。

ブロードウェイの伝説の男 スティーブン・ソンドハイム。その表現哲学を語る<前編>

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.