映画『PERFECT DAYS』で今年のカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した役所広司。監督のヴィム・ヴェンダースに「彼こそが俳優である」と言わしめた稀代の表現者が、演じることに込める思いを語る

BY REIKO KUBO, PHOTOGRAPHS BY KAZUYA TOMITA, STYLED BY DAISUKE IGA (BAND), HAIR & MAKEUP BY KATSUHIKO YUHMI (THYMON INC.)

画像1: 役所広司が見つめる世界──
稀代の表現者にとっての
“PERFECT DAYS”とは

 安藤忠雄、隈研吾、伊東豊雄ら、世界的な建築家やデザイナーがリニューアルした渋谷区の公共トイレを舞台に、そこで働く清掃員を主人公にした映画をヴィム・ヴェンダースが撮るという「THE TOKYO TOILET Art Project」。1985年に小津安二郎に捧げた感動的なドキュメンタリー『東京画』を撮った巨匠が、"日本映画の顔" として国内外で愛されてきた役所広司を主演に迎え、2022年の東京をどう捉えるのか。

 興味は尽きず、昨年10月に代々木深町小公園での撮影を見学しに行くと、秋の日射しを受け、実に穏やかに撮影を進めるヴェンダース組がそこにいた。青い作業着姿の役所が坂茂設計のトイレを黙々と磨き上げる。小高い山の上で田中泯が舞う。ひととき撮影を見ただけでは映画の完成形はまったく予想がつかなかったが、完成した『PERFECT DAYS』は、今年5 月のカンヌ国際映画祭のコンペに選出され、優雅で魅惑的と絶賛された主人公を演じた役所が最優秀男優賞に輝いた。

「いくらヴェンダース監督が撮るといっても、トイレを舞台にした清掃員の物語を長編で描くというのは、普通の商業映画ではなかなか実現できない企画ですよね。今回、それがいろいろなご縁で形になったこと、そんな製作のスタートからして、まったく新しい日本映画になったと思います。そこに参加でき賞までいただけて、ありがたいことです。ヴェンダース監督は、つねにユーモアを交えて自身が楽しみながら仕事していらっしゃって。そんな監督から、我々キャストやスタッフも、映画作りはこんなに自由で楽しいんだということを改めて教わりましたね」

 役所が命を吹き込んだ主人公は、畳敷きの古いアパートで一人暮らしをする「平山」。儀式のように繰り返される朝のルーティンを終え、自らが運転する車で、カセットテープでアニマルズの「朝日のあたる家」を聴きながら、スカイツリーを背に渋谷に向かう。仕事場に着けば、黙々と一片の磨き残しもなく、トイレを掃除して回る。

「平山さんにはこれといって財産と呼べるようなものもなく、最低限の質素な生活をしていますけれども、仕事はきっちりやって、好きなお酒を飲んで、好きな本を読み、平和な気持ちで満足して眠りにつく。(そんな規則正しい生活は)つらさとか苦しさから逃れるためではなくて、その生活の中で起こる些細な何か、いつもと違うものが見えたときに面白がったり、心が動いたりする。"そういう人ってどんな人だろう" と思いながら平山という男を演じました。一方の僕は、今日はあれもやらなきゃ、これもやらなきゃいけなかったとか、あれもこれも欲しいとか、いつも満足しないで生きている。そういう物欲にまみれている男としては、平山さんがとてもうらやましく思えましたね」

画像: ニット¥38,500/DIGAWEL1 (DIGAWEL) TEL.03-5722-3392 パンツ・靴/スタイリスト私物

ニット¥38,500/DIGAWEL1 (DIGAWEL)
TEL.03-5722-3392

パンツ・靴/スタイリスト私物

 平山は訳ありのようだが、その背景は語られない。どこか日本の陰翳礼讃を背負ったようなミステリアスな人物は、若い同僚の恋人や石川さゆり扮するバーのママ、音信不通だった姪っ子など、幅広い世代の女性たちの気持ちを不思議と引き寄せる。そんなファンタジーさえ感じさせる人物にエレガントかつ真摯な側面を刻みつけた役所は、監督のヴェンダースに「この映画の心臓であり、魂だ」と言わしめた。

「平山の過去については、脚本にも書かれていませんでした。演じる人物について事細かに監督や脚本家に聞く人もいるかもしれませんが、僕の場合、自分が演じる役の物語は自分で作るものだと思っています。でもプロデューサーたちの要望で、監督が撮影も半ばを過ぎた頃に、平山に関する一枚のメモを書いてくれたんです。その中に平山と木漏れ日との関係が描かれていて、そこはすごく納得がいきました。恐らく木漏れ日が、平山を救ったことがあったんでしょうね」

 大木が茂る神社で休憩し、柔らかな木漏れ日に向けてカメラのシャッターを切る平山。楓の木の根元から発芽した小さな苗を持ち帰り、アパートに盆栽の鉢を並べて丹精して育てている。無意識にも神宮外苑の樹木伐採に揺れる渋谷の今を捉えたかのような木漏れ日のシーンに、平山の現在と過去がゆらめく。

「役所さんの演技は僕の想像の先を行く。的確かつ面白いから、僕は完全にお任せしている」と、かつて『三度目の殺人』(2017年)で組んだ是枝裕和監督が語っていた。「そういう脚本だったから」と役所は手柄を否定するが、これまでにも黒沢清、白石和彌、西川美和などのカリスマといわれる監督たちからも同じような賛辞が贈られている。

「あえて言えば、脚本にそう書いてあると思うのは僕の解釈で、本をどう読むか、人物をどう解釈するかが俳優の個性になっていくと思います。ほかの人がそう解釈しないなら、違う人物ができ上がるだろうし。キャストによって人物が違うふうに見えるっていうのが芝居の面白いところですよね」

 役者の極意を笑顔でさらっと語ってみせる彼に、自身にとっての "PERFECT DAYS" とはどんな日々かを尋ねると、やはり演技についての答えが返ってきた。

「僕らは日々、他人のために何かをするっていうことはほとんどないけれど、自分が満足するというよりも、みんなと作ってきたものを観て、お客さんが喜んでくれたのを感じたとき──作品を観た翌日はまた日常の生活に戻る人に、少しでも元気や勇気が出たと言ってもらえたとき、初めて、ああ良かったと思うんでしょうね」

 これまでの長いキャリアを通して喜びやスリルや感動を与え、世界中の観客を楽しませ、ゾクゾクさせ続けてきた実績がありながら、なおも求道的に演技と向き合う姿勢が、国内外の鬼才たちから信頼と憧れを寄せられるゆえんなのだろう。そんな彼に、役者としての現在地を山登りにたとえてもらった。

「振り返って自分が登ってきた道を眺めると、まだ近くに麓が見えている。でも随分登ってきたという感覚はあります。おそらく死ぬまでに頂上は見えてこないかもしれないけど(笑)。でも役者って、そういう職業だと思いますね」

画像: 役所広司(KOJI YAKUSHO) 1956年長崎県生まれ。’96年に『Shall we ダンス?』『眠る男』『シャブ極道』で国内の映画賞の主演男優賞を独占。『CURE』『うなぎ』(’97)、『ユリイカ』(’01)など、国際映画祭への出品作品にも多数出演し、数々の賞を受賞。近年では『孤狼の血』(’ 18)や『すばらしき世界』(’21)などの話題作に出演。第76回カンヌ国際映画祭では『PERFECT DAYS』で最優秀男優賞を受賞するなど、日本を代表する俳優の一人として活躍

役所広司(KOJI YAKUSHO) 
1956年長崎県生まれ。’96年に『Shall we ダンス?』『眠る男』『シャブ極道』で国内の映画賞の主演男優賞を独占。『CURE』『うなぎ』(’97)、『ユリイカ』(’01)など、国際映画祭への出品作品にも多数出演し、数々の賞を受賞。近年では『孤狼の血』(’ 18)や『すばらしき世界』(’21)などの話題作に出演。第76回カンヌ国際映画祭では『PERFECT DAYS』で最優秀男優賞を受賞するなど、日本を代表する俳優の一人として活躍

画像: 東京・渋谷の公共トイレ清掃員の淡々とした日常を描く『PERFECT DAYS』 ©2023 MASTER MIND LTD.

東京・渋谷の公共トイレ清掃員の淡々とした日常を描く『PERFECT DAYS』

©2023 MASTER MIND LTD.

画像: 主人公・平山にある日、思いがけない出来事が起き、穏やかな日々が静かに動き出す── ©2023 MASTER MIND LTD.

主人公・平山にある日、思いがけない出来事が起き、穏やかな日々が静かに動き出す──

©2023 MASTER MIND LTD.

『PERFECT DAYS』
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
製作:柳井康治
主演:役所広司
12月22日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
公式サイトはこちら

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.