BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

『野田版 研辰の討たれ』平井才次郎=中村勘太郎
歌舞伎座・八月納涼歌舞伎で上演中の『野田版 研辰の討たれ』。中村勘太郎は父・中村勘九郎がかつて「中村勘太郎」を名乗っていた時代に演じた平井才次郎の役に、14歳で挑んでいる。生まれたときから歌舞伎が身近にあり、兄弟と“芝居ごっこ”に熱中した日々を過ごしてきた少年が、いま新たな一歩を踏み出している。舞台と学業を両立しながら、芝居の楽しさ、歴史への興味、そして自身の成長と向き合う現在の心境を語った。
──まず、勘太郎さんにとって”歌舞伎との出会い”とは、どんな瞬間だったのでしょうか?
勘太郎:生まれたときから歌舞伎、お芝居がすぐそばにあったので、特別に”出会い”という感覚はなかったです。でも、小さい頃からお芝居をやりたいなとか、好きだなとは思っていました。
──特に“かっこいい”と思った作品や場面はありますか?
勘太郎:『夏祭浪花鑑』の屋根の上の立廻りの場面をビデオで観て、かっこいいなと思っていました。
──ご兄弟でお芝居を作って、お父様(中村勘九郎)に見てもらっていたそうですね。どんなふうに作品を作っていたんですか?。
勘太郎:まずどの人形を使うかを選んで、実際のお芝居で面白いと思った場面のイメージが膨らんでいって、それを取り入れながら自分たちの物語を作る感じです。歌舞伎には物語の展開に“あるある”がありますが、その一つである国家転覆系の話が多かったかもしれないです。まずは僕がストーリーを考えて、弟(中村長三郎)が人形を動かしたり台詞を言ったりする、というような役割分担でした。お互いに「これを演る」とはっきり決めるので、役の取り合いをすることはなかったです。今はお芝居ごっこはしていませんが、2、3年前くらいまでは2人で演っていました。もしかしたらビデオにも残っているかもしれません。
──特に印象に残っている「力作」は?
勘太郎:『青砥稿花紅彩画』を通しで観たことがあって、それがすごく印象に残っていました。だから弁天小僧の話を作ったら面白くなるのではないかと思って、作ってみました。ストーリーは結構似ているのですが、自分ではそれが面白いと思っています。
──歴史もお好きで『英雄たちの花道〜中村勘太郎 歴史の名場面をゆく〜』(BSフジテレビ)に出演されていますよね。歴史好きになったきっかけを教えてください。
勘太郎:最初のきっかけが何だったかまでは覚えていないのですが、お芝居をきっかけに読んだ本から“元になった出来事を知りたい”と思って、そこからどんどん日本の歴史に興味が湧いてきました。
──好きな歴史上の人物は誰ですか?
勘太郎:ずっと武田信玄とか、立花道雪だと言い続けていますね。かっこいい人が好きだからです。
──番組で訪れた場所のなかで、特に印象に残っているのは?
勘太郎:番組の初回で武田信玄のお墓に行ったときには感動しました。門などがあって厳重な場所であることもすごかったし、重みのある空気で圧倒されました。
──歴史を知ることで、芝居に生きることってありますか?
勘太郎:芝居に出てくる人物の生き方や背景を知ると、“もしかしたら、こんな人だったのではないか”という違う一面が見えることですね。本を何冊か読むと書いてあることが違う場合があるので、得た知識を組み合わせて自分なりに「こういう人だったのかな」と考察をしています。
──いつか、そういう人物のストーリーを自分で書いてみたいと思いますか?
勘太郎:まだやったことはありませんが、やってみたいですね。面白そうだと思っています。

『野田版 研辰の討たれ』平井才次郎=中村勘太郎

『野田版 研辰の討たれ』平井才次郎=中村勘太郎

『野田版 研辰の討たれ』平井才次郎=中村勘太郎

『野田版 研辰の討たれ』平井才次郎=中村勘太郎
──今回は平井才次郎という役に挑まれていますが、お父様が演じたお役ですね。それを意識されていますか?
勘太郎:ずっと映像で観ていた役だったので、“これを自分がやるんだ”と思って、ちょっとびっくりしました。立廻りのシーンとか、観ていて面白そうだなと思っていたところを実際に演じることができて、嬉しいです。自分がみてきた才次郎を意識するというより、それとは切り離して才次郎と向き合えていると思います。
──お父様からのアドバイスは?
勘太郎:「とにかく大きな声で台詞を言うこと」と言われています。
──市川染五郎さんとの共演も楽しみですね。稽古ではどんなやりとりを?
勘太郎:会話の間(ま)について、たくさん話しています。一緒にやっていくうちに、少しずつニュアンスも変わっていきました。
──野田秀樹さんからの演出で印象的だったことは?
勘太郎:稽古が始まる前に一緒に本読みをしてくださって、セリフの意味や感情を読みながら、「才次郎はこういう気持ちだからね」と教えてくださって、それがすごく助けになりました。
──今は中学3年生ですが、学校と舞台との両立は大変ではないですか?
勘太郎:ちょうどお芝居の稽古が始まる前に期末テストがあったので、2週間前くらいまでは「『研辰』を演る、でもテストだ!」って感じで切り替えが難しかったです(笑)。でもテストが終わった次の日から稽古だったので、やっと稽古に集中できると思って、楽しむことができました。
──これから挑戦してみたい役はありますか?
勘太郎:ビデオで見てかっこいいなと思った『夏祭浪花鑑』の団七や、『仮名手本忠臣蔵』の判官様などです。
──最後に、『野田版 研辰の討たれ』の魅力をどう伝えたいですか?
勘太郎:父も言っていましたが、“集団の怖さ”とか“仇討ちは本当に正しいのか”といった問いが込められているところが見どころだと思います。毎日、才次郎を演じて向き合うことで、日々考えが深まっているかもしれないので、そちらもご覧いただきたいです。

『野田版 研辰の討たれ』平井才次郎=中村勘太郎

『野田版 研辰の討たれ』平井才次郎=中村勘太郎
──初日を迎えて 8月7日に電話にて取材
実際にお客様の前で才次郎を演じてみて、どんなことを感じましたか?
勘太郎:たくさんのお客様にお越しいただき、多くの拍手をいただけて、とても楽しかったです。特に、稽古のときに“これはお客様に受けるのかな”と半信半疑だった20年前に流行っていたギャグが出てくる場面でも、意外と笑ってくださって、それがとても嬉しかったです。本番を迎えてお客様の反応があったからこそ、“これは伝わるかな”と思っていたことも答えがわかったので、改めて面白さを発見できたような感じでした。
──他にもお客様の反応を受けて、芝居の中で才次郎として気持ちが変わった瞬間はありましたか?
勘太郎:最後に辰次を斬った直後に花道から引っ込む場面で、すごく緊張しました。お稽古ではあまり緊張を感じなかったのですが、本番では張りつめるような気持ちになって、自分でも驚くくらいでした。
──野田さんやお父様から、初日を終えて何か言葉はありましたか?
勘太郎:野田さんからはいつもの通り、「今日のここが良かった」とか、「ここはもう少し声を出した方がいいですよ」といったアドバイスをいただきましたが、変わったことは特になかったと思います。父からは「よかったよ」と言ってもらえました。
──実際に演じてみて、何か見えたこと、感じたことはありますか?
勘太郎:20年前もこんな感じでやっていたんだなということが、舞台の袖にいても伝わってきて、それがとても楽しいです。でも、父の才次郎を意識しすぎずに、稽古と同じように自分なりの才次郎をそのまま演れているような感じです。
──自分らしい才次郎だと思うポイントは?
勘太郎:ちょっと短気っぽいところ、ですかね(笑)。自分らしさが出ていると思います。
──立廻りで難しいところはありましたか?
勘太郎:側転などの動きが多くて大変なので、毎日染五郎さんと確認しながらやっています。スピードもあるので、染五郎さんと呼吸を合わせることがとても大事です。
──才次郎の台詞で印象に残っているものは?
勘太郎:「まさか人殺しをしたとは、申すまいなあ」と九市郎がいうと「誰が申します、これでもう我らは一生の務めを果たしたのです」と答える才次郎の台詞です。いろいろなお芝居で仇討ちを観て、それをかっこいいことだと思っていたのですが、人を殺すことでもあると考えると、確かにそうだなと納得します。でもこの台詞は、仇討ちが正しいと思って言っている発言なので、やはり複雑な気持ちになります。
──夏休みに入りましたが、舞台以外でやりたいことはありますか?
勘太郎:ゲームをたくさんやりたいです。昼間に少し時間があるので、最近はいろいろやっています。
──宿題はありますか?
勘太郎:読書感想文が残っています……。
中村勘太郎という若き俳優の語りには、必要以上に語らない静けさがある。けれどもその奥には、歌舞伎とともに育ち、言葉にならない時間と情景を蓄えてきた人だけが持つ、揺るぎない土台のようなものが感じられる。家で弟と芝居を作っていた日々。お気に入りの場面を模倣し、物語を紡ぐ感覚。歴史を辿るまなざし。そして、父がかつて演じた役に自分なりの距離感で向き合おうとする姿勢。演じること、知ること、感じること。そのすべてを、勘太郎はまだ“楽しむ”という純粋なエネルギーで受け止めている。それは彼が14歳であること以上に、表現者としての天性を物語っているように思えてならない。
そして、開幕後のインタビューでは、声の調子や言葉の選び方に、初回の取材時とはまた少し違った手ごたえを感じた。舞台に立ち、観客の反応を受け取りながら芝居を重ねていくことで、少年の中に新たな感覚が芽生えてきたのだろう。
「20年前の舞台を袖から見ているような感覚」と話した勘太郎さんの言葉には、父がかつて演じた才次郎と向き合う静かな覚悟がある。本人は「意識しすぎないように」と語っていたが、歌舞伎という芸が持つ“時を越えて伝わるもの”の確かさが、そこには宿っていた。
共感や継承は、決して言葉や形だけではない。舞台という場に立つことで、時代を越えて役者同士が通じ合えることを、あらためて思い知らされる。
「自分の才次郎をつくる」。その言葉に込められた心意気が、今後どのように育っていくのか。この夏の舞台が、彼が踏み出す新たな一歩になるはずだ。ぜひ劇場で、その“始まり”を見届けてほしい。

『野田版 研辰の討たれ』平井才次郎=中村勘太郎

『野田版 研辰の討たれ』平井九市郎=市川染五郞 平井才次郎=中村勘太郎
中村勘太郎(NAKAMURA KANTARO)
東京都生まれ。中村勘九郎の長男。2017年、歌舞伎座『門出二人桃太郎』で三代目中村勘太郎を名乗り初舞台。父は中村勘九郎、祖父は十八代目中村勘三郎。現在は中学3年生として学業と舞台を両立しながら、時代劇や歴史の紀行番組にも出演。趣味は日本史の本を読むこと。

八月納涼歌舞伎
第一部 11時開演
一、『男達ばやり』
二、『猩々』『団子売』
第二部 14時15分開演
一、『日本振袖始』
二、新歌舞伎『春興鏡獅子』
第三部 18時15分開演
一、『越後獅子』
二、『野田版 研辰の討たれ』
※中村勘太郎さんは、
第三部『野田版 研辰の討たれ』
に出演。
会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
上演日程:2025年8月3日(日)〜26日(火)
休園日:12日、20日
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL. 0570-000-489
チケットweb松竹
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
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