この秋、上映される、音楽家の人生の悲喜こもごもを描く秀作を、指揮者・野津如弘がナビゲート!

BY YUKIHIRO NOTSU

「お前はどっちの味方なんだ」「女性の味方よ!」──
『ロール・ザ・ドラム』

画像1: © 2018 POINT PROD / RTS / TELECLUB

© 2018 POINT PROD / RTS / TELECLUB

 ブドウの収穫時期を迎え、はたして今年の出来はどうだったか気になる秋となった。一作目は、ワインの産地として知られるスイス南部ヴァレー州のとある村を舞台に、地元のアマチュア吹奏楽団の分裂騒動に端を発して、次第に明らかになっていく村の人間模様が描かれたコメディータッチの作品をご紹介しよう。

 時は1970年。モンシュ村の吹奏楽団を指揮するアロイス(ピエール・ミフスッド)はワイン醸造家で、音楽祭のオーディションでの合格を目指して奮闘するものの、指揮者としての力量や高圧的な態度に仲間内からも不満が噴出。楽団は分裂し、村出身のプロの音楽家ピエール(パスカル・ドゥモロン)を指揮者として迎えた新グループと対決することになる。そこに女性参政権や外国人労働者の問題も加わり、村人同士の対立、夫婦仲の亀裂、親子間の確執など複雑に絡み合って物語は展開していく。

 新グループは、女性や外国人労働者など加わり多彩な集まり。ワイナリーでは主に収穫時に季節労働者を雇うのだが、この作品ではイタリアからの労働者たち(ヴァレー州は南でイタリアと国境を接している)が描かれている。彼らが寝泊まりしている小屋で奏でる音楽が実に魅力的。

画像2: © 2018 POINT PROD / RTS / TELECLUB

© 2018 POINT PROD / RTS / TELECLUB

 スイスは知られざるワイン大国だ。舞台となっているヴァレー州では、ローヌ川渓谷に沿ってワイナリーが広がる。背後にマッターホルンを望む風光明媚な土地だ。白ワインはシャスラが、赤はピノ・ノワールとガメイをブレンドした「ドール」が有名。秋の夜長、映画を観た後は、スイスワインで一杯というのもよい。

『ロール・ザ・ドラム』
新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、ストレンジャー(墨田区)他全国公開中
公式サイトはこちら

「氷のような弾き方はしたくない」──
『恋するピアニスト フジコ・ヘミング』

画像1: ©️2024「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」フィルムパートナーズ

©️2024「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」フィルムパートナーズ

 2024年4月に亡くなったピアニスト、フジコ・ヘミングの最晩年を記録した音楽ドキュメンタリー。どんなに苦しいことがあっても音楽とピアノに人生を捧げた彼女の一途な人柄を、美しい音楽と映像で描き出す。

 冒頭、2023年パリのコンセルヴァトワール劇場でのリサイタル。十字を切って演奏を始める姿が印象的だ。1811年に建てられ、数々の名演奏が繰り広げられた歴史的会場で、フジコが白いアンティーク調のレースのドレスを纏い演奏を始めると、まるでタイムスリップしたかのような錯覚を覚える。

 作品中、演奏される《亡き王女のためのパヴァーヌ》は、ラヴェルがコンセルヴァトワール在学中の1899年に書いた作品。《月の光》を書いたドビュッシーもここで学んだ。しかし、《ラ・カンパネラ》を書いたリストは外国人という理由で入学を断られている。

画像2: ©️2024「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」フィルムパートナーズ

©️2024「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」フィルムパートナーズ

 古いものを大切にし、自分が価値を見出したものを自分の宝物とするフジコ。コロナ禍で空き巣に入られたというパリの自宅で、泥棒に盗られなかった「宝物」を愛おしそうに見つめる。壁にはフジコが恋した音楽家たちの肖像画や写真が掛けられていた。
「氷のような弾き方はしたくない」と語るフジコのピアノのあたたかな音色に包まれ、彼女の言葉の数々が心に沁み入る作品となっている。

『恋するピアニスト フジコ・ヘミング』
10月18日(金) 新宿ピカデリーほか全国劇場にてロードショー
公式サイトはこちら

「全ての花が刈られても 春は必ずやってくる」──
『ビバ・マエストロ! 指揮者ドゥダメルの挑戦』

画像: 監督:テッド・ブラウン、2022年アメリカ © 2022 PM Maestro Documentar

監督:テッド・ブラウン、2022年アメリカ
© 2022 PM Maestro Documentar

 1975年、南米ベネズエラで始まった音楽教育プログラム「エル・システマ」。ホセ・アントニオ・アブレウ博士が、音楽を通じて若者を貧困と犯罪から救うという理念のもと、わずか11名の子どもたちのオーケストラでスタートさせた社会運動は、これまでに200万人以上の子どもたちに音楽教育を授けてきた。本作の主演グスターボ・ドゥダメルも「エル・システマ」で音楽を学んだ一人。現在、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ、ロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督を務め世界的に活躍する彼が、ベネズエラの政治的混乱に巻き込まれ、翻弄されながらも音楽と共に歩んでいく様子を追ったドキュメンタリーだ。

 反政府デモで若い音楽家が殺害されたのを受け、マドゥロ政権に対し批判的な文章を発表したことで、ドゥダメルは祖国に戻れなくなり、シモン・ボリバル・オーケストラのツアーも次々にキャンセルとなっていく。混乱を極めるベネズエラから海外へと移住するメンバーも現れてオーケストラの未来も危うくなっていく中、「エル・システマ」創設者アブレウが亡くなる。

画像: © 2022 PM Maestro Documentar

© 2022 PM Maestro Documentar

 チリのサンチャゴで行われた追悼公演の食事会で、ドゥダメルが「全ての花が刈られても 春は必ずやってくる」と、恩師アブレウに教わったという詩人パブロ・ネルーダの言葉を用いて仲間に語りかけるシーンは感動的だ。政治と音楽や芸術が無縁ではないということをあらためて考えさせられた。

『ビバ!マエストロ 指揮者 ドゥダメルの挑戦』
角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか 全国公開中
公式サイトはこちら

画像: 野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。 公式サイトはこちら

野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。
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