人馬一体、道を究める。そんな馬術の魅力を知っていますか? 日本が誇る3人の馬術師の、それぞれの軌跡と抱負をスペシャルインタビューでご紹介

BY KEIICHI HARAGUCHI, PHOTOGRAPHS BY TAMAKI YOSHIDA, STYLED BY MAKI OGURA, HAIR & MAKEUP BY KEITA IIJIMA(MOD’S HAIR)

北井裕子さん(馬場馬術)

画像: 二度のオリンピック出場経験を持ち、日本の馬術界をリードしてきた北井さん。ファッションにも関心が高く、スポーティなジャージがアタッチされたバーバリーのジャケットを颯爽と着こなしてくれた ジャケット¥220,000、中に着たゴールドのトップス¥220,000、パンツ¥110,000(すべて予定価格) バーバリー・ジャパン(バーバリー) TEL. 0066(33)812819

二度のオリンピック出場経験を持ち、日本の馬術界をリードしてきた北井さん。ファッションにも関心が高く、スポーティなジャージがアタッチされたバーバリーのジャケットを颯爽と着こなしてくれた
ジャケット¥220,000、中に着たゴールドのトップス¥220,000、パンツ¥110,000(すべて予定価格)
バーバリー・ジャパン(バーバリー)
TEL. 0066(33)812819

「日本でのトレーニングでは10年かかることが、ヨーロッパなら2年でマスターできます。それほど密度が違いますね。トレーニングの方法だけではなく、馬を知り尽くした獣医さんや装蹄師さんの対応力、そして質の高い競技会。そうした環境に身を置くことで、国際レベルの競技会で戦える力が培われていくのです」。日本の馬場馬術界を牽引するトップアスリートの1人である北井裕子さんが、ドイツと日本それぞれに半分ずつ軸足を置いた競技者生活を、15年来、続けている理由はまさにここにある。競技馬として優れた資質を持つ馬を手に入れ、トップクラスの人馬を育ててきた経験と知識を持つトレーナーの元で、日々トレーニングに励む。馬場馬術競技界で日本人が世界に近づいていくには、このアプローチが何より有効であることは馬術界では周知のことだ。

 北京五輪、リオデジャネイロ五輪の日本代表選手として覇を競い、東京五輪を見据えて、現在も日本とドイツを往復する生活を続けているが「代表になれるかどうかまだわかりませんが、東京が終わったら選手生活にひと区切りつけたい」とその心境を明かす。今年46歳、数え切れないほどの素晴らしいキャリアを重ねてきた北井さんにとって、自らのスキルを磨くためだけの東京とドイツの二重生活は次第に難しくなってきたという。横浜屈指の名門乗馬クラブの娘として恵まれた競技生活を送ってきた彼女も、今や就職活動に追われる娘さんの母親であり、乗馬クラブを支える重要なスタッフでもある。国内の競技会に出場するクラブ会員がいれば、強化レッスンも含めた技術&メンタルサポートを求められるし、クラブ内だけではなく将来の日本を担うジュニアチームの育成も彼女の責務だ。その際に、2度のオリンピック出場というキャリアをはじめ、ドイツ修行で得た経験と知識は、日本の馬場馬術界全体にとってもかけがえのない財産となることはいうまでもないだろう。

「クラブのほうは、幸い弟が代表になってくれたので、私はこれまで自由にドイツとの往復ができました。それでも最近は自分の経験を活かしてお客様(クラブメンバー)に教えることも大切だと思っていますし、私自身も教えることがどんどん楽しくなってきたんです」。ちなみに弟の北井一彰氏は、障害馬術競技の選手でJOCの障害競技ジュニア強化スタッフや神奈川県障害馬術競技強化コーチを務める障害馬術のエキスパートだ。馬場馬術の裕子さん、障害馬術の一彰氏、兄弟二人で力を合わせてクラブ全体を盛り上げて行くことが大切な責務であることを彼女は充分に認識している。

 その前に、まずは東京オリンピックへの出場。さぞかし張り切っているのかと思えば、意外と冷静な目で先を見ている。「オリンピックに出場できるかどうかというのは、運なのかなって思うようになってきました。最初の北京のときはとにかく出たいと思って一生懸命に練習して選ばれたけれど、次のロンドンは同じように頑張ったにもかかわらず出られなかった。リオのときは“出られたらいいな”くらいの気持ちでいたら代表に選ばれた。自分のペースを大切にして、無理のない形で練習していれば結果がついてくる。今はそんな風に思っています。自分が焦ればそれが馬にも伝わるし、馬が平常心を保ってくれないといい成績は残せませんから」と北井さん。言葉の背景には、彼女のこれまでのキャリアの積み重ねと、それゆえの自信があることはいうまでもない。

画像: 北井裕子(YUKO KITAI) 1973年生まれ。アシェンダ乗馬学校所属。2008年北京五輪日本代表、2012年全日本馬場馬術選手権優勝、2016年リオ五輪日本代表

北井裕子(YUKO KITAI)
1973年生まれ。アシェンダ乗馬学校所属。2008年北京五輪日本代表、2012年全日本馬場馬術選手権優勝、2016年リオ五輪日本代表

 競技会に臨む前は、イライラしない。成績のことなど気にせず、いい演技ができるといいくらいにしか考えないそうだ。ライダーがプレッシャーを軽く受けとめていれば、馬も「ああいいよ」くらいの気持ちで演技に臨む。すると意外といい成績がとれたりするという。「いい成績を取りたいからって馬の気持ちも考えずにがむしゃらに練習しちゃうと、馬も生き物だから精神的にダメージを負ってしまい動きまでおかしくなってきます。これは人と人のコミュニケーションにも通じることですね」。北井さんも、試合前には「君ならできる、君ならできる」と自身に淡々と語りかけているそうだ。­

 東京オリンピック後に一息ついたら、その後の自分の在り方を考えたいという北井さんだが、やはりジュニアの育成ということがいちばんの関心事になるのだろうか。その育成についてのアプローチはドイツで学んできた北井さんならではの独創性に満ちている。「世界で競える選手を目指すなら、残念だけど今はまだ日本国内だけでトレーニングしていたのでは難しい。私自身、ヨーロッパへ行ってはじめて見えてきたものもたくさんあります。だからまず若い人たちがヨーロッパでトレーニングをする道筋を整えてあげたいですね」と語る。そのうえで、自身もドイツで乗用馬の生産育成を手掛けられたらという夢を披露してくれた。馬術強国になるにはまず優秀な馬を手に入れることが不可欠の条件だ。その優秀な馬の遺伝子を掛け合わせて優秀な仔馬を生産し、それを何世代か繰り返していくことで世界に通用する駿馬が誕生する。生産だけではなく育成も重要だから、恵まれた環境の放牧地、調教師をはじめとする優秀なスタッフなども欠かせない。このシステムは残念ながら日本にはまだ整備されていない。ゆえにこのシステムが完成されているヨーロッパで乗用馬の生産・育成を手掛けようというのが北井さんの計画だ。   

 実際に始動までには時間もかかるであろうし、さまざまな困難も待ち構えているだろう。ヨーロッパ馬術の高いレベルを知り尽くした北井さんだからこそ考えられる方法であり、そこで育つ優れた馬に日本のライダーが乗ることが、日本がメダルに近づく最短距離のアプローチなのである。「でも、自分で育てた仔馬があまりに可愛かったら、きっと手放さずにいるかもしれませんね」とも笑う。

 人生の8割は馬づくしという北井さんに馬以外の趣味はと聞くと「休日の買い物ぐらいかな」という。お菓子を作ったり、フラワーアレンジを習ったりしたいとの思いも語るが、休日には多数訪れるクラブ会員の指導に当たり、平日は後進の指導に力を注ぐ。馬中心の生活は当分の間、変えようがないだろう。

 2019年10月現在、東京五輪代表選手選考の指標となる日本馬術連盟の選手ランキング上位に「北井裕子」の名前はない。ドイツでのトレーニングはまだ準備段階で、競技会モードになっていないのがその理由だ。しかしその準備段階を終えてヨーロッパでの本格的な競技会シーズンを迎える秋以降、日本馬術連盟が指定する代表選手の選考対象となるヨーロッパの競技会に彼女が出場することでランキングに彼女の名前が急浮上してくることは間違いないだろう。来年1月から5月の間の成績で出場選手が決まるということだが、会話の中で垣間見せる瞳の煌めきに、アスリートとしての強い自信が感じ取れる。東京五輪、そしてその後の北井さんの活躍に大いに期待したい。

 

This article is a sponsored article by
''.