イタリア、トスカーナの城壁に囲まれた小さな町で、代々ジュエリー・ショップを営む一家。17世紀から続く歴史ある店は往時の面影をそのまま残し、店そのものがヘリテージとなっている

BY LAURA RYSMAN, PHOTOGRAPHS BY CLARA VANNUCCI, TRANSLATED BY CHIHARU ITAGAKI

 16世紀の建築家ヤコポ・セギッツィは、ルッカの街に「できる限り長く、過去を維持せよ」と言ったと伝えられている。セギッツィは、ルッカの町を取り囲む巨大なレンガの城壁を設計した人物だ。城壁は、この豊かな都市国家を守るために市中心部を囲むように作られ、今も9万人の住民のうち8,800人ほどがその内側に住んでいる。争いに用いられたことがなかった代わりに、城壁は小さな街の輝かしい過去を保存する役目を果たすことになった。かつて貨幣が鋳造され、銀行が権勢を誇り、シルクが生産され、そして工芸品としても財産としてもジュエリー産業が大いに栄えた町の歴史を、この城壁が守り続けているのだ。

 カルリ家の17世紀の先祖であるカルロ・カルリはベルギーで金細工職人としての訓練を受け、362年前に、もとシルク製糸店のあった場所に自分のアトリエを開いた。フィルンゴ通りは当時はパンテーラ通りと呼ばれており、ルッカが紀元前180年頃にローマの植民都市になって以来のメイン通りだ。

 才能ある職人だったカルロは、ルッカで一番の大聖堂にあった名高いキリスト像のために王冠をこしらえ、町の貨幣鋳造所のために合金を作り、彼の顧客のために宝石で飾り立てた精緻なジュエリーを作った。

画像: 野心的で国際感覚を持ち合わせた21歳のルイージ・カルリが店主となった1831年以来、店のインテリアはほとんど変わっていない

野心的で国際感覚を持ち合わせた21歳のルイージ・カルリが店主となった1831年以来、店のインテリアはほとんど変わっていない

 彼の子孫たちはその後も特注のジュエリーを作ることにのみ専念していたが、1831年、21歳のルイージ・カルリが店主になって変化が起きた。野心的で国際感覚を持ち合わせていた彼は、ルッカの商人で初めて輸入品を扱い始めたのだ。フランスやスイス、イタリアの諸地域から既製のジュエリーを仕入れ、また英国の銀細工職人の手がけたカトラリーや食器を卸入れて店の棚に並べた。さらにルイージは、過去にカルリ店でつくられたジュエリーを探して、そのいくつかを買い戻すことにも着手した。

 ルイージはまた、カルリ宝飾店を今日の姿のようにエレガントな、ロマン主義風のブティックへと変身させた。白と黒の大理石のタイルが市松模様を描くフロア、フレスコ画の描かれたアーチ型天井、精巧な花の彫刻やらせん型の円柱が彫られた木製の陳列ケース、時間ごとに鐘の鳴る、ガラスドームに入った金時計――。ルイージが19世紀に施した改装以来、この店は何も変わっていない。1843年に撮影されたルイージ・カルリの写真がある。モノクロの画面に映る店の様子は、今日の店構えと瓜二つだ(そして、ルイージ・カルリの後ろへなでつけたヘアスタイルと口の両端で上がったカイゼルひげは、彼の子孫であるピエトロにそっくりだ)。

画像: 売り場には、この店の扱うおよそ3,000の貴金属製品のごく一部しか展示されていない。残りは18世紀の金庫に保管されている

売り場には、この店の扱うおよそ3,000の貴金属製品のごく一部しか展示されていない。残りは18世紀の金庫に保管されている

 いつの時代も変わらない店の花形のひとつが、複雑な彫刻が施された移動式の展示ケースだ。メインエントランスの横に置かれているが、ランチタイムと夜には店内に運びこまれる。これは、フィレンツェのポンテ・ヴェッキオ橋が1865年のアルノ川の氾濫から復興した後、橋に並んでできたジュエリー・ショップのために作られた精巧な(だが移動はできない)店構えにインスパイアされたものだと伝えられている。

 ファシズムの時代には、政府はムッソリーニの視察を前に、これらの古風なウィンドウを近代化するよう求めた。だが、ピエトロ・カルリの父は頑としてこれを拒み、店頭は元のままに保たれることになった。

画像1: 消えゆく美を守り続ける
イタリア最古のジュエリー店
「カルリ宝飾店」

 ピエトロによれば、何年ものあいだ、彼ら一族の店は数え切れないほどの顧客にひいきにされてきたという。その中には、映画監督のルキノ・ヴィスコンティ、俳優のマルチェロ・マストロヤンニ、詩人のジョヴァンニ・パスコリ、イタリア統一運動の指導者ジュゼッペ・マッツィーニ、そしてルッカの輩出したもっとも著名な人物である、作曲家のジャコモ・プッチーニもいる。

 しかし2007年の世界的な金融危機以来、ルッカの町は以前ほど豊かでなくなり、いまや店の売り上げは観光客頼みとなっている。

 ルッカのアレッサンドロ・タンベリーニ市長は、芸術的遺産に関する法律によって、カルリの店をはじめとする歴史ある店の建物や室内装飾、看板は保護されていると言う。「こうした法律が、歴史ある商業によって築かれたルッカという町の景観を守っているのです」。16世紀にできたオルセッティ宮殿内におかれた市役所の、絹張りの壁に囲まれたオフィスに座って、市長はこう語る。だが、金銭的な支援をもってしても、商いを続けようともがく昔ながらの店を存続させるのにじゅうぶんとは言えないようだ。そして現在、ルッカの通りの多くには現代的なショップやチェーン店が軒を連ねている。

 ピエトロ・カルリは家族経営のこの店を彼の子どもたち、56歳のジュゼッペと58歳のカルラに譲ることになるだろう。ふたりはピエトロとともに、店の売り場で働いている。どちらにも、このビジネスを継ぐべき子どもはいない。

 弟のジュゼッペが裏でアンティーク・ウォッチを修繕しているあいだ、姉のカルラは18世紀の金線細工のイヤリングをいくつか手にとりながら悲しそうにつぶやいた。「私たちはこの店に生まれついたのに、いずれはここを閉めることになるんでしょうね」

 

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