10月末から12月中旬まで開催された「国際文芸フェスティバルTOKYO」。そのメイン企画のひとつに、村上春樹の海外進出を担ったアメリカ人編集者や翻訳者たちが登壇。国境も言葉も軽々と飛び越える“表現”について熱く語ったイベントの中身をレポートする

BY SAYAKA HOSOGAI, PHOTOGRAPHS BY SODO KAWAGUCHI

 日本人が書いた作品を英訳するうえで、どんな点に注意しているのだろう。
「原作に忠実に訳さないといけないわけですが、そこで忠実とは何かが問題になる。一つ一つの言葉をただ英語に置き換えることがいい翻訳ではありません」と言うのはジュリエットさん。

「英語としての流れがよく、英語圏の読者にとって読みやすくするために、オリジナルの文章をカットして短くすることも、パラグラフを入れ替えることもあります。日本の読者は、日本語として流れが悪くても翻訳だから仕方がないと受け入れてくれますが、アメリカ人は、ちょっとでも不自然な英語だと感じたら、まず読みませんからね。また、日本の作品では『悲しい』『寂しい』という言葉が非常に多く使われがちです。日本語の場合、不思議なことにそれほど重たく感じないけれど、『sad』『lonely』と全部訳してしまうと英文ではすごく重くなってしまう。その兼ね合いが非常に難しい」

画像: 芥川賞作家、小野正嗣さんの質問に答える形で、興味深いエピソードが次々と明かされていった

芥川賞作家、小野正嗣さんの質問に答える形で、興味深いエピソードが次々と明かされていった

 アルフレッドさんもこれに同意する。「アメリカは特にそうですが、英語圏では一般に繰り返しを嫌います。そういう文化からすると、日本語をそのまま訳したのでは、くどくて単調な感じがしてしまう。だから僕自身は、繰り返しがあるたび違う言葉を探し、文章の裏にある意味が表面に表れるようにする。英語は動詞が豊かで幅広いので、形容詞より動詞を多用して文章に深みを出しています」

 エルマーさんによれば、日本の作家は「へん」という言葉をよく使うという。「『へん』を単に『strange』と置き換えただけでは、読者に何も伝わりません。何がstrangeなのか、異なるからか、普通ではないからか、バカげているからか、受け入れがたいからなのか……その言葉のより深いところにある意味を翻訳者から引き出してあげるのが、編集者である自分の仕事だと思っています」

 アルフレッドさんとエルマーさんが1989年に村上春樹の『A Wild Sheep Chase(羊をめぐる冒険)』を出したときは、1970年代と結びつくものを本文や章タイトルから外すという大胆な編集・翻案も行った。当時のアメリカの出版市場が、同時代的な作家と作品を強く求めていたためだ。
「ハルキは自分自身でも英語の小説を数多く日本語に訳しているから、翻訳というものを理解していて、僕たちにわりと自由を与えてくれる。翻訳書はオリジナルではありません。その翻訳者の解釈を具現化したものです。英語圏の読者にとって、原作をできる限り楽しく、できる限り興味深いものにしていくことが大事なのであって、この翻訳が正しいということはないんですよ」

画像: エルマー・ルークさんは、村上春樹をはじめ日本文学の英語版を最も多く編集している伝説的編集者だ

エルマー・ルークさんは、村上春樹をはじめ日本文学の英語版を最も多く編集している伝説的編集者だ

 ジュリエットさんは、同志社女子大学で長年、翻訳を教えている。「みなさんも英作文で習ったと思いますが、英語はトピックセンテンスが大事。パラグラフの最初に書く文章で、『私はこれが言いたい』ということをまず簡潔に言います。ところが、英語を日本語に訳すのを教える教科書を見ると、『トピックセンテンスはいらないから取りなさい』と書いてある。日本語では、言いたいことをあとからにおわせます。英語と逆なんですね」

 現在のところ、英語のロジックで書いている日本の作家は知らないとジュリエットさんは言う。ただ、その一方で、「アメリカの影響力が圧倒的に強い日本では、文法が英語化しているところもある」とアルフレッドさんは指摘する。
「昔の日本文学は、主語をあやふやに書くことが多かったけれど、今の若い作家たちは『○○が言った』と簡単に書くようになりました。それを僕は『雑誌の文体』と呼んでいます。文体の味よりも、場面場面がはっきり見えてくるようなビジュアルな表現が重視される。日本語は、特に人間関係において友好的に曖昧さを使ってきました。そういう曖昧さが、英語よりも非常に発達しているのが面白い。自然を表現する言葉、擬態語や擬声語が多いのも好きですね」

画像: 司会を務めた作家、小野さんは自らも、フランス語や英語で書かれた作品を日本語に翻訳している

司会を務めた作家、小野さんは自らも、フランス語や英語で書かれた作品を日本語に翻訳している

 ジュリエットさんは16歳のときに習った「ぽかぽかと暖かくなると梅の花が咲きます」という日本語の響きに、今も魅せられているそうだ。「単に暖かくなるんじゃなく、ぽかぽかと暖かくなる。いったいどういう意味だろうと考えるのが楽しくて、日本語って面白いなあと思いました。

それと、日本では自分をほめることはまずしないでしょ。『私はスペイン語が大変上手です』なんてことは言わない。謙遜が当たり前というところも英語とかなり違うし、素晴らしいところですね。もう一つの特徴は感謝の気持ち。『○○してもらう、していただく、してくださる』といった表現は日本語独特で、相手に感謝していないとうまく使えません」

 アメリカの翻訳者や編集者たちの話から、日本語や日本文化について考える手がかりをもらったような気がする。彼らが手がけた英語訳の日本文学をオリジナルと読み比べてみたら、また新たな発見がありそうだ。

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.