ジャマイカ人初のブッカー賞受賞作家、マーロン・ジェームスがブラッド・ピットと語り合った政治、映画、国際支援

BY MARLON JAMES, PHOTOGRAPHS BY CRAIG McDEAN, STYLED BY JASON RIDER, TRANSLATED BY MIHO NAGANO OCTOBER 29, 2016

3. ブラッド・ピットは、セレブリティが持論を披露することについて、人々がどう思っているか、とてもよくわかっている。

でも、僕がこのインタビューを引き受けた理由のひとつは、恥ずかしながら、世界中に彼が普通のやつだと知らしめる以上のことをやってやろうと思ったからだ。だって、ピットが普通の人間だって考えはどうみてもバカげてるだろう。グーグルで彼の名前を検索すると、ざっと4500万件の結果が出るんだ。「Brad Pit」と、あえて「t」をひとつ抜かして検索したって1000万件近くの検索結果が出る。これって結局、『テルマ&ルイーズ』(’91)でセクシーな泥棒を演じた男が、ちょい役なんてものはこの世に存在しないと証明したってことじゃないだろうか。かつて誰かが、ブラッド・ピットは主演俳優の容姿をもつ性格俳優だと言ったのは有名だし、それは真実だが、彼はハリウッドが生んだ最後の本物の映画スターでもある。僕は彼に、子どもの宿題を見てやるのが好きかどうかなんて聞こうとは思わない。

 その代わり、英国がEUを脱退したことをどう思うか聞いた。「本当に、あんなことが起こるとは想像もしなかった。トランプが大統領になるなんて、とてもじゃないが考えられないのと同じようにね。簡単に言えば、われわれを団結させるものがいいもので、われわれを分断させるものはよくないってことさ。『マネーショート』にこんな素晴らしい台詞があるんだけど……」と彼。自らプロデュースし、2008年に起きた世界経済破綻を描いたオスカー受賞作『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のことだ。「ものごとがうまくいかず、その原因が見つからないとき、われわれは簡単に敵をつくり出す」。敵をつくり出しているとき、われわれは自分の目の前にある存在しか見ていないことが多い。たとえば同性愛者とか、と僕は言った。「あるいは不法移民とかね」とピット。

彼はなにも、病理の一形態としての過激主義や偏見、宗教中心主義や恐怖、あるいはまた、トランプ支持者やキリスト教右派といったものに興味津々だからこんな話をしているわけではない。彼がもし映画スターとして成功しておらず、出身地の州に今もずっと住んでいたら、そんな世界が彼の人生だったかもしれないからだ。
「オクラホマやミズーリ南部の出身者として、故郷の人たちがトランプ支持に傾きがちなのを見ると、それがなぜなのか理解したいと思うんだ」。「どうも、いちばん苦しい状況にある人たちは、自分たちを痛めつけるような政党に投票してしまう傾向があるように思うんだ」と彼は続けた。「だからこそ、彼らがなぜそう考えるのか、理解したいと思う。それには金が大いに関係してるんじゃないかな」と僕は言った。

たとえば、ルワンダを植民地支配していたベルギーは、ツチによるフツの支配を支援し、両者の間に恨みを募らせ、それが虐殺の引き金になったのではないかと。彼はそれに同意した。でも、最近、ワシントンD.C.のシンクタンク、ブルッキングス研究所の学者と話した際、ピットは単純に経済だけで紛争の原因を説明することはできないという別の視点も得ていた。「理解しなくちゃいけないのは、われわれのDNAに刻み込まれた何かがあるってことだ。ほとんどのアメリカ人はCNNやFoxやアルジャジーラを見る時間なんてない。家賃を払うために働き、子どもたちに食事をさせ、家に帰る頃には疲れ果てて何も考えたくなくなっている。そんなときに突然トランプの“声”が聞こえてきたら―それが内容のある話じゃなくても、すべてのことにもううんざりだと彼が言うのを聞くと、DNAの何かが反応してしまうんだ」

 それは確かに一理ある。社会の中でどう行動するか、差別や、誰を愛して誰を憎むかという選択をする感情や思考のプロセスすらも偏見の根っこは生物学的なところにある。でも、だからといって、なぜトランプが言うことを人々は鵜呑みにしてしまうんだ?「僕がいちばん望みをかけているのは、われわれがグローバルな社会の一員だってことだ。互いが互いを、だんだんと理解し合うようになってきている。でも一方で、孤立と分断への反動も再び生まれているよね」。ピットは肩をすくめて言う。多くの人々が孤独を感じているんじゃないか。そして、やはり自分自身の生い立ちから、それがどんな気持ちか、ある程度はわかると。
「トランプ支持者は、あらゆるものと戦ってるんだ。でも、自分たちの国を取り戻すって言うけど、それはいったいどういう意味なんだ? 誰かお願いだから説明してよ」。ピットはいたずらっぽさと、まったくの真剣さが混じり合った瞳で僕を見て言った。「この国はいったいどこへいくんだ?」

僕は世界中に彼が普通のやつだと知らしめるためにこのインタビューを引き受けたんじゃない。だって、ピットが普通の人間だって考えはどうみてもバカげてるだろう。グーグルで彼の名前を検索すると、ざっと4500万件の結果が出るんだ。

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