BY REIKO KUBO
江戸時代を舞台に黒木華の好演が光る美しい青春映画『せかいのおきく』

演技派として揺るぎない地位を確立している黒木華。時代劇ならではの佇まいや所作の美しさでも観客を魅了する
©2023 FANTASIA
江戸の末期。武家の娘おきくが、寺子屋で子どもたちに読み書きを教えた帰り、雨宿りした厠のひさしの下で、古紙や下肥を売り買いする矢亮と中次と出会う。おきくは武家の娘ながら、今は父の源兵衛(佐藤浩市)とともに長屋暮らし。中次と矢亮は最下層の仕事と蔑みを受けることもあるが、日々明るさを忘れない。人気の阪本順治監督が初めて時代劇に挑んだ『せかいのおきく』は、身分の違う男女3人が心通わせていく青春映画。

中次を演じる寛一郎(左)は、今作で父・佐藤浩市との共演も果たす。矢亮を演じるのは実力派の池松壮亮
©2023 FANTASIA
背筋を伸ばして墨をする。空に向かって柏手を打つ。握り飯を握る。たおやかな着物姿も所作も見事な黒木華が、やがて悲劇に見舞われるおきくを好演。そして、しんしんと降り積もる雪の中のおきくとのシーンが美しい中次に寛一郎、飄々としながら哀しみを秘めた矢亮に池松壮亮。主演3人に加え、長屋仲間の石橋蓮司、僧侶役で登場の真木蔵人ら、阪本組の常連が人情や笑いを運び、源兵衛役の佐藤浩市が寛一郎との親子共演の場で「“せかい”って言葉、知ってるか? 惚れた女ができたら言ってやんな、俺は “せかい” で一番お前が好きだって」と粋なセリフでキメてみせる。
江戸の四季を映し出す美しいモノクロ映画だが、要所要所でスクリーンがカラーに染まるという演出も。若者3人が “せかい” に向けて歩き出す、ラストの清々しさが心に焼き付く話題作だ。
映画『せかいのおきく』本予告《90秒》
www.youtube.com『せかいのおきく』
全国公開中
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セーヌ川に浮かぶデイケアセンターから精神医学の現場を見つめる『アダマン号に乗って』

「アダマン」は、精神疾患のある人々が創作的な活動を通じて社会と繋がりが持てるようにサポートしているデイケアセンターだ
© TS Productions ‒ France 3 cinéma ‒ Longride - 2022
『音のない世界で』『ぼくの好きな先生』など、観察者に徹する姿勢と温かいまなざしで多くのファンを持つ、フランスのドキュメンタリー監督ニコラ・フィリベールの最新作。今年のベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した『アダマン号に乗って』でフィリベールがカメラを持ち込むのは、パリ、セーヌ川に浮かぶ木造建築の船内で運営されている、精神疾患のある人々を受け入れているデイケアセンター「アダマン」。昨今のフランスでも、予算の削減や人手不足などによって、隔離室や身体的拘束が復活するなど、公的な精神科医療の問題意識の低下が叫ばれる中、この「アダマン」は絵画、音楽、文学、手芸、料理などなど、毎日さまざまなワークショップやイベントを通して、患者が再び社会とつながりをもてるようにサポートを続けている無料のセンターだという。患者も、医療ケアチームやワークショップのスタッフたちも自由に発言しながら、意見や議題を共有していく。

患者たちが困難や心の葛藤と向き合う姿を丹念に描き、誰もが感じる今の時代の生きづらさが浮かびあがる
© TS Productions ‒ France 3 cinéma ‒ Longride - 2022
『すべての些細な事柄』でも精神医学の現場をドキュメンタリーとして記録したフィリベールは、精神医学こそ私たちの人間性について多くを語る虫眼鏡、拡大鏡であるという。そんな彼が膨大な時間をかけて拾った患者たちの姿や言葉には、彼らが抱える困難とともに豊かな創造性や人生哲学が滲み、彼らを見つめる監督の温かい視線が多様性を尊重しようと静かに訴えかけてくる。
『アダマン号に乗って』本予告/ナレーション 内田 也哉子
www.youtube.com『アダマン号に乗って』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開中
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ベルリン国際映画祭で女性として初めて金熊賞を受賞したパイオニアの名作を一挙上映!『メーサーロシュ・マールタ監督特集』

イザベル・ユペール主演の1980年の作品『ふたりの女、ひとつの宿命』
©️ National Film Institute Hungary - Film Archive
昨年の盛況を受け、新たなライナップが加わったレトロスペクティブが各地で開催中のシャンタル・アケルマン監督に続き、女性映画のパイオニアの特集上映が始まる。その監督の名は、世界3大映画祭の一つであるベルリン国際映画祭で、女性として初めて金熊賞を受賞したメーサーロシュ・マールタ。1931年にハンガリーのブタペストで生まれ、ファシズムの台頭を避け、両親とキルギスに逃れたが、彫刻家の父親はスターリンの粛清の犠牲に、母も命を落とすという波乱の幼少期を過ごす。ソビエトの児童養護施設で育ち、第二次世界大戦後にハンガリーに帰郷したメーサーロシュは、閉鎖的な社会と闘わざるを得ない女性を描き続けた。

70年代の若者のカルチャーや閉塞感を表現した『ドント・クライ プリティ・ガールズ!』(1970年)
©️ National Film Institute Hungary - Film Archive
初期作品『ドント・クライ プリティ・ガールズ!』(1970年)では、アンナ・カリーナを思わせる可憐なヒロインの目覚めが、ビート・ミュージックに沸く若者たちの青春とともに焼きつけられる。女性初のベルリン国際映画祭 金熊賞受賞作『アダプション/ある母と娘の記録』(1975年)や『マリとユリ』(1977年)、『ナイン・マンス』(1976年/カンヌ国際映画祭 国際映画批評家連盟賞)は、仕事や自立、結婚や育児といったさまざまな議題を提示しながら、女性が時に連帯し閉塞的な社会に立ち向かう姿を描き出す。また裕福な女性からある契約を持ちかけられるユダヤ人ヒロインを描く『ふたりの女、ひとつの宿命』(1980年)は、主演のイザベル・ユペールが自らの重要な出演作として挙げる歴史ドラマ。
メーサーロシュの真摯なまなざしがとらえた女性たちの葛藤は、制作から半世紀を経てなお、現代を生きる私たちに気づきや共感を投げかけてくる。
ハンガリーの至宝 メーサーロシュ・マールタ監督特集 女性たちのささやかな革命 日本版予告篇
www.youtube.comメーサーロシュ・マールタ監督特集 女性たちのささやかな革命
5月26日(金)新宿シネマカリテほか全国順次公開
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