人馬一体、道を究める。そんな馬術の魅力を知っていますか? 日本が誇る3人の馬術師の、それぞれの軌跡と抱負をスペシャルインタビューでご紹介

BY KEIICHI HARAGUCHI, PHOTOGRAPHS BY TAMAKI YOSHIDA, STYLED BY MAKI OGURA, HAIR & MAKEUP BY KEITA IIJIMA(MOD’S HAIR)

広田思乃さん(障害馬術)

画像: 「わあ、可愛いですね!」とあぶみのモチーフのセーターに顔をほころばせる広田さん。馬への深い愛情がその表情からもしみじみと伝わってくる セーター ¥257,000、シャツ ¥78,000 ラルフ ローレン(ラルフ ローレン コレクション) フリーダイヤル:0120-3274-20 ヘルメット、乗馬パンツ、グローブ、ブーツは本人私物

「わあ、可愛いですね!」とあぶみのモチーフのセーターに顔をほころばせる広田さん。馬への深い愛情がその表情からもしみじみと伝わってくる
セーター ¥257,000、シャツ ¥78,000
ラルフ ローレン(ラルフ ローレン コレクション)
フリーダイヤル:0120-3274-20
ヘルメット、乗馬パンツ、グローブ、ブーツは本人私物

 2018年11月に開催された「第70回全日本障害馬術大会 2018 Part1」で女性としては3人目となる優勝をはたし、2019年4月スウェーデンで開催された「FEIワールドカップジャンピングファイナル」では日本の女子選手としては初の決勝進出を決めるなど、今まさに乗りに乗っている広田思乃さん。ご本人曰く、「昨年の春、試合中に救急車で運ばれるほどの落馬をしたのですが、そのとき一緒に何かが落ちたんじゃあないかと、皆に言われています」と笑うが、確かにそれ以降は調子がいいようで、素晴らしい成績を重ねている。

 広田選手といえば、夫の龍馬氏とともに国内のさまざまな競技会で活躍するおしどり選手としても知られている。龍馬氏は2000年のシドニー五輪日本代表をはじめ、国内外の大きな大会で成績を残してきた障害馬術選手だ。現在は東京五輪での日本代表入りを見据えて、ドイツと日本を往復しながらトレーニングに励んでいる実力者である。思乃さんが4月のワールドカップ出場の際に日本から連れていった愛馬“ライフ・イズ・ビューティフル(ブチくん)”も今はドイツにいて、龍馬氏が共にオリンピック出場を目指そうと考えている馬とともに、ドイツでトレーニングを受けている。

「私は日本代表を目指すようなレベルではないので、競技者としてなにか目標を定めているわけではありません。ブチくんと一緒に走れることが楽しくて、ここまでやってきたけれど、彼ももう14才。彼の現役生活もそんなに残されていないので、一回でも多く一緒に走れたら幸せ、そんな思いで試合に出ています。これからは夫のサポートにまわりたいですね」と思乃さんは言うが、7歳上の龍馬氏のほうは躍進めざましい最近の思乃さんの活躍ぶりに、「こうなったら、夫婦で東京五輪を目指すしかない」と夢を大きく膨らませているようだ。

 思乃さんが乗馬を始めたのは、秋田の角館高校在校中のこと。もともとスポーツは得意だったが、病気を患い、身体を酷使する運動をすべて禁止されてしまった。そんなときに馬と出会った。「もと同じ学年で一緒に馬術部に入った友達はすぐに障害を飛べるようになっていたけれど、入院や病気のこともあって私はなかなか思うようにいかなかったんです。それが嫌で皆と時間をずらして、いつも一人で練習をしていました。でも、そんな私の事情に関わらず、馬たちはいつでも同じように接してくれる。一生懸命に世話をすれば、名前を呼んだだけで近づいてくるようになる。人を見て態度を変えたりしないんです。私はそんな馬に会いたくて、毎日学校に通っていました」     

 高校時代に馬と出会い、その“癒しの力”に魅せられた思乃さん、そのとき馬とともに歩む人生が運命づけられたようだ。競技会の大きなステージでこれからスタートしようとするとき、誰もが不安や心細さを思えるものだが、彼女は言う。「大丈夫なんです。馬が一緒にいてくれるから。この子(馬)と一緒なら大丈夫と思っています」。馬に対するあふれ出る愛情と信頼感が感じられる。

画像: 広田思乃(SHINO HIROTA) 1983年生まれ。那須トレーニングファーム所属。2018年全日本障害飛越選手権優勝、2019年ワールドカップジャンピングファイナル出場。社会福祉士としても活躍中

広田思乃(SHINO HIROTA)
1983年生まれ。那須トレーニングファーム所属。2018年全日本障害飛越選手権優勝、2019年ワールドカップジャンピングファイナル出場。社会福祉士としても活躍中

 彼女の思いは、現在、龍馬氏とともに運営する乗馬クラブ「那須トレーニングファーム」を通しても実現している。児童福祉の道に進みたかったという思乃さんは、福祉系の大学に進んだ。まだアニマルセラピーという概念しかないときにホースセラピーを実地に試みるほど、馬の“癒やす力”の可能性に関心を寄せていた。社会福祉士の資格を取得した思乃さんは、同じく児童福祉に対する情熱を持つ龍馬氏とともに、さまざまに問題を抱える子どもたちへのホースセラピーをはじめた。成長過程で大人を信じなくなったある子どもは、友達に対しても最初心を開かず、ときに攻撃的だったりしたが、馬の世話をし、馬の背中に乗るうちに次第に安定してきて、やがて友達と交換日記を始めたりするようになった例もあるという。ささやかな変化を大事に積み重ねて、取り組み全体をしっかり根付かせていくことが今の思乃さんの夢だ。

「子どもたち全員に、馬の掃除から餌やり、手入れなど全部やらせます。怖くて触ることができない子どもには、人参をあげるだけとか別のアプローチをから始めてもらいます。最終的には全員を馬に乗せますが、最初のうちはかたくなな態度の子も、次第に表情が明るくなり、確実に変わっていくんです」と楽しそうに語る。

 人など歯が立たないほどの大きな体と力を持ちながら、人に優しく接する馬。金銭の多寡や社会的地位や年齢などで、馬は人を判断しない。愛情を持って穏やかに接するならば、誰をも自然体で受け入れる。そこには“見栄”や“嘘”がまったくない。子どもたちは直感力でそんな馬の資質を見抜くのだろうか。馬に乗っているときは、神経を集中し、よけいなことは考えにくいものだ。馬の体温は人よりも1,2度高いというが、温もりを全身で感じ、リズミカルに揺られているうちにリラックスし、気持ちが整う効果があるともいわれる。

 現在、那須トレーニングファームでは那須塩原市と連携して「ホースガーデン」活動という乗馬教室を行っている。小学生からお年寄りまで、市民であれば誰でも参加できる土日開催の乗馬教室だ。この教室を通じて新たなコミュニティが生まれ、馬を通して世代を超えたコミュニケーションが活発になっているという。市では広田夫妻の働きかけもあって、義務教育の課外授業のひとつとして乗馬を取り入れている。「怖いという気持ちを学ぶのも大切です。先生も親も怖くないという子もいるが、大きな馬はどんな挙動を見せるかわからないから、馬の前でふざけている子どもは一人もいません。必死に馬にしがみついているうちに、それが楽しさに変わる。チャレンジして乗り越えて、笑顔と自信に変わっていく。馬から降りたばかりの子どもは、ジェットコースターからおりてきた直後のような高揚した顔になっています。馬がすべて教えてくれるんですね」とは龍馬氏の弁だが、思乃さんも、自身の経験で実感した馬の癒しの力を、地域の子どもたちと分かちあうことに喜びと感じつつ、期待をしている。

 自身もトップライダーでありながら、東京五輪を目指す龍馬氏を支え、さらには障害馬術選手として成長著しい14歳の長男“大和くん”の母親でもある思乃さん。クラブ運営を支え、馬を通して社会福祉士としての活動にも取り組むなど、いくつもの顔を気負うことなくこなしている彼女に、今一番の夢を聞いてみた。
「2022年に開催される栃木国体、そのとき息子は高校2年生でジュニアの枠に入れるので、親子3人で同じ大会に出場できればいいですね」

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