BY MARI SHIMIZU
5月12日、歌舞伎座は予定より9日遅れで「五月大歌舞伎」の初日の幕を開けた。第三部の『春興鏡獅子』に出演中の尾上菊之助さんは「このような状況下に劇場まで足をお運びくださったお客様の、貴重なお時間をいただいいていることを噛みしめながら」舞台に臨んでいるという。
11日までとされていた東京の緊急事態宣言は、5月末まで延長されたが、劇場への休業要請は緩和。客席収容率50パーセントでの公演が認められたのである。
「『鏡獅子』は九代目(市川)團十郎さんがおつくりになり、曽祖父の六代目(尾上)菊五郎がその教えを受け、祖父(七代目尾上梅幸)、父(菊五郎)と受け継がれてきた大切な演目です。お客様に楽しんでいただくことはもちろん、この演目を磨き上げてくださってきた先輩方に感謝を込めて、ひと振りひと振り大切に勤めています。コロナ禍の経験を通して、伝統を絶やしてはいけないという思いはさらに強くなりました」
勇壮な毛振りが有名な『鏡獅子』、その物語は江戸城の大奥から始まる。新年の行事の余興として小姓の弥生が将軍の御前で踊りを披露することになったのだ。最初は恥ずかしがって嫌がっていた弥生だが、ふくさや扇などを用いてさまざまな舞を披露するうちにだんだん興に乗っていく。そして小さな獅子頭を手にすると、その獅子頭に導かれるようにどこかへ去ってしまう。再び姿を現したとき、その姿は獅子へと変じていた。
「獅子頭が勝手に動き出し、それに引っ張られるように弥生が花道を引っこむところなどは子供心に面白いと思って見ていました。弥生と獅子の魂が交わり、やがて獅子の精となっての毛振りにつながっていきます。十代の初々しい娘が将軍の前に連れ出されて踊るという緊張感と獅子になってからの解放感には、何か変身願望を満たすような部分もあり、そこにこの作品の面白さがあるように思います」
菊之助さんが弥生から獅子の精へと“変身”している間、舞台を盛り上げるのは、一昨年5月に初舞台を踏んだ菊之助さんの長男・尾上丑之助さん(7歳)と、坂東彦三郎さんの長男・坂東亀三郎さん(8歳)だ。演じているのは胡蝶の精で、ただかわいいだけでも観客を納得させてしまう年齢ながら、それに甘んじることなくしっかりとした踊りを披露している。
「子供であっても舞台に立たせていただく以上は、日本舞踊として、そして役者の踊りとして成立していなければなりません。そのためにふたりとも一生懸命お稽古してきました。初日が延期になった時も『これまでのお稽古は決して無駄にならないから幕が開く準備をしよう』と話して続けておりました」