目の前に淡く広がる日常の景色と、心に浮かびあがる光景をゆっくりとときほぐしていくーー。うたかたのように見えて澱となり、ほのかに香りだち、いつしか人生を味わい深く醸す日々のよしなしことを、エッセイストの光野桃が気の向くままに綴る。連載第五回目は、ふと画面から聴こえてきた、闇を歩きながらの対話に引き込まれ…… 

BY MOMO MITSUNO

 ある時、スマホのテレビ画面からからこんな声が聴こえてきた。
「なんだかフワーとしてきちゃいました。あああ。いい気持ち」 
 画面を観ると、真っ暗な中にひとがうごめいている。今はこんな漆黒の闇の中でも細かい表情までしっかり捉える、高性能のカメラがあるのだ。 
 その声はまぎれもなく、わたしが日本で一番好きと言っても過言ではない、俳優の片桐はいりさんだった。
 真一文字に魂を貫く知性。手足の先まで鍛えられた洗練の動き。いつでもどこでも何か面白い、見たこともないようなものを探している、という好奇心。その年齢がもうすぐ還暦とは驚くが、はいりさんらしい清潔感と可愛らしさを兼ね備えた麻の白い丸襟ブラウス姿は、他のだれにもまねできない。自分の隠し持つ毒の量をわかっているひとならではの、知的なおしゃれだ。

画像: 京都の知人が送ってくれた山野草の寄せ植え。苔がいい感じの大地感を出していて、いつまででも眺めてしまう

京都の知人が送ってくれた山野草の寄せ植え。苔がいい感じの大地感を出していて、いつまででも眺めてしまう

 番組はNHKの「SWITCHインタビュー」だった。二人のゲストが互いにインタビューをしあうクロストーク番組で、わたしが観た時は体験作家で暗闇ガイドの中野純さんを、はいりさんが訪ねて一緒に闇の山を歩く、というものだった。
 中野さんの手掛けた闇の本はたくさんあり、三時間かけておこなうという深夜の山歩きも有名だが、不勉強で、中野さんのお声を聴くのは初めてだった。
 画面の中では、はいりさんが暗闇の山の中を、時折あげる「ひえー」とか「ああーっ」と言った悲鳴というか感嘆詞とともに、一歩ずつゆっくりとのぼっていく。光のない山は真っ暗で冷酷な印象だが、はいりさんの気配のせいか、なぜか優しい印象である。あくまですいすいと、細くしなやかな肉体で昇っていくはいりさんは、とても美しい。
 しばらくすると休憩場所に到着。といっても何があるわけではない。地面に直接タオルなどを敷いてごろごろする。
 「ああ、なんだか体も軽くなったみたい」
 はいりさんがつぶやくと、中野さんは「こういうこと、闇歩きと言うんですが、やらなきゃと思ってやる、というより、リラックスした気分でやるのがいいですね」
 はいりさんが「何にも見えない」と言えば、中野さんもゆるーい声で、「見えなくてもいいんですよ」と返し、視力も関係ない、だいたいのところでいいんじゃないかな、と続ける。するとあら不思議、観ているわたしまで、肩や腰の力みが消える。見るのは目じゃなくて五感? 下山する頃には、テレビのこちらにいるわたしも、余計な思考や感覚を取り除かれ、さぞすっきりしているだろう。

画像: 枯れて乾いて、ドライフラワーになっても、官能的な山芍薬の花と葉。他にれんげしょうま、石菖、金華山すすきなど PHOTOGRAPHS BY MOMO MITSUNO

枯れて乾いて、ドライフラワーになっても、官能的な山芍薬の花と葉。他にれんげしょうま、石菖、金華山すすきなど
PHOTOGRAPHS BY MOMO MITSUNO

 さて、テレビの場面は変わって、はいりさんが若い頃、もぎりをしていた映画館の紹介があり、ひとけのない映画館の客席で、しばし映画や舞台の話になった。
 今、はいりさんは、新しい仲間である、マイム系の表現をする劇団と関わっている。
 はいりさんは言う。
「ある日、練習のとき、突然思ってしまったんです。もう、努力はしなくていいって」  
「みんな訓練のし過ぎなんですよ。毎日訓練して、努力して,今日よりも明日、明日よりもあさって、と一歩づつでも良くなっていかなければならない、研ぎ澄まされなければならない、という日本人的な考え方はもうやめよう」。
 中野さんも言う。
「ぼくたち昭和25年頃からしばらくの間に学生だったひとには、そういう教育が施されたと思うんです。進化は善というね。今日一歩、明日も一歩。どんどん上へ上へと行かないと満足できなくなる。自分の欲しいものが見えなくなる。でも、同じところに留まって続けることで、手探りだったものが見えてくる。だまってそこにいる。そして、その場所が自分の場所だ、と感じたら深く掘り下げていく。もう、ぼくたちは、それだけでいいんじゃないかな」
 呼吸でからだをゆるめ、自分の立ち位置をじっくり眺め、ゆっくり降りてゆく。
「なんとなく見えれば、もうそれでいいんじゃないかな」と中野さん。
「鮮明に見えなくてもいい。大体で」とはいりさん。
 もう競争もしたくなければ、マウントを取るなんてとんでもない。そんなことをしていたら、死にたくなるばかりだもの。
 大体でいい。
 部屋の暗闇のなかで、わたしはしずかにスマホを消した。

画像: 光野桃(みつの もも) 1956年、東京生まれ。クリエィティブディレクターの小池一子に師事、その後、ハースト婦人画報社に勤務し、結婚と同時に退職。ミラノ、バーレーンに帯同、シンガポール、ソウル、ベトナムで2拠点生活をおくる。著書に『おしゃれの幸福論』(KADOKAWA)『実りの庭』(文藝春秋)『妹たちへの贈り物』(集英社)『白いシャツは白髪になるまで待って』(幻冬舎)など多数。

光野桃(みつの もも)
1956年、東京生まれ。クリエィティブディレクターの小池一子に師事、その後、ハースト婦人画報社に勤務し、結婚と同時に退職。ミラノ、バーレーンに帯同、シンガポール、ソウル、ベトナムで2拠点生活をおくる。著書に『おしゃれの幸福論』(KADOKAWA)『実りの庭』(文藝春秋)『妹たちへの贈り物』(集英社)『白いシャツは白髪になるまで待って』(幻冬舎)など多数。

【光野桃の百草スケッチ】エッセイ一覧へ

T JAPAN webの
編集デスク・WEBエディター募集

応募する
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.