BY KANA ENDO
犯人は思いもよらない人物だった──『クラウデッド・ルーム』
1979年のニューヨーク。ダニー・サリバンは、ロックフェラーセンターで起きた発砲事件の容疑者として逮捕される。ダニーが共犯者として名を挙げた友人のアリアナや一緒に住んでいたというイスラエル人のイツァクなど、ダニーを取り巻く人物はことごとく姿を消しており、ダニーにさらなる疑いの目が向けられる。臨床心理士のライアは、幼少期から現在までのダニーの話を聞くうちにひとつの仮説に行き着く。ダニーを取り巻く人物たちは一体どこに消えてしまったのか、その答えは彼の人生そのものに隠されていた。
内気ながら親友と呼べる友人にも恵まれ、彼なりに楽しく過ごしていたダニーだが、危なっかしくピンチに陥ることもしばしば。そんな時はいつも誰かに助けられてきた。物語は事件当日や子供時代の話を、ダニーがライアに語っていくスタイルで進んでいくが、どこか不穏さが漂い、中盤以降のエピソードで物語は一気に加速していく。本作の一番の見どころはトム・ホランドの見事な演技だ。撮影終了後、一年間の休養を取ると宣言したことからも分かるように、ダニー役は俳優としての力量が試される非常に難解な役柄である。ドラマシリーズ初主演でこの難しい役を演じきり、さらに製作総指揮も務め様々な問題に対処しなければならなかったトム・ホランドのプレッシャーは計り知れないが、キャリアを代表する作品になったのではないだろうか。
また、本作は実際に起きた事件を元に書かれた、とある本に着想を得たドラマだ。作品名を知ってもネタバレにはならないものの、何も知らない状態で鑑賞する方が楽しめると思うので細かな言及を避けるが、ぜひ本作に隠されたサプライズでヒヤッと背筋を凍らせて欲しい。鑑賞後、答え合わせ的にもう一度観たくなること必至だ。
連続殺人犯か目立ちたがり屋か──生死をかけた綱渡りの潜入捜査『ブラック・バード』
麻薬売買で富を得ていたジミー・キーン。逮捕され10年の実刑判決を受けるが、誰とでもすぐ打ち解ける性格をかわれ、FBIから潜入捜査と引き換えに釈放をするという取引きを持ちかけられる。その任務とは、18人の連続少女殺人の疑いで収監されているラリー・ホールに近づき、遺体の埋葬場所を聞き出すことだ。重犯罪者用の刑務所で命の危険にさらされながら、持ち前のコミュニケーション能力で警戒心の強いラリーと親しくなっていくジミー。ラリーは真犯人なのか、それとも注目されたいがために虚言を繰り返しているだけなのか、ついに真実が明らかになる。
潜入捜査を命じられるジミー・キーンを演じたのは、『キングスマン』でブレイクし、『ロケットマン』でエルトン・ジョンを演じたタロン・エガートン。容疑者のラリー・ホールは『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』や『ブラック・クランズマン』で存在感を発揮し、『リチャード・ジュエル』でその演技力を爆発させたポール・ウォルター・ハウザーだ。
本作は主にこの二人の会話劇で進行していくが、もはやそれは演技バトルと言っても過言ではない。当初、自身の過去を自慢気に語るジミーだったが、ラリーはそれが誇張だと見破る。お互い辛い少年時代を過ごしたことを知り、次第に親交を深めていくふたり。しかし実生活ではきっと交わることのない“陽キャ”と“陰キャ”の迎合は、常に危うさを秘めており、思わず手に汗握ってしまう。驚くべきはこの作品が事実に基づいたドラマということだ。脚色されているとは言えFBIがこれほどまでに危うい捜査を行っていたことは衝撃的である。エンドクレジットで明かされる事実に最後までゾッとさせられるはずだ。
悲劇の原因は一体誰にあったのか──テキサス州で実際に起きた事件を追う『ラブ&デス』
舞台は1980年代のアメリカ。キャンディは、テキサス州の郊外で、エリート企業に勤める夫と子供二人とともに何不自由なく暮らす専業主婦。敬虔なキリスト教徒で、仲間とともに教会の役員を務めていた。ある日、魔が差したキャンディは、友人のアランに不倫をしないかと持ちかける。お互いに深入りをしないことをルールに逢瀬を重ねる二人だったが、アランの妻はどこか怪しげな二人の雰囲気を感じていた。そして衝撃的な事件が起きてしまう。
MCU初のTVシリーズ『ワンダヴィジョン』でも感じたが、エリザベス・オルセンは、アメリカ郊外で生活する善良な母役が非常によく似合う。整った顔立ちとスタイルをもちながら、気取ったところは全く無く、誰からも愛される近所の人気者といった役どころは、彼女の十八番と言っても良いだろう。翻ってアラン役のジェシー・プレモンスは、プライベートでもパートナーであるキルスティン・ダンストとの夫婦役で出演した『パワー・オブ・ザ・ドッグ』での名演が記憶に新しいが、本作でも寡黙で目立たない存在ながら、女性を魅了する男を見事に演じている。本作の救いは、そんな二人が、体の関係だけではなく、まるで親友のように心を通わせていく点だ。不倫は許されるものではないが、シスターフッドともバディものとも異なる、利害関係のない純粋な男女間の友情に心が震える。
本作はアメリカで実際に起こった事件をベースにしているが、当時、平和な郊外とあまりにもかけ離れた凄惨な事件や裁判の行方は大きな関心を集めたという。すべての不幸の発端は、キャンディの出来心から始まったように見えるが、きっとそうではない。夫の無関心やアランの不注意、もろく繊細なアランの妻の心情などが積み木のように重なって、ギリギリのバランスで成り立っていた日常生活が、僅かな心の揺れにより崩れてしまったのだ。幸せというのはいとも簡単に失われてしまうものであり、平穏な毎日を過ごせていることがどれだけありがたいことかを本作は思い出させてくれる。関わっている人物の中に悪人がいないことも、この事件の悲惨さをさらに際立たせ、関係者それぞれの心情が理解できるがゆえ、辛さが増す。ただ事件の描写は生々しいので、視聴の際はご注意を。
*各作品の配信状況は2023年7月25日現在のものです。
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