BY REIKO KUBO
引きこもりの父親から娘への壮絶なラブレター、『ザ・ホエール』
『ハムナプトラ』で花形スターの階段を駆け上がったブレンダン・フレーザーは、度重なる怪我に加え、プロデューサーからの性的虐待を告発したためにブラック・リストに載せられるなどの事情が重なり、ハリウッドの第一線から遠ざかっていた。そんな彼が、『レスラー』や『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー監督作の主演を射止め、アカデミー主演男優賞を手に復活を果たしたのが『ザ・ホエール』だ。フレーザーが演じるのは、恋人アランを亡くした悲しみから引きこもり、体重272キロのクジラのような体になってしまった文学講師チャーリー。顔出しなしのオンライン講座で食い繋ぎ、心不全の発作に見舞われると、メルヴィルの「白鯨」についてのエッセイを苦悶の中で唱える。余命を悟った彼の唯一の心残りは、8年前に離婚した妻の元に残してきた一人娘だった。
親友の看護師や若い宣教師、そして娘と元妻、窓辺にやって来る小鳥など、それぞれとの関わりによって、チャーリーの心が開いてゆく5日間の壮絶なドラマ。娘のエリー役のセイディー・シンク(「ストレンジャー・シングス 未知の世界」)、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた看護師役のホン・チャウ、愛憎を吐露する元妻役のサマンサ・モートンらの助演も光りまくる。そしてチャーリーの強迫観念や罪悪感を雄弁に物語るのが、クジラのような身体!毎日4時間かけてこの身体を作り込んだチームのテクニックとパワーにも圧倒される。さらにチャーリーがエリーに伝えたかった「最高のエッセイ」の謎が明かされるとき、涙腺は決壊する。
『ザ・ホエール』
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
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闇に躍る狂気とミソジニー『聖地には蜘蛛が巣を張る』
イランの聖地マシュハドで、夜の街に立つ娼婦を次々と狙った連続殺人事件が起こり、遺体に「街を浄化する」と犯行声明を残す犯人を街の人々は“スパイダー・キラー”と呼んでいた。テヘランからやってきた女性ジャーナリスト ラヒミは独自に取材を始めるが、街には犯人を英雄視する空気が立ち込める。事件を追うラヒミに対し、聖職者の判事は威嚇し、警察幹部は性的な視線を送ってくる。セクハラ被害の末、首都テヘランでの職を不当に追われた過去があるラヒミの物語と、スパイダー・キラーの物語がスリリングに交差するとき、ラヒミは身の危険を冒して……!
監督は、前作『ボーダー 二つの世界』でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門のグランプリを獲得したアリ・アッバシ。イランで生まれ、北欧に留学し、今はデンマークを拠点に活動する鬼才が、満を侍して故国の実話をもとに描く意欲作だ。ラヒミを演じるのは、彼女自身、性的な映像流出スキャンダルによって、イランの国民的女優としてのキャリアを絶たれ、フランスへの亡命を余儀なくされたザーラ・アミール・エブラヒミ。その迫真の演技によって、彼女はカンヌ国際映画祭の女優賞に輝いた。闇に蠢く狂気をゆらゆらと炙り出すフィルム・ノワールのエンディングは、ミソジニー連鎖の終わりのはじまりを描いて観る者を震え上がらせる。
『聖地には蜘蛛が巣を張る』
4月14日(金)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、 TOHO シネマズ
シャンテ ほか全国順次公開
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伝説の女性監督の代表作を一挙上映!『シャンタル・アケルマン映画祭2023』
昨年、英国映画協会発行の「サイト&サウンド」誌が選ぶ史上最高の映画100選で、『めまい』や『市民ケーン』を抑え、堂々1位に輝いたのが、シャンタル・アケルマン監督の『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』だ。『去年マリエンバードで』で知られる女優デルフィーヌ・セイリグが演じるシングルマザーが、湯を沸かし、ジャガイモを茹で、食器を洗い、息子の靴を磨き、生活の糧を得るため売春する。そんな日々の動作を淡々と映し出す作品は、3時間を超える長尺ながら緊張感に満ち満ちて、ジャガイモを焦がすという日常から外れた出来事を境に悲劇の予感がじわじわと漂い始める。アウシュヴィッツを生き延びた最愛の母が、戦後、家父長制のもと、家庭の囚人となったことへの怒りを描いたという女性映画のさきがけ的作品を、アケルマンは1975年に25歳という若さで撮った。自らを「闘わないフェミニスト」と呼んだ、早熟な映画作家の世界を存分に味わえる『シャンタル・アケルマン映画祭2023』が開催される。
日本初公開のデビュー作『街をぶっ飛ばせ』では、アケルマンが自作自演でアパートの階段を駆け上がり、鼻歌交じりにキッチンを破壊する。彼女の18歳の若さが弾ける処女作には、『ジャンヌ・ディエルマン〜』の原型がそのまま映し出されて驚かされる。そのほか1970年代のニューヨークの荒涼とした街並みに、故郷からの手紙を読む声が重なる『家からの手紙』や、パリを舞台にしたミュージカル『ゴールデン・エイティーズ』等の未公開作が5本。加えて代表作『ジャンヌ・ディエルマン〜』、『アンナの出会い』や『囚われの女』など、生と死を見つめ続けたアケルマンが観るたびに新しい気づきをくれる監督作、計10本が上映されるこの機会をお見逃しなく!
『シャンタル・アケルマン映画祭2023』
〜4月27日(木)ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催中 ほか、全国順次ロードショー
公式サイトはこちら
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