映画や演劇やテレビ、そしてビジュアル・アートやソーシャルメディアの分野で、より多くのろう者(聴覚障害者)のクリエイターたちが「アメリカン・サイン・ランゲージ」を使い、手話を表現文化に組み込んでいる。彼らはそうすることで、長い間ずっと沈黙させられてきたコミュニケーションの手法を人々に伝えているのだ

BY JAKE NEVINS, ARTWORK BY CHRISTINE SUN KIM, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 昨年8月、ロックダウンに入って数カ月後に、レイヴェン・サットンはTikTokに短い動画を投稿した。ワシントンD.C.に住む25歳の黒人ダンサーで、ろう者のサットンは、その動画の中で、カーディ・B作詞のラップ曲『WAP』を手話であるアメリカン・サイン・ランゲージ、通称ASLでカバーした。手話は、英語とともに彼女が生まれたときから使っている言語だ。ベージュの丈の短いトップスを着てフープ型のピアスをつけたサットンは、ミーガン・ザ・スタリオンが歌った歌詞を手話で伝えた。カメラに向かって恥ずかしそうな視線を向けながら「私をむさぼり、私を飲み込み、私の身体の脇を滴り落ちる」というフレーズを、ろう者の視聴者たちに向けて表現した。

サットンはもちろん音楽を物理的に「聴く」ことはできない。だが、幼い頃からダンスを踊ることに親しんできた彼女は、膨大な語彙を表現できる複雑な言語である手話を通して、感情や気持ちをリズムに乗せて表現する方法を見つけた。スピーカーから響いてくる重低音の振動に注意深く気を配り、8カウントを数えて、歌詞が始まるタイミングに合わせる。サットンは35秒間の動画を投稿すると、アプリを閉じて数時間別のことをして過ごしていた。彼女が再びアプリをチェックすると、数千の「いいね」とコメントが書き込まれており、しまいにはカーディ・B本人が、その動画をリツイートするに至った。

 耳が聴こえる聴衆は、長い間ASLを無視してきたか、もしくは、少なくとも手話については何も知らず、ASLには創作表現をするうえで、ほぼ無限の可能性があることも知らなかった。そんな彼らにとって彼女の動画は好奇心をそそられるものだった。サットンの振り付けがあまりにもエキサイティングなので、あなたは本当にろう者なのかとサットンに尋ねた人もいる。また手話通訳者を介してのビデオ通話でわかったことだが(この記事のためのインタビュー取材はすべてこの形式で行われた)、サットンが、この歌のタイトルでもある繰り返しのフレーズ(註:『WAP』には女性器を意味する言葉が含まれている)を何種類かの違った手話の形で表現したのはなぜなのか、と尋ねた人たちもいたという。両手をVの字型にしたり、腰を素早く回したりしたのはなぜなのかと。ろう者の言語として200年以上前に確立されたアメリカン・サイン・ランゲージが、これまでいかに多くの人に誤解されてきたかを考えれば、こんな質問を受けることも想定内だ。

画像: 《楽譜を書くこと、書き残すこと、書き残すこと》(2021年) この記事のために、ベルリン在住のアメリカ人アーティストでろう者のクリスティン・スン・キムが作品を描いてくれた CHRISTINE SUN KIM, “NOTATING TRANSCRIBING TRANSCRIBING,” 2021, CHARCOAL ON PAPER. PHOTO BY STEFAN KORTE

《楽譜を書くこと、書き残すこと、書き残すこと》(2021年)
この記事のために、ベルリン在住のアメリカ人アーティストでろう者のクリスティン・スン・キムが作品を描いてくれた
CHRISTINE SUN KIM, “NOTATING TRANSCRIBING TRANSCRIBING,” 2021, CHARCOAL ON PAPER. PHOTO BY STEFAN KORTE

ASLは、健聴者がしばしば想像するように、英語をジェスチャーで表現したり字訳したりするだけではない。文法や構文のうえでもほかの言語に引けを取らないほど進化した視覚言語であり、表現の仕方や文の構造には空間と時間が多面的に使われている。手話では、あるひとつの状況を設定することが多い。そして、それにふさわしい文字を、お互いの空間での位置関係を考慮しつつ配置していく。その点では、演劇の演出に似ているのだ。ASLが英語とかなり違うのは、主語と述語の構成だ。目的語がまず先にくることが多い。たとえば「本が好きだった」(註:英語では"liked a book"の語順)と言いたい場合、手話では「本」が最初にきて、その次にそれについてどう感じているか、がくる。サットンにとって、この曲の常識を覆すほど挑発的なタイトルを繰り返すフレーズは、歌詞で語られる状況に合わせ、ASLを使って、その都度さまざまな形で表現することができるのだ。「ミーガンが、違った種類の…について語る箇所があるけど」と彼女は歌の題名を口にするのをためらいつつ笑いながらそう言った。「彼女はいくつもの違った状況での話をしているでしょう? 彼に大学の学費を払ってと言っていたり、携帯で写真を撮ることを言っていたり」

 この動画がネット上で話題になって以来、サットンはTikTokを使ってダンスを披露しつつ、大勢の健聴者のフォロワーたちにASLを教えてきた。パンデミックの最中に自宅待機を強いられているろう者のクリエイター一派のひとりとして、自分の人気を上手に使い、ろう者の現状を世に知らしめ、さらに、人々の手話への理解が深まるように尽力している。「デジタル・コミュニケーションのさまざまな手法に対し、ろう者たちは非常に素早く適応してきた」と語るのは、テキサス州オースティンにある全米ろう者センターのディレクターで、41歳のキャリー・ルー・ガーベログリオだ。このセンターは「Deafverse(ろう者の詩)」という名の、初のASL話者用のアドベンチャー形式のビデオゲームを2019年に開発した。それ以前にも、ろう者たちは、テキストを送るテレタイプライター(TTY)の技術や絵文字を使いこなし、ろう者同士の仲間内のコミュニティをインターネット上で形成し、育んできた実績がある。ソーシャルメディアが普及すると、SNSはコミュニティをまとめるパイプラインの役割を果たし、これまで伝統的にろう者たちの進出を阻んできた組織や企業の権力という門番を通さずに、彼らが自由に活躍できるようになった。

※ 掲載商品の価格は、特に記載がないかぎり、「税込価格」で表示しています。ただし、2021年3月18日以前に公開した記事については「本体価格(税抜)」での表示となり、 掲載価格には消費税が含まれておりませんのでご注意ください。

 

This article is a sponsored article by
''.