BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

『盟三五大切』薩摩源五兵衛=尾上松也
中村勘九郎と役を替えながら、薩摩源五兵衛と笹野屋三五郎という対照的な二役を、ともに初役で勤めた六月大歌舞伎『盟三五大切』。続く七月大歌舞伎『御浜御殿綱豊卿』では、敬愛する片岡仁左衛門と同じ役に挑み、浅草歌舞伎以来二度目となる徳川綱豊卿に向き合った。歌舞伎を軸に活動の場を広げる松也は、9月公開の映画『八つ墓村』では、歴代の名優が演じてきた金田一耕助を演じ、10月には熊本で詩楽劇『武と建 ~火の國のまほろば~』への出演も控える。先達から受け取った芸と、さまざまな経験をどのように自らのものにしていくのか。役を受け継ぐこと、そして個性について聞いた。
——『盟三五大切』では、源五兵衛と三五郎の二役を交互に演じたことで、どのような発見がありましたか。
松也:僕は両方とも初役で、どちらも未知の世界という新鮮さはありましたが、同じ作品のなかで両方の役を演じる機会は、なかなかないと思います。難しさはありましたが、別の月に時間を置いて演じるよりも、それぞれの役がたどるプロセスや感覚の違いが明確にわかり、とても面白かったですね。
源五兵衛は、仇討ちに向かうという目的は明確です。ただ、小万への愛情や憎しみに翻弄され、さまざまなことをした末に、最後は仇討ちへ向かう。歌舞伎の終わり方としてはきれいにまとまっているのですが、そこまでのつながりをどう作るかが難しかったです。一方の三五郎は、人を欺いたり、小万の兄を殺したりと途中の行動は入り組んでいますが、最後には自分の望んだことをすべて成し遂げ、主のために死んでいく。登場人物の人生としては、三五郎のほうが気持ちよくきれいに完結しているように感じました。二役を同時に勤めたからこそ、その違いがよく見えたのだと思います。
——松也さんは、源五兵衛をどのような人物として捉えたのでしょう。
松也:僕の源五兵衛は、正気を完全に失った狂人というより、その根底には仇討ちというものがしっかりとある男。ところが、小万への愛情がとても強いからこそ、愛憎があふれ、衝動的に殺人を犯してしまいます。僕のイメージでは、冷静さを失っているものの、最後まで人間味が残っている人物でした。
源五兵衛の台詞には「憎き三五郎」とありますが、小万が憎いとはあまり言っていません。小万が源五兵衛の前で三五郎への思いを口にしなければ、助けるつもりだったのではないか。けれども、その言葉に突き刺され、一瞬にして、別の世界へ行ってしまう。そのことが悲しさにつながると考えました。だからこそ、三五郎が実は家来だったと知り、赤穂浪士に迎えられて仇討ちへ向かう終幕への切り替えは難しかったですね。正気が残っているなら、責任感のある男としては、自分も三五郎と一緒に死にたいと思うのではないか。その心を抱えながら、どのようにして仇討ちへ向かうのかを考えました。

『盟三五大切』薩摩源五兵衛=尾上松也

『盟三五大切』薩摩源五兵衛=尾上松也

『盟三五大切』薩摩源五兵衛=尾上松也
――中村七之助さんが演じた小万にはどういう印象をお持ちですか?
松也:源五兵衛としては、小万が三五郎を強く思っていてくれなければ、三五郎への憎悪も増大しません。そういう意味でも、七之助さんは小万の思いをしっかりと表現してくださいました。一方、僕が三五郎を勤めるときには、小万は相方になります。七之助さんは、僕も勘九郎さん、二人のまったく異なる芝居を受け、すべてに応えてくださった。相手役として、とても演じやすかったです。
——中村勘九郎さんとは、源五兵衛の作り方が大きく異なりました。お二人で役づくりについて話し合ったことはありましたか。
松也:源五兵衛をどう演じたいかについて、勘九郎さんと具体的に話し合ったことはありません。僕が三五郎を勤めるときは源五兵衛が主役ですので、お互いにどうすれば演じやすいかを話すことはありました。
舞台を見ていれば、お互いがどの方向を目指しているかは自然とわかります。僕と勘九郎さんとでは役の捉え方が異なり、演出を含めた作り方にも大きな違いがあったと思います。特に勘九郎さんの源五兵衛は、殺しの場面に狂人的な雰囲気が漂っていました。
『盟三五大切』では、同じ役でも僕と勘九郎さん、それぞれの色が自然と出ていたのではないでしょうか。それが役替わりの面白さだと思います。
——若党の六七八右衛門が源五兵衛の代わりに捕らわれるときなど、松也さんの源五兵衛には情愛のようなものを感じましたが、そういう心情は意識されていましたか?
松也:そうですね。僕のイメージでは、家来というよりも、苦楽をともにしてきた家族のような存在だと思っていました。僕が八右衛門を勤めさせていただいたときの源五兵衛は仁左衛門のお兄さんで、二人の別れの瞬間には、仁左衛門さんが演じる源五兵衛からそのような愛情を感じていましたので、今回はそのイメージで演じたいと思いました。

『盟三五大切』笹野屋三五郎=尾上松也
——『御浜御殿綱豊卿』では、新春浅草歌舞伎以来、二度目の綱豊卿を演じることに対してどんな心境ですか。
松也:新春浅草歌舞伎では、ほとんどが初めての役で、理想を必死に追いかけているうちに、あっという間に一か月が終わってしまいます。余計なことを考えず、ただ必死に取り組むからこそ、初演にしかないよさもあると思います。
二度目は、覚えることにそれほど苦労しない一方で、まだ十分に慣れきってはいません。いちばん難しい時期かもしれません。『御浜御殿綱豊卿』は心理劇であり、せりふ劇です。真山青果らしさと歌舞伎らしさを大切にしながら、仁左衛門さんから教えていただいたことを、初演のときよりも深く役のなかに落とし込みたいと思っています。
——松也さんが考える綱豊卿とは、どのような人物ですか。
松也:頭脳明晰であるからこそ、ふだんは自分の才能を隠し、ここぞというときに発揮する天才肌の人物です。赤穂浪士の思い、武士道、人情を深く理解し、浅野家の再興だけではない、もっと大きなところを見ている。赤穂浪士たちが成功するかしないかという鍵を握っていることも理解していて、板挟みになっているわけです。そして、自分が将軍になることも見据えながら、平和な時代に廃れつつある武士道に、もう一度火をつけたいと考えているのではないでしょうか。そうした人物の大きさや余裕を出せるといいなと思います。
——同じ役を勤める仁左衛門さんの舞台を間近で見て、すぐにご自身も演じる。どんなお気持ちで臨まれますか。
松也:自分が教えていただいている役を、師である仁左衛門さんが演じるのを間近で見て、そのあとすぐに自分も勤められる。こんなに貴重な機会はありません。なるべくその空気を自分のなかに取り込み、次に自分が演じるときに生かしたいと思っています。

『盟三五大切』薩摩源五兵衛=尾上松也

『御浜御殿綱豊卿』徳川綱豊卿=尾上松也
——片岡仁左衛門さんとダブルキャストで綱豊卿を演じていらっしゃいます。同じ役を異なる俳優が勤める、こうした上演スタイルの面白さをどのように感じていますか。
松也:演じる人が変われば、同じ役でも印象が変わる。解釈の違いによって見え方が変化するところも、ダブルキャストの面白さだと思います。
ですが、『御浜御殿綱豊卿』に関しては、役の捉え方が仁左衛門さんと大きく異なることはないと思います。違いが表れるとすれば、年齢でしょうか。綱豊と助右衛門の設定年齢には、僕と(中村)隼人くんのほうが近いと思います。劇中には、綱豊が助右衛門に「お主は四十幾歳と聞く。もはや初老も過ぎて」と語るせりふがあります。人間五十年といわれた時代ですから、僕たちが演じることで、二人の関係がより写実的に見えるかもしれません。
『盟三五大切』では、僕と勘九郎さんの源五兵衛はまったく異なる人物像になりましたが、今回の僕と隼人くんは、仁左衛門のお兄さんと幸四郎のお兄さんが演じる綱豊と助右衛門と、目指す方向性そのものは同じなのではないかと思っています。
——七月大歌舞伎の稽古で、改めて片岡仁左衛門さんのご指導を受け、印象に残ったことを教えてください。
松也:具体的な言葉が残っているというより、役や演目について教えていただいたことをどう理解し、自分の芝居に落とし込むかに必死なので、感覚として受け取っている部分が大きいですね。
今の僕は、仁左衛門さんの表現に近づこうと、その言い回しやせりふの運びを追っています。けれども、それが単なるせりふに聞こえてしまってはいけない。教えていただいたことを身につけたうえで、自分の心から、腹から出てきた言葉として聞かせなければならない、ということです。その難しさを感じています。稽古で自分の芝居がしっくりこなかった理由も、そこにあるのだと気づきました。頭ではわかっていたことですが、改めて意識し、次の段階として追求していかなければならないと思っています。
——六月と七月、二つの役替わりを通して、ご自身の「個性」をどう考えましたか。
松也:個性は、出そうと思って出すものではないと思っています。育った環境や受けてきた教育、歌舞伎以外の舞台も含め、さまざまな方と仕事をするなかで培った引き出しが、歌舞伎に戻ったときに自然と形になり、色として出てくるものではないでしょうか。
これまで積ませていただいた経験を大切にし、自分の糧にしていけば、おのずと舞台に表れてくると信じています。歌舞伎俳優であることが外部の作品で僕ならではの個性になるのと同じように、外で得た経験も、歌舞伎の舞台に還元されていくのだと思います。
——映画『八つ墓村』では、これまで数々の名優が演じてきた金田一耕助を演じます。松也さんは、ご自身ならではの金田一像をどのように考えましたか。
松也:今回は設定が現代で、服装も和装ではなく洋装ですので、これまでの金田一耕助とはかなり印象の異なる役づくりになったと思います。金田一というと、服装や身だしなみにはあまり無頓着な天才肌というイメージがありますが、今回はそうではなく、身だしなみにもしっかりとこだわりを持った、風変わりな人物として捉えて撮影に臨みました。

©2026「八つ墓村」製作委員会 ©Yokomizo Seishi/KADOKAWA
——金田一耕助の初登場から80周年という節目での映画化です。長く愛されてきた作品や人物を受け継ぎ、自分の表現として届けることには、歌舞伎にも通じるものがあるように思います。今回、金田一耕助を演じたことで感じたことを教えてください。
松也:長く愛されてきた作品やキャラクターには、やはり特別な意味があると思います。共通しているのは、時代が変わっても常に観る人の心を揺さぶる何かがあるということ。それをその時代のクリエイターたちが表現することで、さまざまな変化を遂げながらも、訴えかけるメッセージは変わらない。そこが面白いところだと思います。
今回『八つ墓村』に出演させていただき、その意味と、作品が持つエネルギーを改めて感じました。今だからこそ感じ方が違うということもあると思いますが、そのなかで自分が金田一耕助を演じられたことは、大変ありがたく、光栄でした。
『盟三五大切』で松也が見せた源五兵衛は、小万への思いを裏切られた男の哀愁を漂わせる、色気ある色悪だった。松也が役づくりで大切にした人間味は、若党・六七八右衛門との別れの場面にも表れ、そこには主従を超えた情愛が感じられた。かつて松也が八右衛門を勤め、仁左衛門演じる源五兵衛と向き合った際に受け取ったものが、今回の芝居に生かされていたと知り、その場面から伝わる思いの深さにも納得した。
一方、『御浜御殿綱豊卿』の綱豊卿には、若さのなかにも毅然とした品格があり、よく響く声が役の知性と風格を際立たせていた。中村隼人演じる富森助右衛門との世代の近さが、二人の緊迫した応酬にリアリティをもたらし、松也ならではの綱豊卿を形づくっていた。
二か月にわたり、独自の世界を確立した先輩たちと同じ役を勤めた松也。そして映画『八つ墓村』では、歴代の名優たちが演じてきた金田一耕助を、現代を舞台とする新たな人物像として生きる。そこに共通するのは、受け継がれてきたものを尊重しながら、自らの表現へと変えていく姿勢だろう。
「個性は、出そうと思って出すものではない」と松也は語った。先達から学んだ芸も、歌舞伎以外の舞台や映像で培った経験も、自らのなかに蓄積され、やがて自然とその人の色になる。歌舞伎から映画へと表現の場を越えながら、さまざまな役との出会いを糧にしていく。その積み重ねの先に、尾上松也ならではの個性が、さらに鮮明になっていくのだろう。
尾上松也(Onoe Matsuya)
東京都生まれ。父は六世尾上松助。1990年に『伽羅先代萩』の鶴千代役で初舞台を踏み、以降子役として活躍。これまでに新春浅草歌舞伎では『忠臣蔵』五・六段目の早野勘平、『源氏店』の与三郎、『御浜御殿』の綱豊、『義賢最期』の義賢、歌舞伎座でも『御所五郎蔵』の五郎蔵を堂々と演じた。20代前半で始めた歌舞伎自主公演「挑む」でも研鑽を積んできた。歌舞伎以外でもミュージカル『エリザベート』のルキーニ役、劇団☆新感線公演『メタルマクベスdisc2』など出演多数。テレビドラマにも出演するなど、多方面で活躍している。

映画『八つ墓村』 9月18日(金) 全国ロードショー
配給:松竹/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©2026「八つ墓村」製作委員会 ©Yokomizo Seishi/KADOKAWA
映画『八つ墓村』
ミステリー界の巨匠・横溝正史の金字塔であり、シリーズ累計発行部数5500万部を超えるベストセラー『八つ墓村』が、“日本三大名探偵”とも称される人気キャラクター【金田一耕助】の初登場から80周年という記念すべき節目に、完全新作として映画化。歴代様々な名優が演じてきた名探偵・金田一耕助役を尾上松也が務めます。
9月18日(金)より全国公開。
詩楽劇『武と建 〜火の國のまほろば〜』
日程:2026年10月3日(土)〜4日(日)
会場:熊本城ホール・メインホール
構成・演出・振付:尾上菊之丞
出演:尾上松也 土屋太鳳 尾上菊之丞
熊本地震10年復興イベントスペシャルナビゲーター:wink first(TRAINEE)
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
▼あわせて読みたいおすすめ記事








