ベルギー人デザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンの稀少なロング・インタビュー。知的で美しい独特の世界観に基づく服づくりと、着実なビジネス・スタイルーー。その背景にある、彼の魂の系譜を読み解く

BY HANYA YANAGIHARA, PHOTOGRAPHS BY JACKIE NICKERSON, FASHION STYLED BY ELODIE DAVID TOUBOUL, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 以来、ヴァン・ノッテンは進み続けてきた。彼の約30年にわたるキャリアについて語るとき、破産、対立、責任逃れ、負債過多、無理な事業展開、支出超過、浮き沈み、慢心といった言葉は一度も出てこない。彼は自分のペースで、慎重にビジネスを展開してきた。自分がやりたいと思うことだけを、やるべきだと感じた時期に行なってきた。もちろんここにいたるまでの間に困難がなかったわけではない(世界的な景気後退、ラグジュアリー業界の不安定な波、変化の激しいブームや流行、マーケティング戦略による悪循環といった問題に対処してこなければならなかった)。当然、たくさんの成功も収めてきた。2007年にはパリでレディスのブティックをオープン。2009年には東京でレディスの2店舗目を、パリではメンズのブティックを開いた。現存するデザイナーの展示会はめったに催されないものだが、2014年にはパリの装飾芸術美物館で彼の壮大な『インスピレーションズ』展が開かれた。

デビューから長い時を経ても、ヴァン・ノッテンの規律正しさは少しも変わっていない。身勝手や曲がったことを嫌う彼は、まっすぐな姿勢を保ち続けてきた。それは振るまいにも、デザインにも表れている。逆説的に聞こえるかもしれないが、その真面目さのおかげで、彼はとてつもない創作の自由を手に入れたのだ。ヴァン・ノッテンは、創造的な仕事をする人なら誰もがするように、妥協はする。が、めったに譲歩はしない。そしていまも自身でビジネスのあらゆる面を管理している(シューズメーカーとコラボレーションをして、ブランドの靴を作るのも彼の役割だ)。

ヴァン・ノッテンは弁解もせずに言い切るだろう。自分の服を売れるものにしたいと。売るために服を作っているのだと。彼のビジネスと、その長きにわたる成功と健全な経営を見ると改めて、“ファッションは純粋な芸術的表現”だという耳あたりのよい言葉が虚構でしかないことに気づく。こうした考えを信じているデザイナーは、活躍しても数年のうちに姿を消してしまうのだ。星々がまたたく暗闇の中に、いつの間にか消えてしまう彗星のように。

画像: 2017-’18年 秋冬ウィメンズ・コレクション。 シャツ¥78,000、ドレス¥131,000

2017-’18年 秋冬ウィメンズ・コレクション。 シャツ¥78,000、ドレス¥131,000

画像: (左)2017-’18年秋冬メンズ・ コレクション。 シャツ¥102,000、デニムパンツ¥38,000、 ドリス ヴァン ノッテン TEL. 03(6820)8104 (右)オスマン帝国を彷彿させた2006-’07年秋冬ウィメンズ・コレクションより。

(左)2017-’18年秋冬メンズ・ コレクション。 シャツ¥102,000、デニムパンツ¥38,000、
ドリス ヴァン ノッテン
TEL. 03(6820)8104
(右)オスマン帝国を彷彿させた2006-’07年秋冬ウィメンズ・コレクションより。

 次に私たちはヴァン・ノッテンのメインオフィスに向かった。ここはウォーターフロントにある6階建ての元倉庫で、約5,500m²ほどの広さがある。庭園と共通点が多いこのオフィスは、ヴァン・ノッテンのもうひとつの世界、あるいは庭の延長線上にある世界だといえるだろう。ここで彼はアイデアやイメージを膨らませ、タチアオイやハグマノキが茂るリンゲンホフの庭で得たひらめきをもとに、目が覚めるようなカラーパレットを生み出すのだ。

最上階のショールームから下の仕事場に降りていくと、ここで起きているすべてのことが理解できる。デザインチームのいくつかの机にはキャビネットがついていて、その中にはシルク、ジャカード、ウール、ジャージ、コットンなど、色鮮やかな布見本の切れ端がぎっしりと詰まっていた。そのさらに階下にあるのが、財務部に営業部、生産部、流通部、そしてアーカイブだ。だがどこよりも印象的で、心に響くような何かを感じたのは1階の出荷部門だ。

私がここを訪れたのは、ちょうど秋冬コレクションのファーストデリバリー分が到着した日で、一枚ずつ取り出された服が、検品されて箱に詰められているところだった。ヴァン・ノッテンは、天井に届きそうなほど高く積み上げられた箱が迷路のように並んだ空間をさまよいながら、「これはモスクワ行き」「あれは香港行き」「これはシンガポール行き」「あれはニューヨーク行き」と指し示していた。彼のコレクションを扱う店は、8つのショップを含めると世界に400軒以上もあるというのに。

このときの彼はどこか途方にくれたようだった。あるいは単に混乱していたのかもしれない。自分で創り上げたものを詰め込んだ箱が何百個も並んだ、生まれ故郷にそびえる建物。その真ん中で彼が佇んでいる様子は『チャーリーとチョコレート工場』的なファンタジー物語のワンシーンのようだった。すぐ近くで育った子どもの頃の彼は、これらの箱の送り先である世界の国々を、自分自身で訪れる日がくるとは想像もしていなかっただろう。だが今や、ヴァン・ノッテン自身が決して直接出会うことのない世界じゅうの人々が、彼の創った服を着ている。彼の祖先には訪れることのできなかった、遠い国々の人々が。

画像: ミリタリーテイストを意識した2010-’11年秋冬ウィメンズ・コレクションの主役は、キャメル色のソフトウールジャケットや迷彩カラーのアイテム

ミリタリーテイストを意識した2010-’11年秋冬ウィメンズ・コレクションの主役は、キャメル色のソフトウールジャケットや迷彩カラーのアイテム

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