3作目となる小説『人間』を上梓した作家、又吉直樹。38歳の主人公の過去、現在、そして“その後”を描いた物語を通して、作家は何を描こうとしたのか

BY TOMOSHIGE KASE, PHOTOGRAPHS BY YUTO KUDO

『火花』『劇場』に続く、又吉直樹の小説『人間』。今年5月まで続いた毎日新聞の連載が単行本として上梓された。「以前、街の風景写真の上に“人間”とプリントしたTシャツを作ったことがあったり…… 折々にこの言葉を使う機会がありました。いつか人間というタイトルで小説が書けたらいいなあ、と思っていたんです」。そんなときにたまたま新聞連載のオファーが来た。

「ちょうど38歳でした。僕が好きな作家の太宰治も、38歳のときに『人間失格』という小説を書いています。人間という言葉を好きになった理由は、たぶんこの『人間失格』というタイトルにあります。人間を失格しているってどういう状況なのか。そんな状況も含めて人間じゃないか。でも太宰はそこまでわかったうえで失格していることを書こうとしたんじゃないか…… と、どこまでも掴めない感じがすごく面白い」。小説を書き始めたときの自身の年齢も、タイトルの決定を後押ししたという。

画像: 又吉直樹(NAOKI MATAYOSHI) 1980年大阪生まれ。吉本興業所属のお笑い芸人。コンビ「ピース」として活動。2015年、『火花』で芥川賞を受賞。その他作品には小説『劇場』、エッセイ『第2図書係補佐』『東京百景』などがある

又吉直樹(NAOKI MATAYOSHI)
1980年大阪生まれ。吉本興業所属のお笑い芸人。コンビ「ピース」として活動。2015年、『火花』で芥川賞を受賞。その他作品には小説『劇場』、エッセイ『第2図書係補佐』『東京百景』などがある

 38歳の又吉直樹が38歳の人間を書いたのは、ある種の偶然が重なった結果かもしれないが、ことが起きるのはつねに偶然にほかならない。それにしても「人間」とはスケールの大きな題材だ。
「僕が書く分にはいいのかな、と思ったんです。それこそ大御所の作家なら人間のすべてを書き切らなくちゃいけないかもしれない。もっと言えば、いろんな作家が書いた小説を100冊集めて、その全体のタイトルになるくらいのもの。でも僕はどれだけ頑張っても人間の一端しか書けません。自分から見える範囲の人間ってこんな感じ、というのが書けたらいいなと。確かに大それたタイトルですが」

 絵や文章での表現を志してきた本作『人間』の主人公・永山は、38歳の誕生日に古い知人からメールを受け取る。それは美術の専門学校に通っていた学生の頃、「ハウス」と呼ばれる共同住居でともに暮らした仲野がある騒動のなかにいる、というものだった。

 永山の脳裏に、芸術家志望の男女と創作や議論に明け暮れた「ハウス」での日々が甦る。「38歳の主人公が若い頃を振り返って、そして今何を考えているのか、何をしているのかを書きたいというのが、この小説の動機です」

 本作は全3章の構成。1章が永山の過去、2章が雑誌にエッセイやイラストを寄稿して暮らす38歳の永山の現在、そして3章が永山の“その後”だ。
永山が学生だった頃を書いた1章の結末は、きわめて苦いものである。「『火花』で“生きている限りバッドエンドはない。僕たちはまだ途中だ。”という言葉を書きましたが……主人公の時間は、物語が終わったあとにも流れています。今現在流れている時間は劇的ではなくても、やはり過去に挫折を経験している人物がいい。初めから、38歳の語り手の思い出は決して楽しいものではないだろうと考えていました」

 続く2章が38歳の永山の現在である。彼の苦い過去のなかにいた仲野と、「ウエーブがかった長髪が頬まで覆っている」「文芸誌に発表した作品が芥川賞を受賞した」、又吉自身と非常によく似た影島という芸人が登場する。影島はブログのなかで執拗に仲野を批判する。この部分が2章のエンジンになっている。
「影島のブログの部分は一気に書きました。僕自身が影島に似ている部分もありますが、やはり影島という人物を設定したときに、彼ならそう感じるのだろう、と考えて書きました。物語が進むにつれて、影島は常軌を逸するような感じになっていきましたね」

 現在の永山は、影島のブログの言動を批評的(批判的ではなく)に見つめている。その38歳の視点は確かに現実的ではある。しかし物語を動かすエンジンである影島のブログ以外のディテール──つまり38歳の永山の実生活を描いた部分──は現実的というよりも幻想的で、どこか曖昧だ。否、それはディテールではなく確かに主人公の人生のひとつであり、『人間』という作品を支える基礎のひとつであり、面白みのひとつであろう。

「永山は語り手ですが、だいたい語り手の語ることをすべて信じていいのかどうか。実際後々、永山は若い頃の思い違いを再会した人物に指摘されていますし。そもそも人間なんて曖昧でいいじゃないか、とも思っているんです。あらゆる肩書きや性別を取っ払ったところに人間が在る、ともいえる。影島も芸人か小説家かを問われて『どっちでもええ』なんて言っていますから」

 

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